軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第16話 謎の三人

潮の気配が、ふと変わったように感じられた。

風は変わらぬはずなのに、どこか乾いた重みを帯びて、浜の静けさにわずかな歪みを落とす。

貴丸が細めた視線の先、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる三つの影があった。

先頭を行くのは、ひときわ大柄な老人である。

僧形の衣をまといながら、その右腕は肘から先がなく、空の袖が風に揺れていた。

顔には深い皺が刻まれているが、その眼は衰えを知らぬ鋭さを宿している。背筋は不思議と伸び、ただの老僧とは思えぬ圧があった。

その後ろに、これといって特徴のない男が続く。背丈も顔立ちも凡庸で、どこにでもいそうな浪人風だが、視線だけが油断なく周囲をなぞっていた。

最後にもう一人、年若い僧がいる。衣はよく整えられ、所作にも無駄がなく、育ちの良さを隠そうともしていない。

だが、その眼差しにはどこか冷めた観察者の色があった。

老僧はまっすぐ貴丸たちの前で足を止めた。

波の音だけが、間を埋める。

やがて、片腕の老人が口を開いた。

「その魚を、少し分けてはくれんか。腹が減っておってな……久方ぶりに、この請戸の魚を口にしたいのだ」

低く、よく通る声だった。

希丸が何か言いかけて、半歩前に出る。だが、その体の前に、すっと貴丸の手がかかった。

「待て」

短く、それだけ告げる。

敦丸はすでに希丸の袖を掴み、半ば背に隠れるようにしている。知らぬ者に対する怯えが、そのまま体に出ていた。

貴丸はゆっくりと上体を起こし、地面に片肘をついたまま、老人を見上げた。

「おっさん」

気負いのない声である。

「これはな、俺たちが半日かけて釣った魚だ。ただでやるわけにはいかない」

わずかに間を置き、肩をすくめる。

「家に帰れば、腹を空かせた両親と兄弟十人が待ってるんでな」(※嘘)

その言葉に、老人の眉がぴくりと動き――次の瞬間、腹の底から笑い声が響いた。

「お前は面白い小僧だな。先ほどから見ておったが、ずっと寝ておっただけではないか。がはははっ」

潮風に揺れる袖の先――失われた腕の空白が、かえってその存在の重みを際立たせていたが、当の本人は気にも留めぬ様子である。

それに対して貴丸は、地面に肘をついた姿勢から、のそりと身を起こして胡座をかく。

まるで急ぐ理由など最初から無いかのような動きだった。そして、いささかも臆することなく言い返す。

「俺は考える役だ。それを実行するのが、こいつらだ」

気だるげに指を動かし、隣の二人を示す。

「桃園の誓いなんてやってないが、俺が劉備なら――この小さいのが関羽で、そっちのちょっと大きいのが張飛だな」

そこで、少しだけ考える素振りを見せてから、ふと思いついたように口を開く。

「我ら三人、生まれし日、時は違えども、血を分かちし兄弟の契りを結びしからは、心を同じくしてただ俺を助け、俺が困窮せし時は必ずや救わん。上は俺を敬い思いやり、下は俺の心を安んずることを誓え。同年同月同日に生まれることを得ずとも、同年同月同日にお前たちは死して、俺を助け抜かんことを願わん、なんてな。ははっ」

さらりと言い切った。

一瞬の静寂。

次の瞬間、片腕の老人が呆れたように息を吐いた。

「……なんと勝手な桃園の誓いだわい」

呆れ半分、可笑しさ半分といった声音である。

敦丸は自分を指されたことに気づき、きょとんと首を傾げる。

何を言われているのか分かっていない。ただ、名の響きにわずかな重みだけは感じたのか、不安そうに希丸を見る。

一方の希丸は、内容こそ理解していないが、「張飛」という名がなんとなく強さそうだと感じ取り、胸を張ってみせた。

その様子を横目に、貴丸はさらに言葉を継ぐ。

「そもそもだな、劉備玄徳が先陣切って敵を倒しに行ってたら、あっという間に負けてるだろ」

鼻で笑う。

「上に立つやつは、前に出て斬り合う役じゃない。後ろで考えて、動かす役だ」

ちらりと二人を見る。

「だから俺は指示を出すだけでいい。あとはこいつらが勝手にやる」

言い切って、再び力を抜くように肩を落とした。

その気の抜けた姿とは裏腹に、言葉だけは妙に理にかなっていた。

「まあ、俺は劉備より――劉禅の方がいいけどな」

その一言に、後ろに控えていた若い僧が、わずかに興味を示して口を開いた。

「劉禅……それは、三国志における劉備玄徳の子のことですかな?」

貴丸は軽く頷く。

「そうそう、それそれ。そいつだよ」

そして、どこか楽しげに、しかし遠慮なく言い放つ。

「四十年も安穏と玉座に座って、60年以上生きて、国が滅びたあとで“此間楽不思蜀”なんて言えるんだ。さぞ気楽な人生だったんだろうな。俺もそんなお気楽な人生を送ってみたい」

風が一瞬、静まったように感じられる。

若い僧は、口元にわずかな苦笑を浮かべて、内心で評する。

(どこかの武家の子ではあろうが……だが、この考えではいかん。志が低すぎる。これでは、とても――大人になっても使い物になどならぬぞ)

そのまま、半ば独り言のように、ぽつりと呟いた。

「……楽しくして蜀を思わず、か」

それは、かつて蜀の滅亡後、魏の権力者であった司馬昭が劉禅の様子を見て漏らしたとされる言である。

その言葉が落ちた瞬間、貴丸の目がわずかに細まった。

「――ああ、司馬昭のことだ」

さらりと名を出す。

僧の視線がわずかに揺れた。

貴丸は構わず続ける。

「あれが…皇帝を廃して殺し、結局は自分は帝位に就かず、最後は息子に持っていかれたやつでな」

言葉は軽いが、指しているところは正確だった。曹魏の皇帝を廃したのは司馬昭であり、実際に帝位に就いたのはその子、司馬炎である。

「しかも、皇帝を殺した配下の連中を、都合よく切り捨ててるしな。ああいうのを”蜥蜴の尻尾切り”と言うんだろうな」

わずかに肩をすくめる。

「後から見れば、あれも阿斗と同じで笑われる立場だろ」

そして、淡々と結論を置いた。

「それなら、一度でも皇帝だった劉禅の方がまだましじゃないか? どう転んでも、最後に気楽に生きてたのはあいつだろうしな」

言葉は穏やかで、声も大きくはない。だが、その論は逃げ場なく筋が通っていた。

僧は口を開きかけ――閉じた。

反論が出てこない。

沈黙が、わずかに長く落ちた。