軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

41 くろいえんぴつだとぜんぶくろいからわからないんだとおもいます

旦那様はこほんと小さい咳ばらいをしてから姿勢を正して、侯爵様にご挨拶をしました。侯爵様は鷹揚に応えましたけど、ちょっと口元が震えてます。

「いらしてるとは聞いておらず失礼しました。連絡をくだされば仕事は早めに切り上げたのですが」

「お前、領ではあれでも控えてたんだな……」

「んんっ、それで父上、どうされたんです。この収穫期に王都までなど」

「今更照れることもあるまい。――夫婦仲が良いにこしたことはない」

含み笑いをする侯爵様に、旦那様はちょっと訝し気に首を傾げました。

「いや、予定外に城へ報告せねばならんことがあってな。登城は明日なんだがその前にと寄ってみた。アビゲイルが話し相手になってくれてたよ」

宝飾屋さんと入れ替わりに訪れた侯爵様をおもてなししたのです。女主人のお仕事なので。

「旦那様、私お手紙をいただいたのです!侯爵様が、サミュエル様から預かってきてくださったのです!私宛のお手紙は初めてです!」

「サミュエルから?」

薄い桃色地に胡桃色の小鳥が隅に描かれた封筒には、あ、応接室に置いてきてしまったと思ったら、家令のイーサンが横からそっと差し出してくれました。すごい。イーサンはいつでもどこでもなんでもすぐ出してくれます。封筒に入っていた六つ折りの白い紙です。それを広げて旦那様にもお見せします。

「あびーちゃんへって、書いてあります。これはステラ様の字です。きっと。で、サミュエル様は私を描いてくれたのです!」

「……これアビゲイルか?」

「はい!」

白い紙いっぱいにクレヨンの線が踊ってます。クレヨンで描いたっていうのは侯爵様が教えてくださいました。黒と赤と黄色。手とか足とかの数は違いますけど、魔王によく似ています。サミュエル様は三歳で、魔王も見たことないのにとてもよく描けてると思うのです。

「なので、侯爵様と一緒にお返事を描いたのですけど、あんまりうまくいきません」

「父上と、か?」

「はい……旦那様、黒の鉛筆だからだめなんじゃないでしょうか」

「ぶふっ「父上」……失礼」

侯爵様は私がお返事の絵を描いてるのをにこにこして見ててくれました。でも私が ダンゴ虫(ロリポリ) 描いても ダンゴ虫(ロリポリ) だって当ててもらえなかったのです。サーモン・ジャーキーも外れました。

「あー、クレヨンを明日買ってきてもらうといい」

「いいのですか!ありがとうございます!」

「そのかわり俺にも見せるように」

「はい!侯爵様!明日は上手に描けますので!」

「――っ楽し、みにしてる、よ」

侯爵様は口を片手で押さえて震えてます。旦那様は「それはそれとしてさっきまで描いてたのも後で見せてくれ」ってにっこりしてくださいました。多分旦那様なら ダンゴ虫(ロリポリ) は当ててくれると思います。

◆◆◆

領で収穫できた林檎を厨房に運び込んであるから見てくるといい、アビゲイルにそう促した父と執務室で向き合って座った。夕食はうちでとっていくことになったが、それまでに話を済ませておくためだ。

襟元を緩める俺を見る父は、あまり見覚えのない表情をしている。正確には、俺に直接向けられることはあまりなかった顔だ。子どもの頃の記憶の中で、父はいつも厳格な風情を崩さなかった。それでも本当に時折、母や兄の後ろ姿を頬を緩めて見つめていたことがあったのだ。当時はわからなかったけれど、もしかして俺の後ろ姿もこの顔で見ていたことがあったのかもしれないと今なら思う。

「アビゲイルの絵はなかなか斬新だったぞ」

だからどうという話ではないけどな!この年でそんな顔して見つめられてもな!

「お前たちが幼い頃に描いてた絵は何が描いてあるのかくらいはわかったもんだが……結構な難問だった……」

「――見たことが?」

「当たり前だ。……お前たちが幼い頃は不作が続いてたからな。忙しさで共に過ごすことは少なかったが、それくらいは見てたさ。まあ、私も カトリーナ(妻) も そ(・) う(・) い(・) う(・) も(・) の(・) だ(・) と育ったからというのもあるが……嫁入りしてきたステラがサミュエルとできる限り一緒に過ごすようにしてる姿は最初驚いたものだ」

貴族家は市井の者たちとは生活スタイルそのものが違う。夕食ひとつ、就寝時間ひとつとってもそれぞれの社交という仕事に費やされて、子どもの生活時間と合わないせいも大きいだろう。けれど確かに先日の帰郷では、ステラ義姉上はサミュエルとよく一緒にいたように思う。

「アビゲイルが真剣に絵を描いてるのを見てて、カトリーナがそういうステラのやり方に口を出さない理由がわかった気がした」

「アビゲイルは俺の妻です」

「お前は何を言ってるんだ」

呆れ顔を返されるが、むずがゆくて聞いてられないのだから仕方がない。それで王都へはどうして?と話を促せば、やっと見慣れた厳めしい表情に戻った。

「――ロングハースト伯爵の遺体が見つかった」

行方が知れなかったアビゲイルの父は、ドリューウェットと隣の領を繋ぐ街道そばの森の近くで見つかったらしい。獣か魔物にでも襲われたようで、近くに住む猟師が見つけたときには性別もわからない状態だったそうだ。所持品でやっと身元がわかったという。

「次の援助先を探してたらしいからな。そこへ向かう途中だったんだろう。ぎりぎりうちの領地内で起きたことだし、伯爵の義娘であるナディアの処刑の件もある上に、ロングハーストを継げる正式な直系のアビゲイルはお前の妻だ。私が直接報告するしかないし、それが最善だろう。――あそこは今年こそ災害にやられたが、領地の大きさの割に豊かな土地だ。王室が直轄地にしようと乗り出す可能性が高い。お前たちはどうしたいのか先に聞こうと思ってな」

「いりません」

「お前一応妻に聞いたらどうだ……」

「今日ちょうどウィッティントン将軍閣下に忠告されました」

「ほお?しばらく会っていないな。相変わらずか」

「あの方はあと三十年はお変わりないでしょう。……ロングハーストは厄介すぎる土地だから関わるなと」

帰り間際にもう一度そう念を押された。

「アビゲイルにも一応確認はしますが、興味はもたないと思います」

アビゲイルを虐げ、魔王を裏切った土地だ。言われなくとももう関わらせたくない。