軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

47話 君が教えてくれたこと②傷つく定義

朝、畑に水を撒きに行ったアルスが、子供ふたりを連れてきた。すっごい美少年ふたりだ。周りの空気までがキラキラして彼らを引き立てている感じ。兄弟だろう。銀の雨のような髪に、紫色の瞳。お兄ちゃんの方は髪が長くてひとつに束ねている。上品で高貴そうな感じ。

それよりアルスが手にしているどこぞで摘んできた雑草っぽいものが気になり鑑定をかけ、わたしは自分の迂闊さを呪った。全体とか一体とか広く鑑定をかけることに慣れていたので、ここでもそうしてしまったのだ。わたしはいつの間にか人も鑑定できるようになっていたらしい。情報は少ないけれど。

トラブルの予感しかしない。その兄弟は、お隣の大陸の帝国の 皇子(おうじ) たちだった。なんで王族がスラムに来るんだよ。そして、アルス。彼も非常に訳ありの人だった。アルスはまだしも、なるべくあの兄弟には近づかないようにしよう。わたしは言った。

「アルス、なんでも連れてきちゃダメだよ。この子たち、服キレイだよ。いいとこの坊ちゃんだよ」

スラムが保護するような子たちではないと伝える。

「貴族でしょ?」

みんながわたしの台詞に息をのむ。

「き、貴族なの? アジトを見たいっていうからさ。ど、どうしよう」

アルスが真っ青になる。

「あ、貴族じゃないよ。商人の息子だ」

嘘つけ。

「僕はソレイユ。弟はラオスだ。へー、アジトってこういうふうなんだね。ちょっと僕たちお邪魔していていいかな?」

「お前たちを探す大人が文句言ってこないならいいぞ」

ボスのトーマスが許してしまったら、それはもう決定事項だ。

まあ、いいや。わたしは知らない、関わらない。

「さ、今日も働くぞ。ランディ、こっちのことはよろしく。ソレイユとラオスのことも頼んだぞ」

「3人の世話で手一杯で無理」

「じゃあ、行ってくるからな」

トーマスは簡単に無視してくる。

「帰れるところがあるなら帰った方がいい。ここは子供たちだけで暮らしていて余裕がない。こんなちびも働いて食べ物をもらうんだ。だから」

「何をすればいい?」

わたしはため息をつく。

「忠告はしたからね。嫌になったら離脱して。みんなに迷惑をかけないでくれればそれでいいから」

わたしはメイの手を引いて、川へと向かって歩き出した。

「年少組はその日によって、川で食材をとったり、解体場や市場のゴミ捨てなんかを手伝わせてもらって、スジ肉とかクズ野菜をもらう。時間で川で昼ご飯を食べたり、昼寝したり、夕方前にはアジトに帰ってご飯の用意をする」

一日の流れをお兄ちゃんの方に説明する。

「ランディ、向こうを見ないように見て。誰か知ってる? さっきからこっちの様子を伺っている」

メイと川に向かって歩くフリをし、ソレイユのいう方を伺う。街のゴロツキって感じだ。わたしが黙っていると、クリスとベルンが、わたしの横に着く感じで『見ないように見た』みたいだ。

「あいつら、ランディを狙ったやつだよ」

こそっと教えてくれる。あいつらか。

「ランディを狙ったって?」

ふたりはソレイユに説明した。ギルドでポーションを売ったわたしの身ぐるみ剥がそうとしていた奴らだと。

「そうか、じゃぁ、行動は把握されてそうだね。今日は年少組だけでくると思ったから待ち伏せしてたんじゃないかな。でも、僕たち見ない顔ぶれがいるから躊躇している。どうする? 潰しておかないと、ずっと逃げないとなんじゃないか?」

「でも、わたしたちだけじゃ勝てないし。わたしは足が遅い」

わたしだけならまだしも、クリスとベルンとメイがいるんだ。どうしよう。

「ソレイユ、みんなを連れて逃げられる? アジトまで行けば大人は入ってこれない」

「君はなんか手立てあるの?」

わたしが何も言えずにいると、ラオスに指示を出す。

「ラオス、3人を連れてアジトに戻れ。できるな?」

ラオスは頷く。

「いや、ソレイユも行って。何が起こるかわからないし」

「だから余計にひとりにはできないよ。今この中では僕が一番年上だよね。僕に従って欲しい」

「ソレイユさん、ランディをお願い!」

クリスがなぜかソレイユに頭を下げる。するとベルンもそれにならう。

ソレイユは頷いた。完全に主導権がソレイユに移る。

ラオスがメイの手を引いて、奴らに見えにくいよう後ずさり、距離をとっていく。

「足が遅いってどれくらい?」

「かなり。5歳の子よりマシなぐらい」

ソレイユは驚いたようにわたしを見る。

「いいところのお嬢さんだったの?」

「お嬢さんって失礼だな。ボンボンではないよ」

王族ってのは確実に男女を見分ける何かを持っているのだろうか?

