軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05 嵐の前のかたならし

「おはようございます、リリス様」

「おはようございます、アデル様」

マルグレーヴ侯爵夫妻がお見えになった三日後は、以前アデル=ベルサン女史とお約束していた、剣の手合わせの日だった。

「まずはイオルムの詰問からがよろしいですよね。あちらに待たせておりますので早く片付けましょう」

メルシエ家の騎士や私兵、警備員のための訓練場。その傍らの観覧用のテーブル席にいたのは、頬を膨らませむくれたイオルムと、カチカチに固まったディアマンタ。

そう、イオルムが勝手に魔道具を創ってしまった件について、アデル様の聴き取りが必要だったのだ。

「……殿下」

アデル様がイオルムを呼ぶと、イオルムはむくれたまま視線だけをこちらに向けた。

「……だって、あの時がベストだったんだ」

「べ、ベルサンさんごめんね。軽いノリでイオルム殿下が仰ったので、わたしも勢いで突き進んでしまったの……」

ディアマンタがおろおろとしながらイオルムを擁護する。ディアマンタを見ると、アデル様はふっと微笑んだ。

「わかっていますよ、ディアマンタ様。前の魔道具も壊れてしまいましたし、確かに新しいものが必要でした。今回私が尋ねているのは、なぜそれを完成後にすぐ報告してくださらなかったのかということですよ、イオルム殿下」

「……だって」

「あなたなら紙鳥のひとつやふたつすぐに飛ばせたでしょう」

「だって、みんな喜んでくれたから、余韻を味わいたくて」

「……殿下、ここはウルフェルグ王国ではございません。何かあった時に一番困るのは……リリス様です。国際問題にもなりかねません」

はっ、とイオルムが顔を上げる。

「そうだね! ごめん、気をつける。……リリスにこういう迷惑をかけたらダメなんだ」

ぶつぶつと小声でつぶやくイオルムを見て、アデル様とふたり顔を見合わせ、肩をすくめた。

「次はお願いしますよ殿下。

リリス様、今後は『作った』と一言でも構いませんので、報告を飛ばすよう促していただけると助かります」

「かしこまりました。アデル様ごめんなさい。そうよね、ここはウルフェルグではないんだものね」

「ご理解いただけて助かります。お二人とも、よろしくお願いいたします」

そう言うと、アデル様はできていた眉間のしわを緩めてウインクしてみせた。

本当に、女性なのに女性におモテになるのはそういうところよアデル様。

「ではリリス様。始めましょうか」

なぜこの場にディアマンタがいるのか。それはシルヴァロンを二人が訪れた際、指輪に格納された剣が出てくるところを見たいとディアマンタが頼んでいたからだった。

シルヴァロンでは実際に剣を出すところを見ることは叶わず、かつディアマンタは入院していたため、なかなかタイミングが合わずに今日になったというわけである。今日はわたくしもアデル様も、訓練用の服を着ていた。

「お願いします、アデル様。……お待たせ、ミドガル」

ミドガルに声をかけると、開いた右手の指からシュルリと抜け出し、細身の長剣に形を変える。

久しぶりの出番、しかも強い相手と戦えるとあって、やる気に満ち溢れている。

「リリス様に大変お似合いの剣ですね」

「当然だ、僕が作ったんだもの」

得意そうにイオルムが胸を張る。

「さすがですね殿下。では私も。出でよ、ソル」

格納されていた赤く輝く長剣が指輪の魔石から飛び出し、アデル様に対し平行に浮かんだ。右手で柄をつかむと、一瞬強く光り、すぐに落ち着く。

アデル様の手に握られていたのは、一切の飾り気を持たない、戦士の剣だった。

「……長く使い込まれた、美しい剣ね」

「お褒めに与り光栄です」

「……あれ?でも、ベルサンさんってシルヴァロンでは剣の用意を頼んでなかった?」

ディアマンタの目線が当時を思い出そうと左上に動いた。

「はい。あの時はちょうどメンテナンスのために預けていたものですから。人間であれば素手で制圧できるのですが、さすがに魔獣は想定していませんでしたので、剣の調達をお願いしました」

「素手で……」

「今度、ディアマンタ様にもお教えしますね。シンプルでダメージが大きいものを」

アデル様の微笑み、怖いのよね……わたくしたちがそう思うのも不思議な話なのだけれど。

ミドガルかっこいいー

へびのときしかみてないからしんせーん

ソルってこもいけてるー

しぶいねー

いけおじ?みたいー

「イケオジ……」

「ディアマンタ様、イケオジ、ですか?」

思わず精霊の言葉を口にしたディアマンタに対し、アデル様が尋ねる。

「精霊たちがアデル様の剣、ソルを渋くてイケオジみたいだ……あ、イケオジっていうのはイケてるおじ様のことで、大衆小説で使われ始めたけど、もう学校ではみんな普通に使ってるかな……」

