軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ベスが今回もズルズルと連れていかれたのは、もはやおなじみと化してしまった王宮の冷たい地下牢だ。

前にこの地下牢に連れていかれら理由となったカーターは、百日草の開花を楽しみにしていたエイミーをはじめ村中の恋に恋する女の子たちから迫害され、カーターのおばさんからはベスの畑から盗んだ薬草で迷惑かけた事で、洗濯叩き棒でお尻を百叩きにされて、相当ひどい目に遭っている。

しばらくはカーターがベスの畑に近づく事はないだろう。

だったら今日はなんだ。

あの妙な事件からのベスはいつも通り、粉挽きとして静かな暮らしをおくっている。

新しいことといえば、先週から実をつけていた庭のいちごがものすごく美味しく育ったくらいだ。

また魔女だとかノエル様は言って、こんな所にベスを閉じ込めてきたが、何をどう転んでもまたノエル様の勘違いに間違いなので、怖くはないが非常に迷惑だ。

こんこん、と大きな音を立てて、牢の部屋の階段に続く木の扉が開いた。

扉の向こうから、やはりというか、ノエルがそのマントを翻して、カツカツとベスまで近づいてきた。

(またこんなに迷惑かけられたし、今度は水車だけじゃなくて、家の屋根修理と煙突掃除してもらおう)

ベスはそう頭の中で、ノエルに魔法で修理を頼む家の調子の悪い部分を思い巡らせていた。

だが、謝罪の言葉を待っていたベスの予想に反して、ノエルはカツカツとブーツの音を高く鳴らしてベスに近づくと、いきなりベスに不遜にこう言い放った。

「お前の言った通りだ」

「え?」

「洗濯草が、実をつけた」

「お前の言った通りに、温室から出して、灰に埋めて、放っておいたらちょうど一月で実をつけた」

(ああ、ひと月前に面倒見たあの白い花ね?なら、なおさら良かったじゃない。ならなんで私はこんな地下牢に閉じ込められてるのよ?)

とりあえず湧き出る疑問は一旦胸に収めて、目の前の男と平和的に会話をすることに決めた。

「ああ、ノエル様、あれ洗濯草っていう名前だったのね、実がついたんだ。よかったわね。所であの花、なんで洗濯草っていう名前なの?」

ノエルは、その美しい顔を曇らせながら、ベスの疑問に答えた。

「洗濯草の実には、非常に高い体内の毒素の洗浄効果がある。大変扱いが気難しい植物だが、実をつければ、非常に貴重な毒消しのポーションの材料となる」

「ああ、貴重な毒消しの元だったのね。実がついてよかったわね。じゃあそろそろ私をここから出してくれる?」

この植物が実をつけたら、報酬で、本に載っていた魔術を見せてくれる約束だったはずだ。

ちょっと乱暴だったけど、そのつもりでここまでベスを連れてきたのかな?とお人好しのベスはのんびり思う。

だが、ノエルは吐き捨てるように言った。

「それだけじゃない」

ノエルはワナワナと両手を空に向けて、壁に向かって何かをぶつぶつと口に、怒りをあらわにしている。

「お前がもののついでに助言した、あのしなびた永年キノコも、見事に蘇った。レモンの果汁を絞ったものを根に与えて、土に猫の毛を混ぜただけで、すぐに活力を取り戻して大きくなった。なぜだ! 永年キノコの世話を担当されていたのは、あのエズラ様だ。エズラ老師様ですら活力を上手くとり戻せなかったあのキノコだと言うのに、なぜあんなにあっさり解決したのだ?? なぜお前には植物の気持ちが手に取るようにわかるんだ?? お前は魔力もなければ、学問はあのつまらん田舎の村の学舎に行ったきり、しかも成績はひどいものだったと調査官が言っている。魔術の知識など、あのくだらない村の図書館の蔵書の、くだらない冒険小説からしか無い。なぜだ! 」

ベスは、植物学の知識など確かに何もない。

魔術の知識もこのノエルの言う通り、図書館の冒険本の物語に書いてある、魔術の描写が知識の全てだ。

植物のことは、本当に、経験でただなんとなくわかるだけだ。

全て間違ってはいないとはいえ、この高貴な魔術師は、ベスに対しても、ベスの村に対しても失礼極まりない。

あの学舎は割と評判が良くて、近隣の村からも子供が学びにくる、村の自慢の学舎だ。

(何この失礼な男!)

