軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

60話 賢者とアルベール

4人がテーブルを囲んで座っている。

テーブルにはベーコンのサンドイッチとマッシュポテトのグラタン、市場の肉屋で買ったドラゴンチキンというヒグマ程もある巨大な鶏の胸肉と玉ねぎを使いレモンのドレッシングで味付けしたサラダ。

それに、ルーティが昔から好きだった蜂蜜入りのホットミルクだ。

「いただきます」

ルーティはやはりまず蜂蜜ミルクから手を付けた。

一口飲んで目を輝かせ、そのまま一気に半分ほど。

その飲み方は幼かった頃のルーティのままで、懐かしさに思わず笑ってしまった。

「あ、このお肉ドラゴンチキンよね? 珍しい」

リットは鶏肉サラダを食べて言った。

ドラゴンチキンの肉は多少の風味の差はあれど、基本的には 鶏肉(とりにく) なのだが、すぐ分かるのはさすがリットだ。

その顔には笑顔が浮かんでいるところを見ると、口にも合ったようだ。俺はちょっと嬉しくなる。

「牧場で選定の目を逃れた『ビースト』の加護持ちがいたらしくて、暴れて逃げ出して、冒険者に討伐してもらったらしい。それで肉屋に予定外のお肉が大量にやってきたもんだから、割引した価格で売ってたってわけ」

動物の加護は人間やエルフと違って種類が少ない。

人間と同じように、『闘士』、『妖術師』、『グラップラー』などの加護を持つ場合もあるが、そうした加護を持つのは全体の5%ほど、95%は『キャトル』か『ビースト』の加護を持つ。

『キャトル』の加護は協調性が高くなり温厚な傾向に、『ビースト』の加護は群れを好まず攻撃的な傾向がある。

家畜に向くのはもちろん『キャトル』の加護を持つ動物だ。牛、豚、馬、鶏、山羊が家畜に向く理由も『キャトル』の加護が『ビースト』の加護に比べて圧倒的に多く生まれるからだ。

ペットとなると、『ビースト』の加護持ちでもじっくりしつけをすることもできるのかもしれないが、商業用の家畜となるとそうはいかない。

牧場主は子供の内から『キャトル』か『ビースト』かを見極め、早い段階で『ビースト』を処分してしまうのが一般的だ。

このやり方を少し疑問に思うこともあるが、口出しできるほど俺は家畜についての知識があるわけではない。

今回のように柵を破壊するだけならばまだいいが、他の家畜や人間を傷つけることもあるので、やはり小さい頃に処分するしかないのだろうとも思う。

その鶏肉が『ビースト』で処分されたものだと聞き、ルーティは真面目な顔をしてドラゴンチキンの肉を見つめ、それから食べた。

ルーティの口数が多くないのは分かっていたが、ティセも少ない。

ティセは必要なことは喋るし意思も伝えてくれるのだが、例えば料理が美味しいとは伝えてくれても、そのあとは何も喋らずただ黙々と食べている。

目の動きを見る限りこちらの言葉や態度にはしっかり注意を払ってはいるようだが、世間話や場をつなぐための話をするようなタイプじゃないようだ。

喋るのに明確な目的を持って話すタイプで、言葉は自分の意思を伝えなければいけないときに伝える道具という感じか。

まぁそうなると必然的にその場で主に喋っているのは俺とリットになる。

今は2人がゾルタンでどんな暮らしを送っているのか説明しているところだ。

騎士として毎日飛び回っていた頃や、勇者の仲間として町を巡って魔王軍と戦ったり、町で起こっている問題を解決したりしていた頃に比べると、毎日が平穏で、ルーティは興味深そうな顔をして聞いていた。

「大体、俺とリットの一日の流れはこんな感じだな」

「たまに薬草採りにレッドがいないときもあるけれどね」

リットは変わらずに俺のことをレッドと呼んだ。

ルーティを前にし、レッドとギデオンどっちで呼ぶべきかと前に夜の間に話し合ったのだが、このゾルタンではレッドとして暮らしているのだから、ここでは今まで通りレッドとリットで呼び合うことにしたのだ。

