軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

98 運命の人

「うわぁ~! すっごい音……! トーマスさん、大丈夫かなぁ……」

仕込みを終え営業を始めたはいいけど、突然バケツをひっくり返した様な雨が降り出した。

周りのお店も店を閉めているのか、人の気配が全くしない。

店内には雨の音だけが響いていた。

「こんな雨じゃ、さすがに誰も来ないかな……」

窓の外を覗き、オリビアさんの言った通りもう閉めようかなと思っていると、向こうの方からうっすらと走ってくる人影が見えた。

「……え、うそ……」

こんな大雨の中を走って来るなり、その人は店の屋根の下で雨宿りを始めた。

全身びしょ濡れどころの騒ぎじゃない。

髪をぶるぶると振り、雨を落としている様だけど、それじゃ水は落ちないよ……。

店の外で服を絞っているけど、そんな所ではいずれ風邪を引いてしまう……。

僕は意を決して、店の扉を開けた。

「あの……」

店が開いていると思わなかったのか、その人は体をビクッと揺らし、慌てて僕の方を見た。

うわぁ……、キレイな緑色……。

その人の見開いた目は、僕が梟さんに貰ったエメラルドの様に、澄んだ緑色をしていた。

「あ、すまない……! 邪魔だったか……?」

店の前で雨宿りをしているのが邪魔だと勘違いされたのか、その人はとても申し訳なさそうに眉を下げた。

「え!? いえいえ! 違います! 風邪引いちゃうから、よかったらお店の中に入りませんか……?」

僕がお店に入るように促すと、その人はまた驚いて、店の中が濡れるからと断られた。

掃除すればいいだけなので気にしないでください、と腕を引っ張って店の中に入れると、ポカンとした後に、我慢出来ないという様に笑い出した。

「きみ、結構強引なんだな?」

口元を手の甲で隠し、クックッと笑うその人は、まるで漫画の中に出てくるヒーローみたいな、王子様みたいな、不思議な雰囲気の人だった。

オリビアさんにタオルを貸してもいいか訊きに行くと、ユイトくんはお人好しねぇなんて言ってたけど、ついでにトーマスさんの服も持って行きなさいと仕舞っている場所を教えてくれた。

オリビアさんだって結構なお人好しだと、僕は思う。

「ふふ、さっきまでハルトちゃんがユウマちゃんを寝かしつけていたのよ? 可愛かったわ……! もうすっかりお兄ちゃんだもの」

ハルトとユウマは、二人でブランケットを被り、仲良くお昼寝していた。

ふふ、寝顔もとっても可愛い。

ふっくらとしたほっぺを触りたいけど今は我慢。

トーマスさんの服を取り出すと、オリビアさんに小声でお礼を言い、二人を起こさない様にそ~っと扉を閉めた。

*****

「タオル、これ使ってください。あとこの服も使っていいって言ってました!」

「ありがとう……! 助かるよ!」

そう言っておもむろに服を脱ぎだしたこの人は、名前をアレクさんと言った。

この人も冒険者なのかな? 筋肉が凄い……!

「……、そんなに見られると、流石に照れるんだけど……」

「えっ!? うわっ! ごめんなさい! 筋肉凄いなと思って……!」

ジッと見過ぎてしまったみたいで、思わず目を背けてしまう。

うわぁ~……、恥ずかしい……!

いや、恥ずかしいのはアレクさんか……!