ベスは非常に気分を害しているのだが、ノエルはベスの感情などどうでも良いらしい。

ぶつぶつと、虚空に向けて続ける。

「あの洗濯草は、この俺が、手塩にかけて、三年も世話をしたのに一向に実をつけなかった。そんな繊細な植物が、こんな田舎娘がちょっと見ただけで見事な実をつけるとは・・」

そしてくるり、とベスの方を向き直ると、びし!っとベスを指差して、言った。

「田舎娘、お前には、協力してもらう! 」

「えっと・・何を? 」

ブルリと、悪い予感がベスの背中を走る。

ニヤリとノエルは、捕食獣が獲物を捕まえた時のような、非常に悪い顔をした。

「お前の力が必要だ。魔術院は人手不足だ。お前に温室の下働きを命ずる」

「え、ちょっと、そんなの嫌よ、私は粉挽よ。それより早く家に帰して。今日中に終わらせないといけない仕事があるのよ!」

今日粉を仕上げる約束の予定が2件あるのだ。

早く馬車で小屋まで送り帰してもらわないと、間に合わないではないか。

「わかった。お前が既に請け負っている粉挽きの仕事に関しては、部下を派遣する。心配するな。これからの事だが、私と取引をしよう」

そう、握手のために、豆の一つもない美しい手を差し出してきた。

ベスは粉まみれの、豆だらけの己の手が恥ずかしくなって、反射的に後ろに隠してしまった。

ノエルは気にかける様子もない。

「お前は本が好きなのだろう。ここで私の為の仕事をしている間は、王宮図書館に自由に出入りする権利をやろう。くだらない魔術師の冒険物から、もっとくだらない恋愛物から、王宮図書館にはなんでもある。どうだ。私に協力する気になったか」

ひゅっと、ベスの喉が鳴った。

そう、ベスは本が大好きなのだ。だが村の図書館にはせいぜい20冊の本があるだけ。それを繰り返し、繰り返し擦り切れるまで読んでいる。本は非常に高価なのだ。

魅力的な申し出に、ベスは少しよろめく。

「・・えっと、念のために聞きますが、もし私がこのお話を飲まなかった場合は・・」

「お前に何も損はない。だが、お前の幼馴染のカーターという冒険者が、お前の代わりにこの檻に死ぬまで入るだけだ。王の軍に妙な薬草を卸した罪で、反逆罪にも問える」

ニヤリ、と悪い笑顔を浮かべた。そう。これは、交渉などでは決してない。脅迫だ。

「卑怯よ!」

ベスは絶叫した。断る選択肢など、そもそも与えられていない事に気がついたのだ。

「人聞きの悪い事を言うな。私はお前には何一つ強制はしていない。選択肢を与えているだけだ」

「・・最低ね、あんた」

ベスは悔しくて、震えてくる。

たかだかベスの家の薬草3株で、幼馴染を死ぬまでここに入れておくなどできるわけがないではないか。最初から、ベスを脅すつもりでこの冷たい牢にベスを投げ入れたのだ、この男。

「なら、取引は成立という事だな」

ガシャリ、と牢の鍵の開く音がした。また真っ白な手を差し出してきた。ベスは今度はその豆だらけの手で、全力でその白い手を握ってやった。

「あんたなんて、地獄に落ちるといいわ」

ベスは、思いっきりこの美しい魔術師を睨み付けたが、ノエルは、田舎の馬鹿力め、と握られた手をぶらぶらとさせて、何一つ響いていないらしい。

「ああ、そうだな」

そして、鼻歌でも歌うかのように、続けた。

「出勤は明日からだ」