軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27 ひさしぶりなのでいっぱいかいでいたかったです

幾重にも色糸を重ねて細やかな模様を織り出す絨毯のように、少しずつアビゲイルの感情は色を増やしてきていた。

時には自分でも何かわからないと戸惑いながら問うてきて、それに答えれば、ゆっくりと咀嚼するように受け入れていくのを繰り返した。それでもアビゲイルの根幹はひどく単純な世界で構成されていることに変わりなく、好きという感情には種類や段階があるのだと最近やっと理解し始めてきたところだと、そう思っていた。

それが!それがだ!

「主!あーるーじーってば!ほらっ!支度して登城しないと!ほら!」

ドミニク殿下直属の騎士たちが到着し、イーサンの簡単な状況説明を受けてブリアナたちを連行していった。本来は騎士の仕事ではないが、これは殿下が今任されているロングハースト絡みなのだから不自然でもない。ただやはり俺も追って直接報告に上がらなくてはいけないこともわかってはいる。

「……ちょっと、もうちょっと」

「いい加減待ちましたからね!?続きは後で!あーとーで!」

アビゲイルを抱き上げたまま、その肩口に顔を埋めて浸る感動から離れられないでいた。

愛してるって言ったんだぞ!浸らせろ少し!

俺の首に回された細い腕も――いや鼻息荒くないかっ!?

「ちょっ、あ、アビー!匂い嗅ぐな!待て!待て待て!」

考えたらずっと野営を繰り返し馬の休憩以外はずっと走らせて帰ってきたんだ。どう考えても臭いし汚いだろう!

慌てて下ろそうとしても、がっしりとしがみつかれている。時々妙に力強いよな!

肩を震わせるロドニーが荷物から缶を取り出し、受け取ったタバサがそっと横に立った。

「奥様。主様から奥様にお土産あるそうですよ」

「お土産!」

あっさりと飛び下りられたけれど、それはそれでこう肩透かしというかなんというかだな。

さっさと済ませてしまおうと身なりを整えてから登城した。

支度をする間中、土産の入った缶を抱えたアビゲイルがついて回ってたのだから、迅速に済ませて帰りたい。王族の住まうエリアではなく、騎士たちの詰め所だからさほど手続きも必要なく、少しの待機時間でマグレガーやリックマンを従えたドミニク殿下がやってきた。

持ち出してきた亡国の偵察資料の量は大したことなく、ロドニーが革紐で綴られた束をそのままマグレガーに渡す。

「いやー、先輩は事故の前に離脱してたはずだと思ってはいたけど、タイミングもわからなかったからさあ。無事で何よりだ。さっき続報も来てたよ。人的被害はなかったそうじゃない」

「ええ、来る途中、基地本部に顔を出して来ました。土石の撤去作業はその手が得意な部隊もいるので問題ないでしょう。今回は閣下も同道してますし」

「あー、ウィッティントン将軍は突発的なこと好きだからねぇ。張り切って陣頭指揮とってるのが目に浮かぶよ」

「憂いがなくちょうどいい実践訓練になりますからね。まだ単なる事故だと思ってるうちは、ですが」

「えっやだなにそれ」

支度する間、渓谷で起きたであろうことの詳細は聞いていた。

抱えた缶をカシャカシャいわせつつの身振り手振りつきの説明だ。

あの渓谷は深い。

街道となる谷底は隊列が通れるほどの幅があるけれど、関所に近づくにつれ両側にそそり立つ岸壁がネズミ返し状となって街道に影を落としている。

見上げたところで狭まった空と崖の上から垂れ下がる羊歯や蔦が覗いているだけだ。

報告によれば、部隊ごとに分かれて進む隊列の切れ目にそのせり出した崖の先端が崩れ落ちたらしい。

たまたまなのか狙ったのか。アビゲイルを連れ出すための脅しのつもりだったかもしれないが、あそこの人間は妙な特権意識があるせいだろうか、場当たり的な大ごとをためらいなく起こす。

それはロングハースト滞在中でも同じだった。

何せこの俺を鍬やら鎌やらで殺せるつもりだったのだから。軍隊を攻撃して無事に逃げ切れると思える能天気さが哀れなほどだ。まあ軍ではなく魔物にやられたわけだが。隊員たちはすぐには気づかなくとも、崖の上の密林で騒ぐ魔物たちに警戒していることだろう。

基地に寄った時、閣下へ伝令鳥を飛ばしブリアナたちの企みを知らせておいた。あの辺りのボスだという黒蛇猿が率いた魔物たちは、高いところに身を潜めていた人間を や(・) っ(・) つ(・) け(・) て(・) すぐ引き上げたとアビゲイルは言っていたけれど、痕跡は残っているはずだ。

勿論、魔物たちがすでに討伐しているとは伝えていないが、ブリアナたちの仕業である証拠を閣下はきっと持ち帰る。

ドミニク殿下にも当然黒蛇猿のことを除いて報告した。

「ロングハーストの長女がドリューウェットでしでかした際に使っていた魔物寄せの花は、あのブリアナの出身地である地図になかった村で常備してたんでしょうね。さきほど渡した元公国の資料にもそれをうかがわせる記述がありました」

「……村を隠してた理由はそれだよねぇ。カガミニセドリのこともある。いつでも反乱を起こせたってことじゃないか。えーちょっと何人処分することになるの……」

「それだけの武力が隠されていることを知っていたのは、それなりにいるでしょう。村ぐるみ領都ぐるみときてますから」

実際のところカガミニセドリは飼い慣らされてはいなかったし、あれは卵の状態で忍ばせる類いのもので、魔物寄せも一歩間違えれば自分が巻き込まれる。どこよりも豊かな土地で暮らせているのに、危険を冒してまで反乱を起こす理由もない。

けれど で(・) き(・) る(・) 状態にしていることそのものが重罪だ。

「殿下」

「わかってるわかってるわかってる。夫人に累は及ばせないってば。先輩どころかドリューウェットまで敵に回るじゃないか。さすがにそれはこっちも避けたい」

「ええ、妻がしていたのは農業を中心とした事務処理 だ(・) け(・) です。外部は勿論、血縁者とすら関わることがほとんどなかった。生まれてからずっとですからね」

「ことが大きすぎて、もうこれはこの先僕の手を離れることになると思う。でも約束するよ。夫人はもう一年以上前からノエル家の者だし、そう陛下にも上申する。もともと僕は可愛がられてるからねー。可愛がられてるからこそ豊穣の地をくれようとしたんだけどあれだったから……。まあそこは任せてもらって大丈夫」

父たちももう根回しに動き始めている。アビゲイルがロングハーストの縁者として俎上に載せられることはないだろう。

「ただ軍内部のことは僕の手には余る。でも先輩はどうとでもできるよね?」

軍に攻撃したのが縁者となれば、通常は処分を免れない。

実質的にどうであろうとも、アビゲイルがロングハースト伯爵令嬢であったことは事実だ。閣下も色々と手を回してはくれるに違いないから、表立ったものはないにしても何かしらのペナルティがあるのは予測できる。

「無論です。第一候補は今のところドリューウェットの港町オルタにある基地ですが、南の海も捨てがたいと」

「まさかの左遷狙い!?」

田舎のほうがアビゲイルは楽しいんじゃないかと思うんだよなぁ。