「お兄ちゃん」

「どうした?」

「薬草を採る場所って、北西にある山?」

「ああそうだよ」

「……なら場所分かるから、私が薬草採るよ」

「それはありがたいけれど、いいのか?」

「うんいいよ」

「分かった。忙しくない時だけでいいから、手伝ってくれ」

ルーティはコクリと頷いた。

☆☆

夜。

夕食も再び4人で食べ、ルーティは無表情のまま、全身で楽しいという気持ちを表していた。

「そういえば」

俺は思い出して言った。

「うち、風呂があるんだよ。宿に戻る前に入っていくか?」

「お風呂、うん入る」

旅をしていると、どうしても風呂に入れる機会というのは少なくなる。

清潔感は大切なため、身体はしっかりと洗って拭くのだが、大抵の場合は水桶とタオルでという形だ。湯船にゆったり浸かるという機会は、あまり無かった。

故郷の村では、大きな古い 鐘(かね) をひっくり返してお風呂代わりにしていた。

大きなといっても小さな子ども1人が入れる程度の大きさだ。

大人は身体を水で洗うだけで、お風呂には入れなかった。

風呂を日常的に利用していると病気にかかりにくくなるというのが、俺の故郷の地方ではよく信じられていて、病気に弱い子供だけでも風呂に入れるようにと村の鋳物屋が古くなって処分された教会の鐘を修理し寄付したものだという。

そのため俺もルーティも3日に1回くらいの頻度で幼い頃はお風呂に入りにいった。

「お風呂、昔は一緒に入ったね」

同じことを思い出していたのか、ルーティが懐かしそうに言った。

あのお風呂は鐘を直接火にかけて水を温めていた。

もちろん底はとても熱くなるので、木でできたすのこを浮かべていて、入るときはその上に乗ってすのこを沈めて底に触れないように注意する。

大人が1人ついているし、小さい子は親がお風呂に入るのを手伝っていたが、俺達の場合は両方ともしっかりしていたので、ルーティが2歳くらいから、俺がルーティを抱えてお風呂に入っていた。

ルーティは小さな手で俺にしがみつき、一緒に湯船に浸かると、「この子は泣かず騒がず笑わない」と親から言われていたルーティが、はふっと表情をとろけさせるのだ。

それが可愛くて、2人でお風呂に物理的に入れなくなるギリギリまで一緒にお風呂に入っていた。

ルーティも嫌がってはいなかった……と信じたい。

「今日は一緒に入らないの?」

嫌がってはなかったようだ。

「いやまぁ、さすがにこの歳で一緒に入るのは駄目だ」

「そう」

ルーティは本気で残念がっているように見える。うーん、兄妹なら入っても大丈夫……じゃないよなやっぱり。

「じゃあリットさんと入りたい」

「え?」

椅子にゆったりと腰掛け、俺達の話を聞いていたリットが驚いて声を上げた。

「駄目?」

「……そうね、うん、いいわよ。私もルーティとゆっくりお話したかったし」

リットは微笑んでそう言った。

ルーティは少しだけ笑って頷いている。

確かにルーティとリットは今のところあまり会話がない。

リットは一度闘技場でルーティにやっつけられたことがあったし、やはり苦手意識があるのかもしれない。

ルーティはもともとが口数が少ない方だから話しかけられないと、あまり話さない。

確かに良い機会かもしれないな。

「そうか、じゃあお湯の準備してくるよ」

「え?」

次に声をあげたのはティセだ。

両手をせわしなく動かした後、

「私も一緒に入っていいですか?」

と言ってきた。

3人だと狭そうだけど、それなら併設してある1人用の小型浴槽にもお湯を張るか。

「じゃあ準備するから、適当にくつろいでて」

俺がそう言って立ち上がろうとした時、なぜかティセは目を閉じ覚悟完了したような表情を浮かべていた。

☆☆

洋上。快速帆船シルフィード。その1等客室。

「ふ、ふふっ、一体どのような使命を果たそうとしているのかは分かりませんが、この賢者アレスなくして魔王討伐はありえないのですよ勇者ルーティ!」

連日に渡る高度な魔法の使用で消耗しながらも、血走った目をギラギラと輝かせながらアレスは両手を広げて叫んだ。

テオドラは青白い顔をしたアルベールに回復魔法をかけている。

アレスの足元の床には血が飛び散っていた。

アレスが精神を集中すると、血がうごめいて模様のようなものを描き、一方向を指し示す。

「やはり間違いない! 勇者様は世界の果ての壁の方向にいる!」

「もし世界の果ての壁の向こうに行ったのなら厄介だ。世界の果ての壁は海路で迂回するとしても、補給のままならない航海になる。途中で大型のカラベルか軍船のガレオンでも借りなければならんな。飛空艇の無い我々には追いつけない旅になるぞ」

