軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

28 おかえりなさいませだんなさま

旦那様が第四王子のところに行ったあと、私はいつの間にかサロンの 寝椅子(カウチ) でお昼寝してしまったようです。

ふわっとしたいい匂いと揺れる感覚に目を開けると、旦那様がちょうど私の背中と膝裏に手を差し込んでいました。

「おっと、起きたか。寝台に連れて行こうかと思ったんだがな」

中庭に続く掃き出し窓から差し込んだ夕焼けの光が、旦那様の黒髪を赤く縁取っています。

「お帰りなさいませ旦那様」

「ただいま」

まぶたに口づけしていただいたので旦那様の胸元に顔をすりつけたら、小さく笑ってそのまま抱き上げてくださいました。

「疲れただろう。そろそろ夕食の時間だがもう少し眠るか?」

「起きます!私は旦那様にお留守番の報告をするのです。でも抱っこはまだこのままです!」

「ふはっ、喜んで」

横抱きのまま歩き出した旦那様は、くるり、くるりとダンスするときみたいにターンをします。タバサのお部屋にある 揺り椅子(ロッキングチェア) のように心地よい。座らせてもらったときは楽しくなった勢いでひっくり返ってしまったので、私の部屋には買ってもらえませんでした。でもこっちのがいい。

「お帰りなさいませ旦那様」

「ああ、ただいま」

何故だかもう一度言いたくなったのですが、旦那様もちゃんともう一度ただいまをしてくれました。

お留守番の報告はいっぱいあるのです。お爺がつくってくれた石を倒すやつとか、リックマンが見せてくれた本とか、たくさんで、あ!

「ない!お土産!お土産の缶はどこに!」

眠ってしまう前はちゃんと持っていたはずです。両手で持っていたはずなのにない!

慌ててしまったら旦那様はくるっとカウチのほうへ振り返ります。

「そこにあるけど、まだ開けてなかったのか」

ローテーブルにちゃんと置いてありました。勿論まだ開けていません。だって旦那様と一緒に食べたいのですから。

夜ごはんだって旦那様と一緒です。

分厚いけどしっとりと柔らかいローストビーフに滑らかなマッシュポテト、ぽこぽこしたベイクドビーンズ、こっくり甘い玉ねぎのスープも美味しかった。報告することがいっぱいあって、食べきるのにいつもより時間がかかってしまったかもしれません。だけど旦那様はご機嫌で聞いてくださったので、それは些細なことだったと思います。

あと最近はあまり思わなかったはずなのに、もうちょっとだけ食べられる気がしました。

「香ばしくっていい匂いがします!」

夜ごはんのデザートは、旦那様のお土産です。

いつものように居間のソファで寛ぐ旦那様が、ぱこんといい音で缶を開けてくださいました。パンが焼けるときとも違う甘いようなしょっぱいような匂いがあふれてきます。

中にあるのは、手のひらほどの大きさで、丸くて薄い……クッキー?

一枚つまむと指先にぺとっとした感触がありました。

「ライスクラッカーだ。共同演習相手の国では昔からある伝統菓子だな。米でつくるらしいぞ」

「米! リゾットでつかう米ですか。ごはんにもおやつにもなる……パンやケーキになる小麦と仲間っ」

初めてリゾットを見たときは一瞬虫かと思いましたけど、トマト味もミルク味もチーズ味だってどれもみんな美味しかった。魔王のときには美味しい虫も食べたことありましたけど、いえ違いました。虫ではなかったので関係ないです。米。

「このライスクラッカーの国ではな、岩山から来る金瞳の魔物は魔物ではなく聖獣として敬われてたようだ。岩山からってことは魔王のことではなくてただの金瞳の魔物だと思うんだが、ロングハースト側とは反対の方角に行ったことは?」

私が森にいた頃には岩山はありませんでした。それは前にお話ししてあります。

だからその金瞳の魔物は私ではなくて、他の子だと旦那様は察しているようでした。多分合ってると思いますけど、一応私も反対側に行ったことはあります。気分でお散歩してましたので。

そう答えると、だよなと返ってきました。

「でもそんな風に呼ばれたことないです。おいもをくれてお話をしてくれたのも、私に名前を付けて呼んでくれたのもあの子だけでしたし、魔王のほうがつよそうだからせいじゅうじゃなくていいです」

「……そっか」

旦那様がライスクラッカーにかぶりつきます。ばりんといい音がしました。

お行儀はなしでいいってこと!硬い!あれ!?硬い!ばりんといきません!

「お、おう、貸しなさい」

一口サイズに割ってもらったライスクラッカーをもう一度口にいれました。ごりごりする!

しょっぱ甘い感じはあまり食べたことのない味ですけど、ざらりと硬い歯ごたえも楽しいし美味しい!

「美味いか」

「ふぁい!」

小さくしたのをお皿においてくださいましたので、もうひとつ食べます。この癖になる感じはサーモン・ジャーキーっぽい。

「ああ、そういえば帰りにドミニク殿下の用で寄り道したと言っただろう?魔王の森の近くまで行ったんだけどな」

まだ口でごりごりしてるので頷きを返しました。

事故が起きたときはもう隊から離れていたから、早くに帰ってこられたのだとさっき教えてもらいました。

イーサンたちもそれは知ってたらしいのですけど、いつ離れるかまでは聞いていなかったそうです。

急いで早く帰って驚かせたかったけど、先に言っておけばよかったなって旦那様は謝ってくれて、タバサは本当ですよってちょっとお説教してました。

ところでこれはそのままだと齧って割ることができないのに、小さくして口にいれたら噛めるのはなぜでしょう。

「竜が来て、これをくれたんだ。多分アビーに渡してほしかったんだろう」

ポケットから出したハンカチに包まれたものは、透き通った緑色のごつごつした石でした。多分エメラルドの原石だと思います。口の中にあるライスクラッカーの残りを飲み込みました。美味しかった。

「私あの子とあんまり仲良くないから違うと思います」

「えぇー?」

何故だか旦那様は、うわあって顔しました。