軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

55話 苦い渦に飲まれながら

俺の腕の中に妹がいる。

少なくとも魔王が倒れるまで、だがもしかすると二度と会えないかもしれないと思っていた妹だ。

「お兄ちゃん!」

俺の背中に回ったルーティの腕にぎゅっと力が入った。

ルーティは笑っていた、泣きながら笑っていた。

俺の隣りにいたゴンズ、ルーティと一緒に入ってきたちくわ好きの子はどちらもポカンと口を開けて驚いている。

何か言わなければならないのだろうが……。

まずは俺もルーティをギュッと抱きしめた。

俺だって……妹と再会できたのは嬉しいのだ。心の底から。

しばらくして、ようやくルーティも落ち着いてきたようで、俺がやんわりとルーティの肩を押すと、素直に離れてくれた。

表情も、元に戻ったようだ。

今も笑顔だが、ルーティのことを知らない人には無表情にしか見えないだろう。

「お兄ちゃん……違うよ」

「……? 何の話だ?」

「私、アレスの事なんてなんとも思ってない」

もしかして、俺が出ていく時にアレスに肩を抱かれていたことか?

「そうなのか? 俺はてっきり……」

「違う」

俺に対しては珍しく強い口調でルーティは否定した。

これはルーティなりの、議論の余地の無い否定という意思表示なので俺は素直に折れる。

「分かった分かった、俺が勘違いしたみたいだな」

「そう」

ルーティは悲しそうに訂正した。そうか、アレスとはそういう関係ではなかったのか……。

嬉しい半面、ルーティが頼れる人は結局いなかったと分かるのは悲しい。

……そろそろ周りにも説明しなければ。

だが、どう説明するべきか。

「お兄ちゃんってことは、そいつレッドの妹か?」

「お兄さんって、もしかして私の前にいたギデオンさんってことですか?」

「ギデオン?」

「レッド?」

ゴンズとちくわ好きの子はふたりとも首を傾げている。

ああ、なんて説明するべきか。

☆☆

リットは夕食の買い出しにいっている。

戻ってくる前にルーティはいろいろ事情を説明しないといけないだろう。

それと同時に、ゴンズにも説明が必要だ。

ゴンズは口が堅いわけでもないが、喋ってはいけないこととそうでないことくらいの区別はつくやつだ。

「ふーむ」

店は一時閉店。

さすがにこの状況で店頭に立つことはできない。

「ええっと、まずゴンズ」

「おう」

「この子は俺の妹だ。だが周りのやつにはまだ話さないでくれ。あとでちゃんと説明するから、今は黙って帰ってくれると助かる」

「いいとも、よく事情は分からないがお互いを嫌っているわけじゃないってことだけは確かみたいだからな」

ゴンズはニカっと笑った。

「妹はいいもんだ」

ゴンズにもナオという妹がいる。

2人はとても仲が良く、ナオの夫であるミドや、子供のタンタをゴンズは家族のように扱っていた。

ゴンズはすっと立ち上がると、俺の肩をポンポンと叩いた。

それから、

「ええっと、妹さん。レッド……もしかすると本当の名前はギデオンなのか? そちらの事情は分からないけど、こいつはこのゾルタンの下町で頼りにされている良いヤツだよ。何も悪いことはしていない、そこは安心してくれていい」

