軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

56話 正しい勇者

買い物袋を下げたリットが帰ってきたのは、それからすぐのことだった。

「ただいまー! レッドいないの? 店が閉まってたけど」

俺は慌てて店の方に走った。

「いるぞー、さっきまで居間にいたんだけど……ちょっと客人が来てて」

「客人?」

ぎしっと床が鳴った。

俺の背後の扉から誰かが顔を覗かせているのだろう。

俺は背後を見たわけではないが……。

ドサッと音を立てて買い物袋が床に落下した。

リットは驚きで声も出ない様子で、動きを止めてしまった。

「あー、うん、妹が来てるんだ」

見なくても、リットの表情を見れば誰が後ろにいるのかは手に取るように分かった。

「久しぶり」

ルーティはリットに小さな声でそう挨拶した。

☆☆

コトっと小さな音が響いた。

俺がコーヒーをいれたカップをテーブルに置いた音だ。

その小さな音が響いてしまうほど、いまこの部屋は静かだった。

(気まずい)

リットもルーティも手元のカップに視線を注ぎ、前を見ようとしない。

ティセは、手の甲の上にいるハエトリグモをじっと見つめている。

ハエトリグモは、キョロキョロと周りの様子を見ながら、どことなくティセを気遣うような仕草をしているように見えた。

「あー、ルーティ。宿はどこを?」

「港区の宿」

「港区か、あそこらへんより中央区か北区の宿の方が品質良くないか?」

「平気よ」

「そうか……それでどうする? 今日はうちに泊まるか?」

ルーティの表情がぱっと輝いたが、すぐに俯いてしまった。

「ううん、まだ港区で用事が残っているから……でも、用事が終わったらその日は一緒にいたいな」

「分かった」

用事か……。

「まだ聞いてなかったんだが、なんだってゾルタンに?」

「一つはお兄ちゃんを探しに」

「俺を……?」

「魔王討伐にお兄ちゃんは必要だから」

うーん……会った時といい、ここで暮らすという宣言といい……そして俺を探しに来たという理由といい、どうも違和感がある。

「もう一つは人を探しに来た」

「人?」

「ゾルタンに隠れていた知識人。魔王討伐に必要な知識を持っていた。でももう見つけたから大丈夫」

「そうか」

「あの!」

ずっと黙っていたリットが声を上げた。

「レッドは……どうするの?」

そうか、まだリットには言ってなかったな。

「俺はここに残るよ。リットと一緒にこの店をやる」

「本当? ……でも」

悲しそうな顔をしているルーティをリットはちらりと見た。

「リットは気にしないで。私も……この町に住むから」

「え、ええ!?」

「今日はもう帰るね」

「帰るって……」

ルーティは立ち上がる。

おかしい、さっきから強い違和感が消えない。

ルーティの身に起こっていることは、決して悪いことだけではないと思う……思うのだが、それがすべて良いことなのかというとまた違う気がする。

「お兄ちゃん」

「またいつでもこい。俺はここの店にいるから」

「今、私もそれを聞こうとしてた」

ルーティは軽く頭を下げた。

俺はその頭を優しく撫でる。

「ん……」

「俺はまだ話し足りないよ。俺がいなくなった後のこと、お互い沢山話すことはあるんじゃないか」

「そう、でも今日はこれまで……」

ルーティはまっすぐ俺を見て……また嬉しそうに笑った。

「でも大丈夫、これからは私にも沢山時間があるから」

隣にいたリットはルーティのその笑顔を見て驚いていた。

☆☆

ルーティはあっさりと帰ってしまった。

俺とリットはテーブルに座り、じっと考え込んでいる。

「ねぇレッド。本当に良かったの?」

「何がだ?」

「その……私が言うのもおかしいとは思うんだけど……ルーティはあなたを必要としているわ」

「そうだな」

「だったら一緒に行ってあげた方が……いいのかなって、ちょっと思っちゃうの」

リットの表情は苦しそうだ。

「世界のためにか……」

正直に言えば、俺の心に揺れているものが無いとは言わない。

ルーティの悲しそうな顔を思うと、迷っている部分は確かにある。

「また話をしよう、俺と、ルーティと、リットと、ティセの4人で」

「うん」

すぐに解決できる問題じゃない。

俺達には時間が必要だ。

勇者が立ち止まることを非難する人がいるかもしれない。

だがそれが罪だというのなら、俺の罪だ。ルーティは何も悪くない。

世界の命運をその両肩に背負わされていたとしても、ルーティはまだ17歳の少女なのだから。

☆☆

店を出たルーティは、足早にその場を離れると胸を押さえて呻いた。

「ゆ、ルールさん!?」

ティセがあわてて駆け寄る。

ルーティは懐から悪魔の加護を取り出すと一口で飲み込んだ。

「この町に残ると言ったのがいけなかった」

額に冷や汗を浮かべながらルーティは小声でつぶやいた。

今ルーティを襲っているのは、加護からの激しい衝動だ。

悪魔の加護によって衝動を弱められていたはずなのに、世界最強の加護は、勇者が勇者であることを放棄しようとしたことに対し、正義に対する欲求と心臓を握りつぶすかのような痛みで抗議していた。

