軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

121話 お薬はいかがですか?

さて、俺はもう一働きするか。

薬の入ったバッグを手に、俺は外に出る。

カエルの鳴き声を聞きながら、俺は目当ての家のドアを叩く。

「はいはい」

ドアを開けたのは昼間ティセと戦った老人だ。

「おやあんたは客人。昼間はすまんかったね」

「いやいいさ。それより爺さん、左目が悪いんじゃないか?」

老人は苦笑しながら頭をかいた。

「よう見てるのう。まぁワシも歳だからな」

「実は俺、薬屋なんだよ。その目の薬も手持ちにあるんだ」

「ほぅ……ありがたいが、この目はお嬢の魔法でも治らなかったんだ。薬なんかで治るもんかね?」

「薬だから治るんだよ」

魔法による治療は便利だが、病気の原因を取り除くという効果なのだ。つまり病原菌は取り除けても、病原菌によって破壊された内臓を治癒したりはできない。

以前、タンタの白眼病の時に焦ったのも、病気による失明を治療するには、病気を除去した後、治癒ではなく再生の魔法が必要だ。だがそんな魔法を使える術者は滅多にいない。

『アークメイジ』も病気の除去はできるが、再生の魔法は使えなかったはずだ。

だが、薬は違う。薬草と“錬金術”を組み合わせて作った薬なら、病気によって機能不全に陥るほど破壊された身体でも、時間はかかるがある程度回復させることができる。

白眼病による失明からの回復となると、ゾルタンでは手に入らないような貴重な薬草と高度な“上級錬金術”が必要になるが……。

「爺さんの目は、神経が傷んでるんだと思う。視界が狭くなってるんだろ?」

「ああ、その通りだ」

俺は薬の入った小瓶を取り出す。

「この目薬を使えば、症状をある程度改善し、今後の症状の進行を遅らせることができるはずだ。完治は無理だけど、あと10年くらいは普通の人と同じくらいのものが見えるはずだ」

老人は「ほぉ」と小さく声を漏らした。

「立ち話もなんだな、中に入ってくれ」

老人はそう言って、俺を中へと招き入れた。

☆☆

「よし分かった、そいつを買わせてもらうよ」

薬について詳しい説明を受けた老人は、頷くと俺の渡した薬を手にし、40枚のクオーターペリル銀貨を返した。

俺は念の為もう一度薬の詳しい用法を説明する。

「無くなる頃にまた持ってくるから、良かったら買ってくれ」

「そりゃありがたい。ここにゃ行商もこないから、お嬢に買ってきてもらうしかなくてのう」

ミストーム師はゾルタンでは大物。資産もそれなりにある。

それにこの森で狩った動物やモンスターの肉や皮を加工して生活していると言ったところか。

「それで、そこのもう一人はどこか悪いところはないのか?」

「!!」

老人は驚き、決まりの悪そうな表情をして鼻の頭を指で撫でた。

「お見通しかい。すまんね、昼間殺し合った相手だもんで、念のためにな」

柱の陰からナイフを持った老人が一人現れ、がっくり項垂れている。

「ワシ、これでも昔は海賊としてちっとは恐れられたもんなんよ?」

「相手が悪かったみたいじゃのう……なぁ若いの、なんでワシらに薬を?」

「そりゃ、目の前に薬を必要としている人がいるなら売るだろう。俺は薬屋だし」

「しかしワシはお前さんの仲間を殺そうと……ああ、そうか」

老人はふぅとため息をついた。

「あれくらいじゃ殺されそうになったとは言えんか」

この老人にしろ、隠れていた老人にしろ、ティセや俺にとって脅威ではない。

もしティセに何かがあれば、こうして薬を売りに来るなんてやらなかっただろう、そこまで割り切れるほど俺は聖人君子じゃない。

だから、

「お互い憎み合う関係にならなくて良かっただろう?」

「ぷっ、そうだな。弱くて得した」

老人は吹き出すと大笑いした。

「いやはや、まさか今のゾルタンにお前さん達ほどの達人がいるとはのう。これならお嬢のことも安心か」

まぁ俺の仕事はここまでで、あとはルーティ達に任せるつもりだ。ルーティなら問題なく解決できるだろう。

「そうじゃ、せっかくだから他のやつも見ていってくれんかのう? みなジジイとババアじゃから、どこかしらガタが来とる」

「ああ、いいよ。今後は月に一回くらい薬を持って売りに来るよ」

それから俺は、集まった住人達を診て、手持ちの薬を売ったり、次に来る時に持ってくる薬の注文を受けたりしたのだった。

☆☆

身体を悪くして動けない住人もいたので、往診のようなこともやり、結構な時間がかかってしまった。

まぁその分、注文分も含めてかなりの薬が売れた。人口は少ないが集落ひとつ分なのだから、薬屋1つで引き受ける量としてはなかなかのものだ。

良い取引先が出来たと、俺はホクホク顔で外に出た。

「ご苦労さまです」

「シエン司教」

外では僧侶の服を着たシエン司教が、温和そうな笑みを浮かべて待っていた。

「助かりました。ミストームの秘密を考えると、ここの存在を他の人に伝えるわけにも行きませんので、かつてゾルタンを救った英雄達である彼らにはずいぶん不便な思いをさせてきて、心苦しく思っていたのですよ。本当にありがとうございます」

シエン司教はそう言って俺に頭を下げた。

「商売をしただけだよ。この集落の人々は、ゲイゼリクの?」

「ええ。ミストームの部下だったり、単に慕っていただけだったり、そうした海賊達です」

ミストーム師がゲイゼリクと共に海賊をしていた頃の仲間か。彼らもヴェロニアでの地位があっただろうに、ヴェロニアにいられなくなったミストーム師のためにすべてを捨てて今日までミストーム師に着いてきたのだろう。

「慕われてたんだな」

「それはもう。そこら中コケやらなんやら生えてて衛生環境劣悪だった船を見て、ゲイゼリクや船員達の尻を蹴り上げ掃除させたり、長い航海で必要な栄養について色々な資料を読んで勉強し、コックと一緒に料理をしたりと、大活躍だったそうで。私も彼らから話を聞いただけですがね」

俺は幻影のミスフィアの上品そうな顔に色濃く映る意志の強そうな目を思い出し、なるほどと頷いた。

「しかし、私もかつては聖地ラストウォール大聖砦で学び、冒険者としても戦い、それなりに腕は立つつもりだったのですが……あのルールさんといい、あなたといい、英雄とは意外と身近にいるものですね。一体何者なのですか?」

「ただのゾルタンの小さな薬屋店主と、薬草農家駆け出しの妹だよ」

「聞くのは野暮でしたね。これは失礼を」

シエン司教は、両手を合わせ目をつぶる。

「ですが、この窮地にあなた達がゾルタンにいることはデミス神のご加護があったとしか思えません。感謝しなくては」

デミス神のご加護ね……。

これが神様のご意思だというのなら、そりゃとんだひねくれた神様もあったものだと、俺は密かに苦笑する。

だが分かっている。これは神の意志なんかではない。

俺やルーティ、リットやティセ、それにミストーム師やレオノール。

すべて人の意思があったからこそ今があるのだ。