背中を向けて焦っていると、またアレクさんの笑い声が聞こえてきた。

「冗談だよ! ごめんごめん!」

「……! ひどいです……! 揶揄ったんですね……!」

僕が拗ねた様に言うと、今度はアレクさんが慌てだした。

仕返しのつもりで冗談です! と言うと、目を丸くしていたので思わず二人で笑ってしまった。

「へぇ~! じゃあやっぱり、アレクさんは冒険者なんですか!」

お腹が空いたと言うアレクさんに、体が温まる様にトマトソースで煮込んだハンバーグと、サラダとスープのセットを作ると、凄い勢いで食べ始めた。

よっぽどお腹が空いていたらしい。

「んぐ……、やっぱり?」

ほっぺをパンパンに膨らませてハンバーグを頬張るアレクさんは、なんだかハムスターみたいだ。

「だって、筋肉凄いし……」

「ハハ! ごめんって! そうだよ、今日は依頼が終わったから、もう我慢出来なくて食べれるところを探してたんだ」

「そんなにお腹空いてたんですか?」

「だってさ、王都からずっと護衛しながら干し肉とか黒パンとかばっかり飽きるって!」

「王都? アレクさん王都から来たんですか?」

「そうだよ。どうかした?」

「いえ、僕が一緒に暮らしている人も冒険者なんですけど……。王都から来る人たちの護衛のお仕事で朝から出掛けたので、もしかしたら~って……」

「……あっ!」

そう言うと、アレクさんはパンを持ったまま黙ってしまった。

どうしたんだろう?

「ここって、もしかして……。オリビアさんのお店だったり……、する?」

「え? そうです。今日は具合が悪くて寝てますが……」

ん? アレクさんって、トーマスさんとオリビアさんの知り合いだったのかな?

「そっかぁ~……」

「どうしたんですか?」

「いや……。腹が減りすぎて、トーマスさんに挨拶してないんだよな……、オレ……」

「え?」

「もう頭の中が、早く飯を食べたい! っていうので、いっぱいで……」

……やっぱ、怒られるかな……?

不安そうに僕を見つめるアレクさんが可愛くて、思わず笑ってしまった。

それが不服だったのか、今度はアレクさんが拗ねている。

結構、子供っぽい人なのかもしれない。

「ふふ……! アレクさんって、可愛いですね……! お腹が空いて……、ふふっ!」

笑いすぎて思わず涙が出てしまう。

それを手で拭っていると、アレクさんは僕の顔を見つめて呆けていた。

「……? アレクさん? どうしましたか?」

あ、あんまり笑うから怒っちゃったかな……? どうしよう……。

「いや、なんでもない……」

「あ、トーマスさんならきっと大丈夫ですよ! とっても優しいので安心してください!」

不安だったら、僕も一緒に謝りましょうか?

そう言うと、今度は目を丸くして笑い出してしまった。

それも面白いかも、なんてお腹を抱えて笑っている。

まぁ、冒険者のアレクさんが、僕みたいな子供に付き添われてしょんぼりしてるのもおかしいか。

……アレクさんが楽しそうだし、まぁいっか。

*****

「何ですか? コレ……」

僕が戸惑いながら言うと、アレクさんは今日のお礼だと言って、自分にかけていたネックレスを僕にくれた。

「受け取れないですよ、こんなに綺麗なもの………」

アレクさんが僕に手渡したのは、シルバーリングを通したネックレス。

冒険者になった頃から着けてる、幸運のお守りなんだって。

戸惑っていると、アレクさんは僕の手からネックレスを取り、後ろに回って僕の首にかけだした。

「え、ちょっとアレクさん! 大事なものなんでしょう?」

「……ユイトに持ってて欲しいんだ。……ダメか?」

そんな、子犬みたいに見つめられても……。

「ん~……。やっぱり返してって言っても、返さないかもしれませんよ?」

それでもいいんですか? と聞き返すと、アレクさんはパッと目を見開いて、嬉しそうに笑みを浮かべた。

気付くと、さっきまで降っていたどしゃ降りの雨は小雨に変わり、これなら帰れるな、とアレクさんは店の扉を開けた。

「オレ、すぐにこの服返しに来るから。ユイト、また会える?」

不安そうに問いかけるアレクさんは、なんだか僕より年下の子供みたいに見えた。

「はい。また会えるの、楽しみにしてますね!」

僕がそう答えると、パッと笑顔になり、オレもだ! と言って駆けて行ってしまった。

なんだか嵐みたいな人だったなぁ……。

僕はリングに嵌っている緑色の石を見て、アレクさんの瞳の色とおんなじだな、とぼんやり眺めていた。