軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05 アリの地獄は天国か

「イオルム殿下、魔道具や医学のことばかりかと思っていましたが、きちんと政務も学んでいらっしゃるのですね」

邸に戻りながら、叔母がイオルムに話しかけた。

「んー、政務はあんまり学んでない。リント……兄の邪魔をしちゃいけないからね。僕がこんなに適当なのに、こんな僕を担ぎ上げようとする奴らがいるんだから困っちゃうよ」

僕は施政には向いてない、とイオルムが断言する。これは、これまで何回も、何十回も何百回もイオルムが発言してきていることだ。

それにもかかわらず勝手に第二王子派を名乗る派閥が存在する。そのうち全てが跡形もなく消されてしまうのではないかと気掛かりだ。

イオルムも苛烈だが、皇太子であるリント殿下も穏やかに見えてやる時は過剰になりがちな方だから。

「しかしまあ、めんどくさいなぁ」

「イオルム殿下」

「はぁい、もちろんわかってるよ。僕のこのちゃらんぽらんなイメージだけが走ると後々やり辛くなるからね。マルグレーヴ侯爵の後ろ盾があるってハッキリ示されることは重要」

「……わかっていらっしゃるなら結構です」

はあ、と叔母がため息をついた。

「私も同席したいところだけど、あまり 保(・) 護(・) 者(・) の人数が多いのも良くないわ。マリエルたちなら問題ないとは思うけれど……」

「大丈夫よ叔母様、心配なさらないで」

「でもわかるよぉ、心配だよねぇ」

「イオルム」

扇子でぺちんと叩くと、嬉しそうに笑う。

「叔母様、わたくしが過去に毒を盛られて昏睡していた話はご存知ですか」

「……もちろん、聞いているわ。その後数年間、殿下が逃げ回っていらしたことも」

「え、僕、逃げ回ったなんてことになってるの?」

「 ウルフェルグ国王(フォルス) からはそのように聞いています」

「あながち間違いではないと思うけれど……」

「リリまでそんなこと言うの!? 僕だって大変だったんだからね!?」

「ふふ、わかっているわよ、イオルム。

叔母様、わたくしその『仲直り』……結果的に仲直りになりましたけれど、その時イオルムを殺そうと思いましたの」

「まあ、穏やかではない話ね」

「剣と魔力でぶつかり合って、わたくしが回し蹴りをくらわせてようやくイオルムが観念したのですわ」

「まあ!! ちょっとその話、詳しく聞きたいわ」

叔母が目を輝かせる。

「ええ、もちろん。ただその後、イオルムの言い分も聞いてやってくださいな。イオルムもイオルムで、深く傷ついたのですから」

「……まあ、告白するまでに随分とボロボロになられたのですね、イオルム殿下」

「あはは、そう、心身ともにボロッボロでさ。なのにウジウジして。今思うとあの時の僕はへたれの世界大会で優勝できた。その自信がある」

ティーカップを置くと、イオルムが叔母の顔をしっかりと見た。

「そういうわけで、僕は 人(・) 間(・) じ(・) ゃ(・) な(・) い(・) んだ。人間としての枠からはすっかり外れてしまったから。この蛇眼もそうだし、なるべく見せないようにしてるけど舌なんかの形も変わった」

「……まあ」

「でもメルシエのみんなといるとつい気が緩んじゃって出てることがあるみたい。もし夫人も見かけたら、こっそり教えてくれると助かるなぁ。

あ、あと夫人にはもうひとつ。メルシエ家でみんなが精霊の姿を見ることができるのは僕の魔力量のせいだと説明したけれど、あれは正しくない。正確には僕が精霊魔法を使えるから、だ」

叔母がティーカップを手にしたまま、完全に固まった。

「そ、それは、私に話しても良いことなのですか、殿下」

「少なくともこの国では精霊信仰は地域的なもので、一般的じゃないんでしょ? ウルフェルグの方がまだ信仰は広まっているけどさ。大々的に触れて回ることじゃない」

「ではなぜ私に?」

「共犯だから」

その言葉に、わたくしも思わずイオルムを見る。

「あなたたち『セスの女』の復讐、僕は共犯者だ。だから手の内を明かした。……ふふ、それじゃだめ?」

しばしの沈黙の後、叔母は長いため息をついてカップをソーサーに置いた。

「……お見それいたしましたわ、イオルム殿下。そして安心いたしました。あなたにならばリリスは任せられると」

「あはは、それなら良かった。

僕の命はリリスのためにある。リリスのためならどんなことも厭わない。リリスには、僕以外の何人たりとも傷はつけさせないよ」

「……僕以外、の一言で台無しよイオルム……」

「だってそこはちゃんと申告しておかないとねー!」

あははと能天気に笑った後、イオルムは叔母の顔を見た。

「僕は、必要に応じて情報を伏せることはあっても、偽りはしない 。これはディオン殿にも言える。なんて言ったって世界に一人しかいない獲物仲間だからね!」

「獲物仲間……」

叔母様、お気持ちお察ししますわ。

「国から国へと流れているお二人だ、困った時には力になる。だから……と言うわけではないけれど、生の情報には僕よりもあなた方の方が精通しているよね。何か気になることがあれば教えて欲しいんだ。

芽吹いた種がどう育つか、蝶の羽ばたきがどんな風を起こすか――お二人はいつも、それを見極めているはずだからね」

イオルムの言葉を聞いて、叔母は静かに立ち上がり、イオルムに対しひときわ丁寧な礼を捧げた。

「ありがとうございます、イオルム殿下」

「ディオン殿には僕から話すから。セスの女につけられちゃった 所有印(しるし) の話もしたいからねー。ふふ、場所も場所だし結構痛いんだよ?あれ」

「は……?」

「……イオルム、だから、台無し」

「イオ、叔母様にあそこまで話してしまってよかったの?」

布団の中で、今日の余韻に浸りながらイオルムに尋ねた。

昨日は肉体労働、今日は頭脳労働。疲れはあるけれど、どこか心地よい。

「シャルロット夫人は知る権利があると思うし、セス家の中でリリの唯一の味方だからね。これからきっと、話すこともどんどん深くなるし、元々敵ではないにしろ、こちらに引きずり込む必要があるでしょ? あと、僕がリリといっつもべたべた仲良くするための大義名分」

イオルムがわたくしの髪を撫でる。

「全然大義名分になっていませんわ」

「ええっ、そうかな? あの夫人の礼はすごく心のこもったものだったよ?」

「それとこれとは別。叔母様もそう言うでしょうね」

「確かに! でもあの人もセスの女なんだなぁって話してるとほんと思うね。だから話したくなったのかも。僕の全部を撃ち抜いた君の家族だから」

「ふふ。イオも人じゃないなんてあっさり教えてしまって。叔母様たちを巻き込む、悪い人ね」

「悪くないよぅ、リリのために全力なだけ!」

「……ねえ、イオ、明日は?」

「授業は朝からだけど、記録妨害用の魔道具を持ってきてもらうことになってるから改造もあるし一限は休むよ。記者を撒いて転移で学校行っても良いけど、どうしよっかな」

「ミックが嘆くわよ」

「嘆くかなぁ」

「でも、朝は少しのんびりできるのね?」

「うん」

「じゃあもう少し、 お(・) 話(・) しましょ?」

「……たくさん、したでしょ?」

「叔母様にお話してくれたこと、すごく嬉しかったから、まだあなたと話し足りないの」