テオドラは気のない言葉を投げた。

アレスは答えるつもりは無いようで、飛び散ったアルベールの血を見て笑っている。

「この血にはコントラクトデーモンの契約の力が残っている! 勇者の元へ向かいたいと言った契約が! この血は勇者ルーティの方向を指し示す力があるのだ! その奇跡を引き出せば! 私はまだ勇者に追いつける!」

「分からんな」

テオドラは叫ぶアレスを冷めた目で眺めながらつぶやいた。

アレスはギョロリと振り返り、テオドラを睨みつける。

「何がです?」

「勇者殿は自分の意志で我々を置いていったのだ、こうして後を追う意味がどこにある?」

「魔王を倒すためにはこの賢者アレスの力が必要なのですよ! 世界を救う為に、私は最善を尽くしているだけです。あなたこそ、なぜここにいるのですか? 追う意味が無いなら逃げれば良かったじゃないですか」

「お前だけだと、このアルベールという男を殺していたからだ」

アレスは顔を歪ませると、テオドラのところで大足で歩み寄り胸ぐらを掴んだ。

「私は回復魔法も使える! お前と同等以上にだ! お前がやりたいと言っているから任せているだけだということを忘れるな!」

「違うぞアレス」

テオドラは憐れむような表情を見せた。

それがますますアレスを苛立たせる。

「人を癒やすスキルがあるだけじゃ駄目なのだ。傷ついた人に寄り添い、その痛みを知り癒やすことができる者でなければ、人を治癒するという行為はできない」

「はっ! くだらない! 意味がわからない! そのような曖昧な言葉で私より上に立ったつもりですか?!」

今のアレスには何を言っても伝わらないだろう。そう判断してテオドラは力なく首を横に振ると、そっと胸ぐらを掴んでいるアレスの手を外した。

「これが人の命が関わっていることでなければ痛い目を見ることで憶えるのもいいのだろうが……ともかくアルベールの治癒と健康管理は私にまかせておいてくれ。お前が勇者殿を見つけるまで、必ず生かしてやる」

「その程度で恩を着せられても困りますがね」

「恩など着せていない。私も聖職者の端くれとして、そして世界を救う勇者の仲間であった者としてやるべきことをやっているだけだ。我々は誰かに命令されたわけでも、恩に着せるためや、感謝されるために戦ってきたのではない。自分が世界を救いたいと思ったから戦ってきた。少なくとも私はそうだ」

アレスは凄まじい表情でテオドラを睨みつけると、もう一緒に部屋にいたくもないとでも言うかのように荒々しく部屋を出ていった。

テオドラは床に飛び散った血を見て、いつものように後片付けのためバケツに水を汲みに行こうする。

「俺……」

血を失い眠っていたアルベールが目を覚まし、つぶやくように声を発した。

テオドラはアルベールの側へと戻った。

「気がついたか?」

「俺、勇者様達の役に立っていますか?」

アルベールは落ち窪んだ目で、しかし悪意の無い純粋な目でテオドラを見た。

「それは分からない。だがお前のおかげで私達は勇者様へと近づいている。これから何が起こるにしても、我々はその時、誰かに選択を任せず自分の意志で結果を選べるようになる。それはアルベール、お前がいなければできなかったことだ。感謝する」

「そうですか……」

アルベールの口元に穏やかな笑みが浮かんだ。

「良かった」

テオドラはアルベールの過去について何も知らない。

だが、ただ命を消耗されるこの状況で、こうして穏やかに笑えるこのアルベールこそが、きっとギデオンが抜けただけでバラバラになった自分達などより、ずっと英雄と呼ばれるにふさわしいのではないか、そんな気がしていた。

(こんなことで死なせるわけにはいかんよな)

テオドラはそう強く決意するのだった。