軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

57 エドナ殿下の結婚祝い

「申し訳ございませんっ!」

財務大臣が体を二つに折って頭を下げている。左頬を赤く腫らした私がこのまま沈黙を続けていたら床に額を擦り付けそうな勢いだ。

「私がただの農民だと思ったのでしょう。頭を上げてください」

「魔法使い様に手を上げるなど!まことに!まことに申し訳ございませんっ!」

親子への罰は私が決めていいと陛下がおっしゃった。手を上げた当人は死刑にしてもいい、私の功績を考慮すればその資格はあると。

いやいや、命を奪うのは遠慮したい。

大臣は頭に血が上っているのだろう。顔色が赤黒くなっていてバッタリ倒れるんじゃないかと見ていて怖い。

「あやつは籍を抜かせ、平民に致します。私も辞職して責任を取ります。ですので長男だけはどうか!」

「私は大臣が辞職しないことを希望します。ご長男は無関係です」

「ははぁっ!ありがたきご配慮!」

「アレシアに感謝するといい。では、レハバムは身分剥奪の上、辺境の地で五年間の強制労働に。その辺に留めておいてアレシアに逆恨みをされたら厄介だ。強制労働後は王都への立入禁止。長男は仕置き無し。お前は次男を育て間違えた罪を仕事で返せ」

陛下のお言葉で一応の収まりがついた。

ここは陛下の執務室。なぜか王妃殿下まで駆けつけて、王家の皆様が勢揃いしてらっしゃる。これでは大臣もさぞかし寿命が縮んだことだろう。

私は出来るだけ魔法使いとしては顔を知られたくない。レハバムは私の正体を知らなかったから本性を現したわけだが、これで良かった。愚か者の犠牲になる平民が減る。

「アレシア、農園まで送ろう」

マークス殿下が私の肩をそっと抱えるようにして退室を促してくださった。

馬車の中。

常夏の国の空気が冷えたかと思うほど殿下のご機嫌が悪い。

「殿下、そんなに心配なさらなくても私なら大丈夫です」

「心配もあるが怒りだ。アレシアにこんな……」

私の左頬は腫れて赤い中に点々と紫色の出血斑が出ている。強く叩かれたとは思ったけど、どれだけ強く叩いたやら。レハバムは叩き慣れていた。普段から目下の者に暴力を振るっていたんだろう。これからは己の身でそういう扱いをされるつらさを思い知ればいい。

「殿下、恐ろしいのはファリルだけではありませんね。あの手の貴族が国を内側から腐らせるんだと思いました」

「その通りだな。私がその場にいたら二つに斬り捨ててやったのに。実に忌々しい!それにしても、アレシアは強いな。顔を殴られた上に襟首をつかまれて締め上げられたそうじゃないか」

思わず苦笑してしまった。

前世で受けた拷問に比べたら、あんなの。

「大丈夫です。でも、そんなふうに怒ってくださってありがとうございます殿下」

「マークス、だ」

「そうでしたね。怒ってくれてありがとう」

「マークス」

「マークス様。くっくっくっ」

「はぁぁぁ」とまたため息をついてから殿下は

「怒りが収まらない。いや、もうやめよう。そうだ、エドナの結婚が決まったんだ。相手はバルワラ王国の第二王子だ」

「まあ。おめでとうございます。お血筋の国なら安心ですね」

「そうだな。だが、妹がこの国に帰ってくることはもうない」

「……寂しくなりますね」

「アレシアちゃーん!」と笑いながら足早に近寄っていらっしゃるお姿をもう見られなくなるのか。鼻の奥がツンと痛くなるわ。

馬車が止まり、私に続いて殿下も降りる。

「君の両親に謝罪したい。こちらで呼び寄せた上での怪我だ」

「そこまでしなくてもいいですよ」

「いや、私の気が済まない」

農園のみんなは私の顔を見て顔色を変えたけれど、『平民に落とされ強制労働』『王都立ち入り禁止』というレハバムの処罰の内容を聞いてなんとか怒りを落ち着かせてくれた。ハキームは「平民になってからその辺で見つけたらただじゃおかなかったのに」と真顔で呟いていてちょっと怖かった。

「すまなかった。王家の責任だ」

「殿下が悪いわけではありませんので」

母がとりなす。

「殿下は平民にも頭を下げるんですね」

私がギョッとして振り返ると、イゼベルさんが私たちの後ろに立っていた。いつもは偉い人がいると入って来ないのに。

「アレシア。あんた、ちゃんとやり返したんだろうね?」

「やり返したらもっと怪我をしていたわ。でも少し挑発したかな。農民を馬鹿にしたんだもの」

「アレシア、なんてことを」

父が呆れた。絹布の端切れを私の頬に当てながら

「無茶をするな。父さんの寿命を縮めるつもりか」

と情けない顔をした。

「お父さん、エドナ殿下のご結婚が決まったそうよ。お祝いにうちで織った絹布をひと巻きお贈りしたいのだけど、いいわよね?」

「そりゃ喜ばれるな。何人もの命を救う嫁入り道具なんてお相手の方々が大喜びなさるよ」

そこまで黙って聞いていた殿下が

「いいのか?我が国の貧しい者たちに使うつもりの絹布だろう?」

とおっしゃる。

「エドナ殿下を通じてバルワラ王国と我が国の結びつきが強くなることは、この国の民の安全にも繋がるじゃありませんか」

そう言いながらとある計画が閃いた。

「殿下。提案したいことがございます」

「なんだ?」

「じっくり案を練って、明日、樽に水を入れた後で詳しくご説明いたします」

「そうか。それでは明日を楽しみにしていよう」

その日のうちにレハバムの愚行と処罰の話は王都にいる全ての貴族、その家族、使用人に至るまで知らされたそうだ。

相手が魔法使いとは気づかずに暴力を振るった大臣の息子が平民落ちの上に強制労働に処せられた、という事実が重かった。身分の剥奪と強制労働は貴族にとっては死刑に次ぐほどの重い罰だ。大臣の息子も例外ではない、という点も衝撃的だったはずだ。

頬を殴られたのも無駄ではなかったというものだ。