軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11 おしろのおはなだからしんじてたのに

「アビゲイル」

「はい」

空になった皿を見つめるアビゲイルを呼べば、金色の瞳が真っ直ぐに見返してくる。

「君の根も葉もない悪評は、こうして社交の場にある程度出てくるようになれば消えていくだろう」

「――はい」

この 溜(・) め(・) は、わかってないんだろうな……気にしてないから……。

「さっき聞こえていただろうが、俺自身も評判はあまりよくない。愛想もないしな」

「 血みどろ(ブラッディ) ってきこえました。汚れてなかったです。大丈夫です旦那様」

「あ、うん、俺は今まで気にしてなかったし今もそうではあるんだが、もう少し俺が社交に気を配っていればもっと話は早かっただろうと今にして思うわけだ」

「はなしがはやい……はなし……旦那様、それは妻として私なにをしたらいいですか」

「いや、俺がするべきことを話してるんだがな?」

「でも旦那様、義姉は旦那様と結婚するのイヤだと言ってました」

「お、おう」

「怖いってうわさだし、子爵だしって」

「望むところなんだが、何かむかつくな……」

まさか俺が侯爵家の者だと知らなかったのか?いやいくらなんでも……あの姉ならあり得るかと、伯爵家を含めた伯爵領の調査結果を思い出す。通り一遍のものではなく、内密に裏側まで調べるものだ。婚姻前にしておけともいえるが、俺は次男だし、嫡男の兄夫婦のところにももう長男がいて跡取りにはもう困らないわけで、侯爵家でもさほど綿密に調べたりはしなかった。どこもまあそんなものだろう。

ロングハーストの田舎の方では今でも子どもに言い聞かせる伝承があるらしい。

俺たちのような他領の貴族の耳には入らない程度の土着の民話だ。

森には行くな。何本もの手をもつ魔王に捕まる。

森には行くな。金の目をいくつももった魔王が見てる。

森の周りで火をたくな、森の周りでものを食べるなと、子どもへの戒めとして延々繰り返されるそれは魔王のおどろおどろしい姿の描写とともに語られる。

なぜなのかはわからないがロングハーストに湧く魔物には金瞳のものが多いことも、根強く語り継がれる要因だろうとは、報告者の見解だ。

伯爵の後妻は元平民だという。あの義姉は伯爵によく似ているのでその辺りは察せられるが、連れ子という名目で伯爵家に入るまでは市井で暮らしている。何にせよその伝承を聞いて育ったであろう者たちだ。伯爵自身にしても影響は受けているのだろう。

アビゲイルの目の色を忌む所業が、そこからきているのは想像に難くない。

そしてそれは他領でも通じる常識であり当然のことだと思っているから、夜会でもあんな振る舞いに出られるのだ。まあ通じないわけだが。

「だから私が旦那様と結婚できました。よかったです」

「――そうか」

なんか妙にずれてはいるんだが。

それはわかっているし、それもまたアビゲイルなんだが。

今空に浮かぶ月が降りてきたような、静かな光を湛える金色の瞳に囚われる心地がするというか、ああ、もう本当に、そういう話ではなくだな!?

「はい。旦那様が怖いのは仕方ないです。旦那様つよいので」

「――ははっ、ああ、俺は確かに強い」

こぼれる笑いを押さえるふりで、熱くなった顔を手で隠して視線を外す。

「はい、だから弱いのをうっかりやっつけちゃったらいけません。旦那様も放っておけとおっしゃいました。さっきみたいに知らんぷりがいいのです」

「そう、だな?」

――何か声音がいつもと違うように思えて、また目を合わせれば。

最初に目があったあの日と同じ、感情を覗かせない瞳が静かな湖面に浮かぶ月のように。

「だって、にんげんは一匹やっつけちゃうと千匹でやっつけにくるのです」

「んんんん?」

「旦那様つよいけど、千匹は無理です」

「お、おう。さすがにな」

アビゲイルは重々しく厳かに頷いた。

「旦那様、私このお肉の隣にあったいろんな色のが中に入ってる透明なのが」

「あー、あったあった、うん。取りに行くか」

「はい!」

意気揚々と立ち上がり広間の方を見つめるアビゲイルは、広間で計画していたどれからどのくらい食べるかの順番で頭はいっぱいなのだろう。

さきほどまでの超然としたといえばいいのか、それこそ人ならざるものを思わせる気配が消えている。

それはこの半年で何度か見られた 天恵(ギフト) が発露する瞬間によく感じられたもの。

庭で散歩をしているとき、一緒に食後の茶を飲んでいるとき、いってらっしゃいませと俺を見送るときと、前触れもなく唐突にアビゲイルは遠く彼方を見つめる。

そして、用水路が干上がる、鉄砲水が起こる、作物をなぎ倒すほどの風が吹く、と託宣のように告げるのだ。

ロングハーストで起きたのは、小規模ながらも 魔物の異常繁殖(スタンピード) といえるものだった。

積極的に人を狙って襲うわけではないが気の荒いことで定評のある 狂乱羊(マッドシープ) の大群がロングハーストの穀倉地帯を踏み荒らした。備蓄も追いつかず収穫は全く見込めずで伯爵は金策に走っていると聞く。

伯爵は一応アビゲイルの実父でもある。義母や義姉と違い直接的な虐待はしていないが、俺に言わせれば黙認していれば同罪だ。だがそれはアビゲイルが判断することだと、アビゲイルが望むのであればノエル子爵家として援助の手配はすると伝えれば、やはりよくわからないというかぴんとはこないようだった。

『 魔物の異常繁殖(スタンピード) に備えて、指示は書類に書き込んでおいたのです。

狂乱羊(マッドシープ) は自分が進む方角をさえぎられるのが嫌いです。だから出合い頭に喧嘩になります。でも進んでほしい方向に 狂乱羊(マッドシープ) の好きなカジュカの実や草をおいていけばそっちにいくので、開拓されてないとこにカジュカを植えるようにって書いておきました。カジュカ、三カ月で実がなるので。

その指示の通りにしなかったのならそれは伯爵がそういうお仕事したのです。私はもうノエル子爵夫人なのでロングハーストのお仕事はしないです。ごはんくれませんし』

まったくもってその通りだと援助はしないことにして、 狂乱羊(マッドシープ) がいかに融通がきかなくてちょっと視界にはいっただけで怒る頑固者なのかと 囀(さえず) るアビゲイルの心地よい声に耳を傾けることに集中した。

魔王だったというのは幼い心が産み出した防御壁や偏見を植え付けられた結果だと当初は思っていたけれど、最近はもしかしたらそういうこともあるのかもしれないと考えるようになった。これはタバサたちも同じだ。

多分俺よりずっとアビゲイルのほうが、下手な心配も配慮も必要ないほどに心根や在り方が強い。

それでもこう、抱きしめてそのまましまい込みたくなるコレはなんなのだろう。

もしもこの子が魔王でもそうでなくても、やっぱり俺の小鳥には変わらない。

広間に戻ってまっすぐテーブルに張り付いたアビゲイルが、珍しく不満げに顔を上げて俺に訴えてくる。

「旦那様、お城のお花なのに苦いです」

「――それ飾りだからな。いつの間に口にいれたんだ……ちょっといいからこっちにきて吐き出せ」

小さなからだを抱きこんでつくった陰で、ハンカチにこっそり吐き出させた。