軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15 だんなさまがおまつりにつれていってくれるといいました

案外強い力でがっちりと俺の手を離さずに頬を寄せるアビゲイルは、俺の膝の上で丸くなって胸にもたれかかっている。

匂いを嗅ぐのはやっとやめてくれたので手を洗いにいくのは諦めた。なんだよいもって。食べたか?今日?

うっとりと夢うつつなとろりとした顔には、もうさきほどまでの強張った表情はない。収穫祭で誰が魔物退治をするのかと言い出した時には、ひどく動揺して視線もきょろきょろと落ち着かなくなっていた。いつも妙に落ち着いてるところのあるアビゲイルがそんな顔を見せるのは初めてで、俺までうろたえるところだった。

「魔王は森で出会って逃げていくにんげんが落とすごはんが美味しくて、森の入り口まで行くようになったのです」

魔王だった時に感じたことや考えたことは覚えていないというアビゲイルが、ぽつりぽつり、うとうとと、童話のように魔王を語る。

「ある日、村の子どもが焚火で小さなおいもを焼いて食べていて、でも魔王の姿を見ておいもを投げてよこしてくれました。すぐ走って逃げて行っちゃいましたけど」

――あー、それ芋くれたんじゃないよな……ぶつけられたんじゃないのか……。

「森の近くで焚火をしたら危ないので、魔王は火を消してからおいもを食べて、それがとっても魔王のおなかをほかほかさせたんです。ごはんを落としていくにんげんはいても、ごはんをくれたにんげんはその子がはじめてでした。落としていくごはんはおいものこともあったけど、そのおいもよりもずっとほかほかしたんです」

「……うん。そうか」

「にんげんのごはんはあったかくて美味しいです。多分魔王はにんげんにお願いされるのも収穫祭も嫌いじゃなかったです。いつも自分から森の入り口まで行ってましたし」

「そう、か。収穫祭は魔王も楽しめたのか?」

「わからないです」

「ああ、覚えてないんだもんな」

「いいえ、一緒にお祭りをしたことはないのです。にんげんは魔王が森から出て村に行くのを嫌がりました。魔王は手も足も口も目もいっぱいあったので、村に行ったらみんな怖がるから。そのかわり、魔物の焼いたお肉をいつもよりいっぱい森の入り口においてくれたんです」

イーサンが顔をくしゃくしゃにして天井を仰いでるのが視界の隅にはいった。やめろ。もっと隅に行け。うつる。

「でも魔王は目がたくさんあったので、ちょっと頑張ったら村の様子は見えたんです」

「たくさんあったから」

「はい。魔王ですので。みんな焚火を囲んで踊ったり笑ったり焼いた大きなお肉やおいもや、大きなお鍋のスープを食べて、歌ったりもしてました。旦那様」

「うん」

「ドリューウェットのお祭りも、焚火ありますか」

「おう、あるぞ。祭りの最後の日に一番大きな広場でな、大きな焚火台を作って、その年の収穫に感謝して、来年の豊作を願うために、その年とれた作物を焚火にいれる。少しだけな。豊穣の神様に贈り物だ」

「おくりもの。神様も魔王と同じに贈り物もらうんですね」

ふふっとアビゲイルが笑う。――贈り物も何も、魔王が自分で狩ったものだろうに。

「露店や屋台だってたくさん並ぶ。肉串もスープも甘味もあるな」

「ろてん。家庭教師に聞いたことあります。普通のお店と違ってお外で買えてそのままお外で食べるんですよね。お行儀悪いって言ってました」

「でも俺も買って食べるぞ。子どもの頃は楽しみだったな、そうだ。花の形の飴を出す店もあった。毎年いくつか似たような店が出てたし、今年もあるだろう」

「はなのかたちのあめ」

「そう、甘いお花だ。――連れて行ってやるから買おう」

「はい!」

あまいおはな、と呟いて、アビゲイルはもう一度俺の手に頬をすり寄せてそのまま眠ってしまった。

ロングハーストの伝承には、森に入るなという子どもへの戒めに続く導入部分がある。

禍々しくも恐ろしい姿の魔王が、金瞳の魔物を大勢ひきつれて近くの村を順々に襲っていく話だ。

困った村人たちは国王様に助けてくださいとお願いをする。村人たちを救わんと、国王は勇者一人と騎士十人と魔法使い百人と兵士を千人、森へ向かわせた。それでも魔王のほうが強かった。けれどそんな魔王にも弱点があって、冬の間は力がでない。勇者たちは冬が来るのを待って魔王に一斉攻撃をしかける。

騎士の剣が十本、魔王の足を縫い留めて、魔法使いが百の茨で魔王の手を縛り上げ、兵士が千本の槍で魔王の目を潰し。

勇者が魔王の身体を両断した。

魔王は無事討伐されて村に平和は戻ったけれど、いつまた魔王が復活するのかわからない。

だから森へは近づくなと、続くのだ。

勝った者がつくりあげる歴史はいつの時代も勝った者に都合がいい。そういうものだ。それが常なものではあるけれど。

冬の間は弱っている?

頼みをきいた魔王は秋に魔物退治をして、冬の間は自分の分の食料がなかった。

それを知っているのは誰だ。魔物退治を頼んだ者たちだ。

退治を頼み、僅かな 贈(・) り(・) 物(・) という対価とも言えないものを対価に、自分たちの安全と食料を易々と手に入れて。

復活するのが怖いんじゃない。復活して復讐されるのが怖いのだ。

――なんて馬鹿馬鹿しい。愚かで醜い人間の裏切りの物語じゃないか。

寝室へと運ぶために、すやすやと眠るアビゲイルを抱き上げる。

タバサは寝支度を整えに先に部屋を出て行った。

ロドニーには帰省休暇を軍に申請するための段取りを、イーサンには帰省旅行の手配を命じる。

もうほんとイーサンお前そんなタイプじゃなかっただろうに、足元ふらつかせるのやめてくれ。うつるだろうが。