軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

01 猿の数え方

……このこ おきないなー

うん おきないねー

やっぱりやられちやったのかなー

でもなおしてくれてたよー?

じゃあ おこしてみる?

おこしてみようかー

おきてー!!!

「……え?」

目を開ける。

白い天井、白い壁。

開け放たれた窓と風にたなびくレースのカーテン。

ガタン、と何かが倒れる音がした。

「ディディ!!?」

視界に飛び込んできたのは、大切で大好きな。

「おかあ、さま」

「ディディ!! 誰か、お医者様を呼んで! 早く!!」

わたしは草むらの中で倒れていたところを発見されたらしい。

周りには、真っ黒に焼け焦げた大量の魔獣の死体が転がっていたという。

「ディアマンタ様、私の指は何本に見えますか」

「三本です」

「ではこの方は」

「母です。ノエミ=メルシエ」

「この果物は」

「オレンジです」

「私が言ったことを復唱してください。七人の猿が静かに芝を刈る」

「しちにんのさるがしずかにしばをかる。……猿の数え方は「 人(にん) 」じゃなくて「 匹(ひき) 」ですよね?」

「……大丈夫そうですね」

医師がなぜか残念そうに母を見る。

「そうですね。指摘する時のキレの良さもいつも通りなので」

はぁ、と母がため息をついた。

簡単な検査をした後、病室にベルサンさんが入って来た。

「ディアマンタ様!!」

「ベルサンさん! 無事で良かった!」

「それはこちらのセリフです……本当に、ご無事でよかった……」

「心配をかけてごめんなさい。何日くらい寝てたのかしら」

「半日ほどです」

「えっ!? 半日!?」

驚いたわたしに対して、不思議そうにベルサンさんが答える。

「……はい、半日ですよ?」

「すごい音がして、パァンって耳が弾けた感じがして。目を閉じてたんだけどものすごく眩しくてジュワッと熱くなって。

……それに何かにぶつかって身体が吹っ飛んだから、てっきり生死を彷徨うような大怪我をしたもんだと思ってたんだけど」

逃げようとして足も挫いたし……と言いかけて、何かおかしいと周りを見ると、みんなギョッとした顔をしていた。

「ディアマンタ様、それ、本当ですか」

……簡単に終わった検査がやり直しの精密検査になっちゃった……。

精密検査、異常なし。

当時の状況をいろんな人に何度も説明する。

終いにはより精密に検査しようと公都のファルマヴィータが経営する病院に転院までした。

医療用転移装置、全く揺れない。転移を感じさせない性能の高さに感動したのはここだけの話。

「……記憶の混濁もなさそうですね……」

「しかし話の内容と発見時の状況を見ると……」

ヒソヒソと医師たちが話をしている。

何よ、ファルマは中和剤を持って来てくれなかったくせに。

なんて都合のいい人たち! さっさと退院したいわ!!

「ディアマンタ、調子はどうだい」

父と伯父が病室に来てくれる。

「なんの異常もありません! 公都に戻ってきたんだし、早く家に帰りたい! 学校にも行きたい! お店にも出たい! 毎日毎日同じことを説明させられて、検査機器も外れないし……」

「元気そうだな」

父が苦笑いした。

「そのようだ」

伯父もそれに応じる。

「シルヴァロンがどうなっているか、説明しようか」

「ありがとう伯父様! 気になっていたの」

まず、街は結界と地元の猟師や冒険者、そして給仕の服を着て長剣を振り回す勇ましい女性の活躍によって被害はなかったそうだ。

「勇ましい女性」

「私も見ていたがすごかったよ。大公妃閣下の護衛にスカウトされるのも納得だ」

「見たかったわ、ベルサンさんの勇姿」

迎賓館はほぼ全壊。約半数が亡くなったという。

「助かった連中も皆大怪我だ。若い者も多かっただろう? 跡継ぎ問題が出て大混乱に陥っている家が出てきている」

「……そうですか」

「もう少し間引いても良かったんだがな」

伯父が鼻で笑った。

「予想通り、違法ではないとはいえ薬物パーティーだ。公式発表は魔獣の異常発生を発端とするスタンピードになっている」

「そういえばシルヴァロン子爵はどうなりましたか? 結局わたし、顔も知らないままなんですが」

「死んだよ」

父が教えてくれる。

「損傷が激しかったが、直接の原因はミツノイノシシとの正面衝突らしい。遺体に三つの角の跡がくっきりあった」

「ドラ息子がうちのスタッフに絡んでました」

「ああ、転移用のブローチをふんだくったやつだろう?ちゃんと転移されて、今取り調べを受けているよ。やはり警備は名前だけで、実際にはしっかりちゃっかりモクモクやってたらしい」

「……そうですか」

「バハラとの関係もかなり厳しく聞いているが、よくわからないと供述しているようだ。ただ、使うことでよりキマる添加剤があるという話は聞いていた」

「それがメンブですね」

「ああ」

「バハラの連中はだんまりだそうだ。ただ正直、自白魔術を使うかは微妙なところだ。しがらみが多いらしい。

スタッフは全員無事だよ。中毒や依存の症状が出た人もいなかった」

「お前が転移ブローチを握らせた女性も、昨日から研修に復帰したそうだ」

「良かった……」

「というわけで一番良くない状況だったのがディアマンタ、君のはずなんだが」

「本当に何もないのかい?」

「はい。この通りピンピンと」

「……森の中で見えない気配を感じたと言っていたな」

「ええ。たぶん精霊だったんだと思います」

たぶんじゃないよ!!