「ふふ、イケオジですか。あながち間違っていませんね。ソルは私の祖父、先代のアルノワ辺境伯が使っていた剣です」

「お祖父様……って、え!? 武家の出身、って前に聞いたけど辺境伯家なの!!?」

ディアマンタが驚きの声を上げる。

「はい。現在の辺境伯は私の父です」

「そうだったのね。ベルサンさんはシルヴァロンで大活躍だったって伯父から聞いたわ」

「他にも冒険者や猟師の方がいらっしゃいましたから、それほどでもないと思いますよ?」

……ああ、アデル様、それは間違いなく無双したのだと思うわ……。

「ディアマンタ、そろそろいいかしら?」

「あ!ごめんなさいリリス様。どうぞ始めてください」

「ふふ、詳しいお話はこの後のティータイムにゆっくりしましょうね」

いけーミドガルー

がんばれリリスー

イケオジふぁいとー

軽く身体を伸ばすと、小さくジャンプして力みと雑念を振り落とす。

目を閉じ肩を上げて首をぐるっと回し、目を開いて正面のアデル様を見据えた。

「それでは、胸をお借りして、わたくしからいかせていただきますね、アデル様」

「……まずは軽くにしましょうね、リリス様」

思っていた以上に気合いが入っていたようだ、アデル様の言葉に顔が赤くなる。

「ふふ、わたくしったら……思っていた以上に楽しみにしていたようですの」

「それは私も同じですよ、リリス様。このような広い場所で誰かと撃ち合うことも久しぶりですので、血が騒いでいます」

お互いに相棒を構える。

ザリ……と靴底が地面を踏みしめると、ミドガルが高くリィン……と鳴いた。

いざ。

軽く右足から踏み込むと、一気に距離を詰める。腕を狙ってミドガルを振ると、アデル様はミドガルを軽く 愛剣(ソル) でいなしながら、無駄のない動きで片足を軸にくるりと後ろへターンしてみせた。

アデル様と視線が交わる。アデル様は歯を見せてにやりと笑っていた。

おそらくわたくしも同じような表情をしているだろう。

「……わあ」

ディアマンタの感嘆が鼓膜を揺らす。

すごーい

いけいけー

かっこいいー

さらに踏み込み、回転を加えながら連撃していく。受け流し続けていたアデル様が、勢いに押されてわずかに後退したところに、四撃目で突きを仕掛けた。

そこでアデル様が大きく下剣を振り下ろし、突きを払ったかと思うと、再び剣を高く構え振り下ろして来る。

「!?」

とっさにミドガルを構えて一撃を防ぎ撃ち合うも、アデル様の力のほうが強かった。身体が後ろに吹き飛ばされる。

「リリス様!」

ディアマンタの叫び声が聞こえる。

空中で体勢を整えると、両足着地のタイミングでしゃがみ込んで左足を後ろに一歩引き、衝撃を相殺した。

「……ふう……」

立ち上がり額の汗を拭う。怪我した場合はイオルムが治してくれるという大前提があるとはいえ、やはり真剣勝負は緊張感が違う。

「お強いですね、リリス様」

「ふふ、アデル様にそう言っていただけるなんて光栄ですわ」

「それでは、次は私から」

そう言った瞬間、アデル様の表情がすっと凪いだ。

「……っ」

本気の気配に身体が総毛立つ。

しばらく睨み合う状況が続いた後、一瞬アデル様の剣先が動いた。

チャンスだと思った次の瞬間、アデル様が間合いを詰め、目の前に。

「はあっ!」

振り下ろされた剣を避けながら、足元をミドガルで払うように見せかける。

「っ!」

アデル様がバランスを崩したその隙に、ターンしてミドガルをアデル様の顔先に突きつけようとしたその時。

「はい、ストップ」

いつの間にかわたくしとアデル様の間にイオルムが入り、わたくしたちの剣を魔法で封じていた。

「!?」

「ふふ、邪魔しちゃってごめんね?……でも、二人とも夢中になりすぎだよ?ディアマンタちゃんが引いてる」

イオルムの言葉を聞き、アデル様と二人でディアマンタの方を見ると、ディアマンタは顔を真っ青にして泣きそうな表情を浮かべ、その周りをあわあわと精霊たちが飛び回っていた。