「体術は使える?」

「いや」

「あの中で年上とは言え、それでよく囮をかってでたね」

ほっとけ。

「やるときは徹底的に、が信条なんだ。ほら、中途半端にやると報復とかされるからね」

ソレイユは手をぶらぶらさせる。足首を回し、肩を回して、ウォーミングアップでもしているかのようだ。

「大人5人はいるよ。まさか戦うつもり?」

「自信はあるけど、それぐらいじゃぁ、また襲ってくるだろうからね。捕まえてもらおう」

「ど、どうやって?」

「僕は旅人だ。僕に奴らが危害を加えようとしたら、問題になると思わないかい?」

皇子だもん、それだけで済むわけがない。国同士の問題になるんじゃない? 話が非常に大きくなりそうで恐ろしくなる。

「だけど現場を見られなかったらしらばっくれられるよ」

ここではわたしたちと敵しかいない。

「そうできないようにすればいい」

と、ソレイユはなぜかわたしに手を差し出した。

「なに?」

わからなくて聞くと、手を取られて、手を繋ぐ。

「君のことを頼まれたからね。一緒に行こう。僕から離れないで」

えらく迫力のある13歳だ。威圧感があって、従うのが当たり前のような、そんな気持ちになる。

「勇ましいのに、怖いんだね」

「ソレイユは怖くないの?」

怖いと認めるのは癪なので、質問で返す。

「ああいうわかりやすいのは怖くない。怖いのは、平気で笑いながら、こちらを労わるようなふりをして、優しくして油断させて、寝首をかこうとするような奴らだ」

…………。

「平気じゃなかったかもよ」

眉が不機嫌そうに上がる。

「どういう意味?」

「ソレイユがそう感じて、そう思っただけでしょ? 本人の気持ちは本人しかわからないってこと。いや、本人もわからないものかもね」

気に入らなかったのだろう。口をキュッと結んで歩き出す。わたしも手を引かれて歩き出す。

人の気持ちは自分の物差しでは測れない。指針はそれしかないから、自分のことしかわからないから、どうしても自分基準になってしまうけれども。わかったような気になっても、自分でない以上、分かることはないのだ。分かりたいとは思うけれども。でもそれだってわたしの考えで、どう考えるのも人それぞれの自由だと思う。でも、傷つくと感じるのなら、その思いは、その思い込みは手放していい、わたしはそう思っている。

初めて勤めた会社は、居心地は良かった。いい人ばかりだったし。でも、いい人ばかりでもやはり『合う、合わない』はあるものだ。学生と社会人の壁はないようでいてあるもので、なんでもないような顔をしていたが、堪えることも多々あった。

わたしは面白みのない人間で、杓子定規にしか物事を捉えられなかったので、当時は融通がきき、ユニークさを持ち合わせる人に憧れ、好んだ。その頃付き合っていた人は、なんでも面白がることができる人で、意味がわからずイライラすることも多かったが、考え方には随分助けられた。

学生なら合わなければ付き合わなければいいが、仕事が絡むとそうはいかない。いい人だ。嫌いじゃない。でも、心が明るくならない。人に話せば、その話のどこに引っ掛かりがあるかわからないと言われ、わたし自身もわかっていた。何も嫌なことがあるわけでもないのに、どうしてわたしはその人に拘らずにいられないんだろう。わたしはその人と話すたびに疲弊していった。

その時言われたのだ。

「別にさ、お前と、その人が大切にしているものの順番が違うだけだろ」

それはストンと不思議とわたしの心に落ちた言葉だった。

そうだ、みんな大切にしたいものは違うんだ。わたしが大切にしたいものが、ある人の中で最下位であってもそれは仕方ない。それはどちらが悪いとかそういうことではなく、違うという事実に傷つくことはないのだ。

納得はできなくても、そう思えば、その人と話すのは苦痛でなくなった。どういう考えなんだろうって興味が出てきたぐらいで、それは相手にも伝わるみたいで、それからは快適に過ごせたように思う。

ソレイユの事情も知らないのにこんなことを思うのは良くないけどさ。ソレイユは『平気で笑いながら、優しくして油断させて、寝首をかこうとするような奴ら』と言った。『笑っていたときと、優しくしていたとき』はちゃんとソレイユが大事だったんじゃないかな。『寝首をかこうとする』ときはソレイユより大事なものがあったのだ。その人が陥れようと画策したのだとしたら、ソレイユ自身がどうのじゃなくて、その時、何よりも順位の高いものがあったのだ。

ソレイユは自分が思っている『怖い奴ら』に『怖い』のではなく、傷ついているようだから。そんなことに傷ついているのはもったいないと思ったんだ。

王族だと思って嫌な態度で接したわたしなのに、手を差し伸べてくれた。そんな彼が傷ついた顔をするのは嫌だと思ったんだ。