「? 何か言いました?」

「いや、何も。……精霊の加護というか、精霊が奇跡やいたずらを起こすことがあるとシルヴァロンでは言われてるんだ。だからディアマンタが無傷だったことも精霊が護ってくれた可能性がある」

「……なるほど?」

「しかし、マッシモやシルヴァロンの人たちに聞いてみたんだが、魔獣に襲われた状況下、精霊の加護を受けて無傷で帰ったなんて話は過去にないんだよ」

「こういうことは誰に聞けばわかるものなのかしら……」

ぽつりと呟くと、伯父と父が考え込んだ。

「魔道具に何か残っていないかな」

「魔道具に記録していた情報は全て焼き切れてしまっていただろう」

「……先日ユジヌにいらしたあのお方なら、解析できるかもしれないぞ」

……あのお方?

二日後、父と共に現れたのは、真っ青な髪と金色の目をした男性だった。

「はじめましてディアマンタちゃん。僕はイオルム=ウルフェルグ。よろしくね」

イオルム=ウルフェルグ……ウルフェルグってことは。

「留学されていると噂の、ウルフェルグ王国第二王子殿下、ですか?」

その問いに、やんごとなきお方はにっこりと笑って応えてくださった。

「このような姿でお目にかかる無礼をお許しください」

ベッドの上から頭を下げると、良いの良いの、と返される。

「僕は礼儀とかそこまで気にしないから。それにメルシエ家には縁があるんだ。硬くならなくていいよ」

「縁、ですか」

「そう。今日は連れてきてないんだけどね、僕の妃はシャルロット夫人の姪っ子なんだ」

「まあ!そうなんですね!」

パチリと手を合わせる。シャルロット伯母様は父の長兄であるディオン伯父様の奥様だ。

「うん、だから今度シャルロット夫人がいる時に一緒に挨拶に行くよ」

「ぜひ、お待ちしています」

ニコニコと人当たりの良さそうな方だ。このイオルム殿下が、魔道具の解析を?

「魔道具の解析なんてできるのか、って顔をしてるねー」

「!! 申し訳ありません」

「んーん、気にしてないから大丈夫。そう思っちゃう気持ちもわかるしねー。

それで、その魔道具は?」

「こちらです」

父がトレイを差し出す。ずっと首から下げていた、認識阻害のペンダント。

イオルム殿下はペンダントを手に取ると、光にかざした。

「あーーなるほど、中の機構は焼き切れてるね」

「解析はできそうですか?」

「ここまで破損してると解析は難しいかなぁ」

「……そうですか」

じっとペンダントを見ていたイオルム殿下が、ふと顔を上げた。

「……会長、この魔道具は証拠として軍やメドゥスとかに回収されちゃう?」

「? いいえ、これはもう全く使えないことが調べではっきりしていますので、ディアマンタが普段使いのアクセサリーとして使う、と」

「そっかそっか。良かった。ねえ、これ、少し僕に貸してくれる?」

「え? ええ、良いですけど」

「今日持って帰っても良い?」

殿下がファルマの職員に尋ねる。

「……お持ち帰りいただいて結構です」

何に使うんだ、という顔で職員さんが返事をした。

わたしと父も同じ顔をしていたんだろう。

「ふふ、こういう 良(・) い(・) 仕(・) 事(・) をした魔道具の勇姿に思いを馳せるのが好きなんだー」

大切そうにポケットにしまうと、イオルム殿下が大きく伸びをした。

「会長、帰ろう。僕疲れちゃった。ディアマンタちゃんが退院したら、すぐ遊びに行くよ」

壊れた魔道具を見ただけで疲れたなんて、さすが王族、言うことが違うわ……と思っていると、殿下がにっこりと笑って手を差し出してきたので、とっさに握り返す。

ーーおうちに戻ったらちゃんと説明するから、たくさん元気ですってアピールしてさっさと退院しておいで。

「!?」

はっと顔を上げてイオルム殿下の顔を見ると、パチリとウインクされた。

今、頭の中に直接言葉が流れてきた……? それに一瞬、目が光って瞳孔が人間ならありえない形に開いて見えたような……。

「その時にはリリスも連れて行くからね。ディアマンタちゃん、ものすごく元気そうだし、リリスも君に会いたがっていたから、退院したその日に突撃しようかな! ……だから、お大事にね」