軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

144話 聖女の決意(下)

ほとんどの人を最後の野営地に残し、60人ぐらいの選抜部隊で危険区域まで来た。

氷の壁はどうするんだろうと思っていたら、過去の自分が作ったものなので、自分が行けばどうにかなるのではと思っていたようだ。

王子が氷の壁に手を添えると、すーっとその周りが溶け出して、人が通れるくらいの穴になった。入り口らしきところから入ると、全てが凍っていて、そこはシンとした静けさだけで成り立っている。

モードさんはマントを羽織り、わたしにはモードさんのコートを出して着させてくれた。クーとミミはすぐにコートのポケットに入り込んだ。コートを着こんでも冷気が纏わりついて、外の暑さが一気にクールダウンされた。騎士の皆さんもマントで身を守っている。

封印された魔王の棺がある凍った神殿に入るのに、さらに人数を半分に絞った。

通路はいくつも枝分かれしていた。にもかかわらず、王子の足取りに迷いはない。すぐに広間にたどり着いた。祭壇みたいなところに棺が置かれている。

王子がその棺に手をかけた。ジュっと音がして、王子の手がどうにかなったんじゃないかと思う。でもそれぐらいは王子を止めることにはならなかった。

「聖女様、こちらへ」

ロダン王子に守られながら、雛ちゃんが棺に近づく。聖女ちゃんは暖かそうなコートに身を包んでいた。

「どうすれば?」

「棺に触れてください。それで封印は解けるはずです」

手で棺に触れ、あ、と雛ちゃんが声をあげた。

封印が解けた。

雛ちゃんが青いオーラに包まれる。と、閉じたままの棺から、ひとりの女性が体を起こした。透けていて、雛ちゃんが今この現象を見せてくれているんだとわかった。

誰も音を発しない。静けさの中、わたしたちはわたしたちが見えていない、その女性を見守る。

20歳ぐらいの髪の長い女性は、周りを恐々見ながら棺から出てくる。とぼとぼと歩き、ふと空を見る。空から一筋の光が舞い込んだ。女性が少しだけ嬉しそうになったように感じる。

光は女性を包み込み、女性が浮き上がる。誰かが女性を抱え上げているかのように見えた。女性は誰かの首に手を回して、落ちないように、少し甘えるように、安堵して見える。

聖女にこの地への思い入れは少しもなかった。彼女は光に導かれるまま、この地から旅立った。

横を見ると、その光景を王子がただ見ていた。

思いだけが留まっていた。それは過去の思い、でしかない。だから、王子が入り込む余地はなかっただろうことはわかるけれど、王子は生まれ変わってまで忘れることのできなかった思いなのに、彼女の中には少しも残っていることではなくて。

わたしが見ていることに気づいて、王子はゆっくりとわたしを見て、微笑む。

大丈夫だ、と口が動いた。

「撤収する」

王子がマントを翻す。

隊列を整えながら、歩き出し、そばに行って雛ちゃんにありがとうとお疲れさまをいう。

みんな信じられないものを見たけれど、見てしまったから信じずにはいられないというような不安げな顔をしている。

突如、剣を交えるような音がした。

カンカンカン

驚いてそちらを見遣れば、捕らえて居残り部隊に預けていたはずの、ラパウエの黒いマントの残党が剣をふるっている。

雛ちゃんの誘拐をまだ諦めてなかったんだ。

ロダン王子が雛ちゃんの手をとる。

カイル王子が先頭に立って、残党の中に突っ込んでいく。

剣を交える音が激しくなる。

「ティア」

モードさんに手を取られて、引っ張られる。わたしは竦みそうになる足にカツを入れて、モードさんについていく。

ロダン王子と雛ちゃんの周りには雛ちゃん親衛隊がしっかり守りを固め、足早に外へと出ようとする。残党は目ざとく雛ちゃんに目をつけ、雛ちゃんに群がろうとする。

「モード様、こちらから」

ルークさんに促され、わたしたちは遠回り方面から逃げ出すことにする。

急にロイドが現れて背にかばわれる。

残党がこちらにも。

顔に傷がある男は、わたしを見て、ニヤリと笑った。わたしに狙いを定めている?