「まだ、弱めなくては」

「ルールさん……」

ティセは不安げだ。

やはり今の勇者様は何かが変だ。

ティセが勇者と旅をしてきた時間は決して長くはないが、今の状態は普通ではない。

「キャアアアア!!!」

その時、悲鳴が聞こえた。

ティセはすばやく身構える。

が、それより早く、ルーティは駆け出していた。

☆☆

下町の外れ、港区との境にある用水路。

そこで1人のハイエルフの女性が髪を捕まれ引き倒されていた。

「おいこら、誰に断って長耳が商売してるんだ、え?」

辺りにはひっくり返されたおでんの屋台。

ハイエルフのオパララが丹精込めて作ったおでんの具が無残にも散らばり、その上を顔を赤くして酔っ払った2人の男がニタニタと笑いながら踏みつけている。

「やめてよ!」

「ここは人間様の町だぞこら、てめえら亜人が表に出てきちゃ美観を損ねるだろうが」

彼らのような人間至上主義者はどの町にもいた。

多くの場合、彼らは大抵の人間からもひんしゅくを買っているのだが、それでも彼らは自分たちのコミュニティを形成するのに十分な人数は、どの町にだって存在している。

オパララの殴られ赤くなった顔を見て、彼は歪んだ愉悦を満たそうとしていた……。

が、

「え?」

瞬きする間だった。

次の瞬間には、目の前に大きく足を広げ、拳を振り抜こうとしている少女の姿があった。

身を守るために構える暇すらない。

「おげっ!?」

肺の空気が消失し、次に内臓をぐしゃぐしゃに轢き潰したかのような痛みが男を襲った。

ルーティは男を殺さないよう手加減して殴った。

だがそれは慈悲などではない。意識を失わず、痛みで死ぬような思いをするギリギリのラインを狙った手加減だ。

この一撃は、男の精神に生涯残り続けるほどのトラウマになるだろう。

男はうずくまると、腹を押さえ、涙とヨダレを垂れ流しながら呻いていた。

「ひ、な、なんだ!?」

もう1人の男は慌てて逃げようとするが、そちらにはすでにティセが回り込んでいる。

「ど、どけ!」

突き飛ばそうと伸ばした男の腕をティセがつかむと、くるりと男の体が宙を舞った。

「うぎゃ!!」

地面に叩きつけられた男の腕の関節を押さえ、ティセはそっと指を男の脇のあたりに押し付けた。

「う、うがぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!!!!」

喉が切れるかのような悲鳴があがった。

アサシンの人体破壊術の応用。

痛みだけを与え相手を傷つけない攻撃だ。

「ちくわ……もったいない」

踏みつけられたちくわを見て、ティセはさらに少し指に力を込めた。

☆☆

騒ぎを聞きつけ、駆けつけた衛兵に2人の乱暴者が引き渡されたときには、2人は恥も外聞もなくうずくまって泣いていた。

「これで二度とやらない」

ルーティはその2人の様子を見てつぶやく。

ティセも頷いた。

「ご協力感謝します」

衛兵から見て2人の男の狼藉は腹が立っていたようで、ルーティとティセが行った暴力には何も言わず、ただお礼だけを告げて連行していった。

「ふぅ」

ティセは少し満足げだ。

暗殺者である自分が、こういう人助けをするというのは珍しい。珍しいが……悪い気はしなかった。

対称的にルーティは、少し肩を落としていた。

「あ、ありがとう! 助かったよ!」

殴られた頬に濡れたタオルを当てながら、オパララが近づいてくる。

ルーティは、その顔を見て、その頬に右手を添えた。

「ルールさん!」

ルーティが何をしようとしているのか気が付き、驚いてティセが言う。

だが止めるのも聞かず、ルーティは“癒しの手”を発動した。

「え!?」

オパララが驚いて声を上げた。

一瞬で頬や体中にあった痛みが消え、赤く腫れていた頬にはもう傷も腫れも残っていなかった。

「私にはまだ、困っている人を見捨てることはできない」

「ルールさん……」

「ごめん、スキルは使っちゃいけなかったのに」

「い、いえ、いいんです……きっと、それが正しいことなのですから」

そうだ、それが勇者というものだ。

ティセは納得していた、自分が正しいことの隣にいることを少し誇らしくも思っていた。

ルーティは、強きをくじき弱きを助けたその右手をじっと見つめていた。

さっきまで苦しんでいた衝動は、ハイエルフを助けたことで解消されている。時間が経てば悪魔の加護も効いてくるだろう。

彼女が走ったのは、加護の衝動を解消できると考えたからだ。

「正しいことなのかな」

ルーティは誰にも聞こえないほどの声で、自分の加護にそう問いかけていた。