軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

40 ぎゅっとされるとなぜだかはねたくなってきます

訓練も終わったからと、アビゲイルとタバサは屋敷に帰らせた。ロドニーは馬車まで付き添わせている。

ふぅ、とコーヒーカップをソーサーに戻しながら一息ついた閣下が、ソファに身体を沈めて言葉を発するのをただ待っていた。

「ジェラルド君ね」

「――はい」

「今この国は戦時下にない。まあ全くの平和とはいえないが、それはもう国があれば常にどこかやなにかとの潜在的な緊張はあるものだからね。今の状態ではむしろ過剰な戦力となりえるものは火種になるだろう――奥方がまさにそれなのは当然理解してるんだよね」

――隠さなくてはならないのは、魔王の力だ。 天恵(ギフト) として全て誤魔化してはいるけれど、アビゲイルの能力は一般に認識されている 天恵(ギフト) におさまるものではない。

ドリューウェットには、災害の予知に近いものとして認識させた。そこでとどめられている。

閣下には……無詠唱までならまだいけたんだよなああああ。それだけなら魔法に関する 天恵(ギフト) で誤魔化せたはずだ。なんだあれ。なんで閣下の 天恵(ギフト) の弱点まで見抜くかなぁ。

天恵(ギフト) はそもそもが希少な能力ゆえに、開示されないこともままあるものだ。なのに一目で強いと判断するばかりか弱点まで把握してしまうなど。救いは知ったところで閣下を降せる技量を持つ者などそうはいないという部分か。俺でもあの速度、あのタイミングで雷を発動させられはしない。

「理解、してるんだよね。してないとしたら私は君の評価を下方修正しなきゃならない」

「はい……」

「君、それでも奥方を閉じ込めはしないのかい?」

そのほうが簡単だろう、どこからも奪われないためにはねと告げられるのは、そうしたほうがいいという助言だ。閣下の立場であれば即座に召喚して管理下におくべきと判断するようなアビゲイルを、もっと本気で隠せと。

俺だってそうしたい。それは能力云々だけの話ではないけれど。

「……妻はその育った環境のせいもあって、自分から外の世界に積極的に出て行こうとはしません」

「ふむ」

「自分が知らないことも知らないからです。けど、知らないことを知ったときに楽しかったと喜ぶんです」

知らないことがいっぱいあった、おいしいものもいっぱいあった、とドリューウェットで過ごしたことが楽しかったとアビゲイルは言った。些細なことだ。馬車から見える景色、人のあふれる祭りの景色、毎日同じ賑わいの市場。平民の子どもですら気軽に買える屋台の菓子にさえ、目を輝かせて見ていた。

「今は確かにあの調子ですから、迂闊に貴族社会に触れさせることはできません。けれどいつか、妻が自ら外に出たいと思ったときに、いや、そんなときが来るかどうかはわからないんですが、それでもそう思ったときにそうできるように環境は整えておきたいんです。俺の妻としての立場はかためておきたい」

最低な結婚初日をやり直したいのだって本当だ。だけどそれだけではなく。

アビゲイルが喜ぶかもしれないことをとりあげたくない。ロングハーストで育ちさえしなければ手に入れてたであろうものくらいは取り戻してやりたい。

こめかみを指で押さえながら深くため息ついてから閣下は口をひらいた。

「……協力すると言った言葉を今更取り消しはしないよ。ただそれは、奥方が火種にならなければの話だ。さっきも言ったが、侯爵にもっと協力させなさい。私にできる協力は、見なかったことにすることだけだ」

――っし!

内心で拳を握ったのを悟られてはいないと思うが、今度は呆れまじりのため息をおとされた。

「あとね、君の部下たち、ちょっと鍛えなおすように。無詠唱やらなんやらはともかく、雷をあの速度で発動してるのに気づかないなど鍛錬が足りん」

「了解です!」

それは俺も気になってはいたんだ。すぐにでも鍛えなおそうじゃないか。いくらでも。

「――もうちょっと余計なことを口走らないようになったらまた会いたいものだね」

それはちょっと無理かもしれんなと思いつつも、力強く頷いてはみせた。

◆◆◆

「旦那様、お帰りなさいませ!」

エントランスにお迎えに出た途端、旦那様がぎゅうっと抱きしめてきました。そしてつむじに頬ずりしたまま動きません。

こういうときはじっとしておくのがいいというかしておいてくださいってロドニーが前に言っていたので、じっとします。本当はちょっと跳ねたくなるのですけど、我慢です。いい匂い。

「アビゲイル」

「はい!」

「あー、今日は楽しかったか」

「はい!旦那様、私今日ちゃんとできてたと思います!」

「残念。惜しかった」

「えっ」

ぷはっと笑う息で、つむじの髪の毛がふわっとしました。それを撫でつけて額に口づけしてくださいます。

「まあ、いいさ。なんとかなりそうだしな」

旦那様は頬にも口づけて、それから私の胸元を、おや?と首を傾げてのぞきこみます。お気づきですね!お気づきです!そう!旦那様色の石を首から下げてるのです!

「旦那様旦那様、これ私の目の色だって、すっごく急いでつくったって宝飾屋さんも言ってました!お屋敷に帰ってきたら!宝飾屋さんがちょうど来てくれたとこだったので!」

細い鎖と石の周りを囲む蔦の細工は金色です。旦那様色と私色でちょうどいいからって。結婚式で使うときはもっと豪華な感じにするための土台も今つくってるけど、先に石を普段つけていられるようにって考えてくれたのです。ちょっとそこはよくわからなかったのですけどって旦那様に伝えると、またぎゅうぎゅうされました。跳ねたい。我慢。

「……毎日それなのか?」

「――!?」

今日王都に到着してそのままいらしたという侯爵様の声に、旦那様が跳ねました。