「そう」

こくりとルーティは頷いた。

だがどこか、その表情に影のようなものが差したように、俺には思えた。

☆☆

居間に残っているのは俺、ルーティ、ちくわ好きの子……ティセというらしい、俺の代わりにアレスの推薦で入ったアサシンだそうだ。

俺の役割とアサシンの役割は随分違う気がしたが。

「あー、何から説明しようか」

「お兄ちゃん」

「なんだ?」

「一緒に誰か住んでるの」

部屋を見渡したルーティが言った。

うっ、俺が説明するより先に気がついたか。

部屋の中にリットの存在を示すようなものがあるわけではない。

しかし、置いてある花瓶と花、食器のセンスなどから俺とは違う他人がこの家に住んでいると分かるのだろう。

妹に報告するのは少し緊張するな。

「俺、一緒に暮らしている人がいるんだ」

「……そう」

「多分もうすぐ帰ってくると思うんだけど、ほら、ロガーヴィアで一緒に行動したリーズレットってショーテル使いのお姫様がいたじゃないか」

「あの人ね」

ルーティは少し悲しそうに言った。

俺の代わりにアレスに懐いたというのは、本当に俺の勘違いだったのだろう。

ルーティは旅立ちの頃……いや、幼かった頃のままに俺だけを見ていてくれていた。

「とにかく、何があってこうなったのか本当のことを話すよ。アレスからは戦いについていけなくなったから斥候の仕事のためパーティーを抜けたって聞いたと思うけど」

「そのあと、ヤランドララがアレスがお兄ちゃんを殺したんだっていい始めて、お兄ちゃんは逃げたんだって説明してたけどね」

アレスのやつ、約束を守ってくれなかったのか。

パーティーを抜けた俺が文句を言える筋合いじゃないかもしれないが。

俺は足手まといだとアレスからパーティーを抜けるように言われ、自暴自棄になり、そしてこのゾルタンに流れ着き、薬屋を開き、そしてリットと同棲することになった経緯を伝えた。

「俺は、リットとこのまま一緒に暮らすつもりだ。ゆくゆくは結婚すると思う」

結婚という単語をはっきりと口にすると少し緊張する。

リットはお姫様であり、俺は騎士とはいえ一代限りの爵位にすぎない。

格的には釣り合いが取れるような間柄ではないのだが……、俺もリットも、お互い自分の生い立ちを捨てる覚悟を決めている。

「そう」

俺の表情が本気であることはルーティにも伝わったのだろう。ルーティは家柄の差については何も言わず、静かに頷いた。

「悪かった、勝手にいなくなって」

「……悪いのはアレスだから。でも」

ルーティは俺をまっすぐに見つめる。

「アレスは私が黙らせる。だから、いいよね?」

「…………」

「リットも一緒に来ていいから。お兄ちゃん、また一緒に旅をしよう」

ルーティは懇願するように言った。

心にずきりと痛みが走る。

俺は……ルーティには俺以外に頼れる誰かがいると思っていた。

アレス、ダナン、テオドラ、ヤランドララ。

みんな、欠点はあれど俺より強いその道を極めた仲間達だった。

俺がいなくなっても、アレスの魔法が、ダナンの拳が、テオドラの槍と奇跡が、ヤランドララの植物を操る力が……それぞれがルーティを支えると思っていた。

「お兄ちゃんがいないと、パーティーは成り立たない。アレスを追い出してもいい。私達にはお兄ちゃんが必要なの」

ルーティは今現在、パーティーがどうなっているのか説明した。

俺の仕事をアレスが1人でやろうとして失敗したのだと。

ダナンは俺を探しに行き、ヤランドララは俺が殺されたと思いパーティーを抜けた。

俺の代わりにティセが入ったようだが、3人が抜け1人補充では計算が合わない。

「…………」

風の四天王を倒し、俺は勇者パーティーの旅が順調だと思っていた。

だが、勇者の旅は順調などではなかった。

リットが危惧した通り、俺が抜けた後大きな問題が起こっていたのだ。

俺が帰りたいといえば、勇者のパーティーにはまた居場所がある。

望めば再びあの冒険の日々に帰ることができる。

だが、だがそれでも……それでも俺は。

「ごめんルーティ。俺はもう、ここにいる意味を見つけたんだ」

リットだけじゃない、この店が、この日常が、俺の生きがいになっていた。

もう……このゾルタンが俺の居場所なんだ。

「そう」

ルーティは、半ば予感していたように静かに答えた。

そして、

「だったら私もこの町に住む」

俺の最愛の妹は、俺と同じように冒険を辞めるという決意を口に出したのだった。

身勝手な言葉、世界の命運をかけた戦いから逃げ出すという意思。

だが、その言葉を誰が咎められるだろうか。

今日は長い一日になるだろう。

何を話せばいいか。俺に何が言えるのか。

俺は思考の苦い渦に飲まれつつある。

だがそれを苦痛とは思わない。

目の前にいる、無表情の顔に耐え難い悲しみをたたえるこの少女は、俺の愛している妹なのだから。