「ハナ様、目を瞑って」

ルークさんが男の後ろから何かしてくれて、男が地面へと膝をついて倒れる。

「ハナ様も対象のようです。急ぎましょう」

ルークさんとロイドに挟まれ、モードさんに抱きかかえられるようにして、外へと急ぐ。

急にドカンと音がした。

攻撃魔法だ。魔法で誰かが壁に穴を開けた。ひとつの支えをなくした過去の神殿は、そこから静かに崩れ始めた。主がいなくなったからもうそこに存在しなくてもいいんだと言わんばかりに。

パラパラと、瓦礫や土が落ちてくる。

「撤退!」

「撤退」

伝令のように皆がその言葉を口にする。

浮いた。わたしが浮いてる。ぐっと力がかかって、わたしは緑色の髪の人に捕らえられていた。

「お前だな。我々の計画を邪魔したのは。女でありながらしゃしゃりでやがって!」

打たれると思って体を縮こめると、クーがポケットから飛び出してわたしを捕まえた男の顔をひっかいた。

たまらず手を離したのだろう、わたしはモードさんに駆け寄ろうとした。

嫌な音が上からした。

モードさんに抱え込まれる。

ペロペロと顔を舐められている。

『ティア』

『ティア』

「クー、ミミ、無事? 痛いところない?」

『大丈夫』

ふたりの声が揃う。よかった。モードさんに抱え込まれた状態で気を失っていたみたいだ。瓦礫の隙間にわたしたちは横たわっていた。起き上がるスペースは、もうちょっと腹這いで移動しないとなさそうだ。

薄暗くてよくは見えないがモードさんの額から血が流れた跡がある。息はもちろんある。血はとりあえず止まっているようだが頭だけに心配だ。

「モードさん、モードさん!」

呼んでみたが反応なし。揺らすのは怖いので手をぎゅっと握る。反応なし。

建物が大きく崩れたようだ。ルークさん、ロイド、大丈夫だったかな?

王子は雛ちゃんはみんな無事だろうか。

わたしはステータスをチェックした。

なぜか魔力が133しかない。多分、無属性だったらひとつぐらいの魔法しか使えない。

「モードさん、モードさん」

もう一度呼びかけるが、反応なし。

モードさんは気を失っている。頭を打っているかもしれない。激しく揺らすのは危険だ。ポーションで傷を治して、頭を打っていることを知らずにいるのは怖い。怪我してなかったら飲まないかもしれないもんね。

『モード、大丈夫?』

「頭を打ってるみたいだから心配。起きたらまずポーション飲んでもらわないと」

早く、外に。動こうとして、自分が動けないことに気づく。足が挟まっている。抜け出せない。左右に振ろうとしたがそれもままならない。

絶えずパラパラと土や瓦礫が降ってくる。爪先のひやっとした感覚に焦る。水だ。……氷が溶ける。建物の崩壊。そこから導きだせることはひとつだ。建物は崩壊し、水が満ちる。いや、増した水で建物が崩壊する? とにかく時間がない。

