軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10 うしってほっぺもおいしくてすごい

「旦那様!できました!」

夜会に向かうために部屋へ迎えに行くと、朝からタバサとこの日のためにドリューウェットから借りた侍女数人がかりで整えたアビゲイルが両手を広げて得意気にしていた。

屋敷に来てから半年の間に、傷んでいた赤毛もかさついていた肌も艶を取り戻し、血色のよい頬は抜けるような白い肌をひきたてている。まとめた髪は複雑に結いあげられ、小花を模したプラチナとサファイヤの髪飾りが揺れていた。

普段はしてるのかどうかよくわからない薄化粧だけれど、今日は整えられた眉も紅で縁どられた目の際も、ルビーにも負けない輝きの髪と力強くきらめく金色の瞳を自然に華やがせている。

鳥ガラでしかなかった鎖骨は、首から肩にかけての曲線で華奢さの中にもほんのりと色香さえ漂わせ。胸の下あたりでギャザーを寄せたドレスも、アビゲイルの細さを女性的な柔らかい印象に変えて……半年前の、しかも一瞬の記憶だけれど、確かにこんなに豊かではなかったはず……。

ふんと鼻を鳴らさんばかりに反らした胸をつい凝視してたらしく、踵をロドニーに蹴られた。

わかってるとも。妻を褒めることも、いい仕事をした使用人を褒めることも当主として当たり前の仕事だ。

「お、大きくなって……」

「はい!おおきくなりました!」

(ないわー……主それはない……)

ロドニーの声を抑えた叱責が後ろから飛んでくる。アビゲイル気にしてないけど駄目か。駄目だろうな。

「あー、髪も、縛ったんだな」

(ハーフアップ!ハーフアップです!)

「ハーフアップ、うん、いいんじゃないか邪魔にならなくて」

「はい!これごはん食べる時らくちんです」

「おう、ドレスも(エンパイア!エンパイア!)、あーなんだそのエンパイアドレスも楽そうで」

「いっぱいたべれます!」

「そうか。よかったな」

「はい!タバサが選んでくれたのです!」

囁き声でわめくロドニーのつま先を蹴り返した。いいだろ!アビゲイルは喜んでるんだから!

脇に控えて並ぶ侯爵家からの侍女たちにも声をかける。

「――ああ、君らもさすが侯爵家の侍女だな。いい仕事だ。うちの小鳥がまるで天の庭に棲む宵待鳥のようじゃないか」

「うちの 主(あるじ) どうしてそれを直接本人にいわないのかな……っ」

旦那様の倍は食べられるようになると豪語していただけあって、今では俺の半分ほどは食べられるようになった。本人はどうやら同じくらい食べているつもりのようだが、それは多分料理人が適量を用意してるために残さずにすんでいるからだろう。

タバサの【 お分かりですね(見張っていなさい) 】な視線の圧がすごい。わかってるわかってる。俺だってアビゲイルに腹痛を起こさせたくない。

なにせ体調を崩すとどこかの隅に隠れてしまう。衣裳部屋や浴室の隅で丸くなって震えてる小鳥を、誰が食べ過ぎだと叱ることができる。食べ過ぎないよう見張らずにいられるものか。

夜会にだって行きたくなくなってきた。この可愛らしい 小鳥(ピヨちゃん) は屋敷から出さない方がいいんじゃないか。

「――どいつもこいつもっ」

アビゲイルを夜会の広間からテラスへと連れ出して、ベンチに腰掛けさせる。

エスコートしている最中も、あいさつ回りの間も、不躾で欲を孕む濁った視線がアビゲイルに注がれる度に苛ついて仕方がなかった。まだ人目の少ないここまで来て、堪えていた罵りがつい口をつく。

俺自身も立てた武功への僻みもあって社交界での評判はよくないし、聞こえよがしの陰口なんかも慣れている。だが、アビゲイルへの根も葉もない虚言は予想以上に腹が立った。

「旦那様、このお肉はフォークで切れます」

「――ああ、牛のほほ肉だろう。俺も城で出るこれは好きだ」

「ほっぺ!」

アビゲイルは小皿に載った牛の煮込みを嬉しそうに飲み下すと、「ほっぺです」と小さく頷きながら一口分をフォークに刺して俺に食べろと勧める。

アビゲイルはとにかく人の悪意に鈍感だ。いや、気にしないだけか。使用人がアビゲイルを侮った態度をとってもまるで気にしない。そんな輩は暇を出したから最近は穏やかに過ごせているはずだが、ここにきてこれだ。

ロングハーストのことはこの半年の間に調べ尽くした。アビゲイルの悪評は、あの姉の所業をすり替えられたものでしかない。見境なく男をひっぱりこんで流れた噂を、アビゲイルのせいにしていやがった。

……目端の利く者は気がついていたようだから、俺の社交での無頓着ぶりというか無能っぷりも散々タバサに当てこすられた。言い返す気にもならないが。

「美味しいですか」

「ああ、美味いな」

口の中でほどける肉と一緒に苛つきもおさまっていく。

半年前はいつでも淡々として感情が出なかったアビゲイルが、いつの間にかほころびはじめる花みたいな小さな笑みを浮かべるようになった。それはいつもよく見ていないと気付かないような僅かな変化ではあるが、タバサをはじめ、屋敷の者は皆温かに見守っている。

それなりに高い地位にあるドリューウェット侯爵家の庇護があることと、次男とはいえ爵位持ちで夫である俺との関係の良さを周知させることはアビゲイルの社交界での立ち位置を確かなものにするだろう。

だからこそ体調を崩すこともなくなった今、夜会の参加を決めたわけだが。

「大丈夫か」

「まだ食べられます」

「お、おう。まだ後で食べてもいいからな」

「はい!」

「……」

ロングハーストのここ半年の動向を、アビゲイルにはざっとかいつまんで伝えてはある。聞いてるかどうかいまいちわからないくらいに反応が薄かった。

さっきのナディア嬢と俺のやり取りも気にしてないんだろう。肉しか見てなかったしな……。