『ティア、ティア』

『ティアー』

ただただわたしを慕ってくれるふたり。ふたりの頭を撫でて、頬擦りする。唇を噛みしめた。

ねぇ、ふたりのおかげで、わたしとっても楽しかったよ。

「クー、ミミ、モードさんを脱出させるから先導して」

声が揺れないように、それだけを気をつける。薄暗いから表情は見えないはず。

『どうしゅるの?』

「そこから広いところに出て、上にあがって地上に出るの。できるね?」

わたしは光が溢れている方を指差す。光が届いているってことは地上に繋がっている。大人でもハイハイにはなるが通れそうな道筋がある。今なら。

『ティアはどうしゅるの?』

「わたしはモードさんを魔法で脱出させた後、続く」

『俺しゃまはティアと一緒に行く』

「ダメよ、先に行って」

パラっと土の塊が落ちてくる。時間がない。

「あなたたちは誇り高いブルードラゴンでしょ。いつまでもわたしにひっついているんじゃなくて、さっさと行く!」

『でもティア』

「今、ふたりは役に立たないの。足手まといになるから、行って!」

『ティア』

『ティアー』

「行きなさい!」

後ろを気にしながら、坂を登り出す。幼くてもあの子たちはドラゴンだ。きっと大丈夫。

クー、ミミ、元気に大きくなってね。大好きだよ。

次はモードさんだ。

パラっと土が雨のように降ってくる。少しだけ、少しだけ。

頬に手を添える。

モードさん、……ステアロード、あなたが大好きです。

あなたに会えたから、この世界で生きていく力をもらえた。

口付けた唇が冷たくて、目が覚める思いだ。焦る。急がなきゃ。

魔力でモードさんを浮かす。そのままクーやミミが辿った道を……。

あなたに出会えたから、生きてこられた。

水色の瞳はいつでも思いだせる。

パラパラ、パラパラ、土が落ちてくる。もう姿は見えない。ただクーとミミの後を魔力で辿るしかない。

多分、地上に出た。軽くなったから、誰かがモードさんを受け取ってくれた。

魔力が3だ。危なかった。魔力が枯れる直前は体力に大打撃を受ける。それでも足を動かそうとしたけれど、はまってしまった片足はどうにも動かせなかった。

体を横向きにして、静かに呼吸をする。パラパラと落ちてくる土を見ていた。クーもミミもモードさんも無事だから、きっと無事だからいいや……。不思議となぜかそう思えた。

『ティアさん』

『返事してください。声を出して』

「雛ちゃん? ゴホッ」

土か埃を吸い込んでしまったようで咳き込む。

『そこ、ですね』

暗い土の中に一筋の光が届いた。その光の中から落ちてきた人は、ぶら下がったり、飛び降りたりして、わたしの元に向かってくる。

「モードさん、危ないのに」

わたしは呟く。なんでこんな場所に戻ってくるんだ。頭の怪我だって手当てしてないじゃん。

モードさんは渾身の力でわたしの上にあった瓦礫をどかした。

モードさんは土だらけの手で、わたしの顔の涙を拭く。

「ひとりにしてごめんな。もう大丈夫だ」

モードさんが抱きしめてくれる。わたしをそのまま持ち上げようとして挟まっている足に気づく。

「瓦礫に足が挟まってる」

モードさんが声を上げる。

ヒュンヒュンともう一人上から降りてきて。ルークさんだ。こんな危険なところなのに。

ふたりで何やら足の方で作業をして、足が動かせた。

「上にあがります」

モードさんに抱き上げられる。時にはルークさんに預けられながら、上へ上へとあがっていく。光の道以外は絶えず土やら瓦礫が落ちてきていて、この光の道だけ時が止まっているかのようだった。

モードさんに抱き上げられたわたしが地上に出て、ルークさんが地上に出ると、光の道は閉じ、地滑りのように土が流れていく音がする。

「これで全員いるな?」

王子が確かめる。

『ティア』

『ティア』

もう二度と会えないかと思った。

「ひどいこと言ってごめん」

ふたりは首を横に振る。そしてわたしの胸に飛び込んでくる。

モードさんの額に指をやる。治したいのに、魔力がもうないんだ。

空に神獣がいた。四神獣? 青い龍と朱色の鳥と白い虎と暗い色のカメが空に在る。向こうの世界でファンタジーの王道の、青龍、朱雀、白虎、玄武と呼ばれそうな姿をしている。神獣から光が、高位の魔物たちから光がひとつに向かっていて、その先には雛ちゃんがいた。雛ちゃんがわたしを見て、微笑んだ。崩れ落ちる。

「ヒナ!」

「ヒナ様!」

ロダン王子たちの悲鳴のような雛ちゃんを呼ぶ声がする。

雛ちゃんが倒れているのが見えた。

雛ちゃんが助けてくれたんだ。

みんなが魔力を雛ちゃんに注いでいてくれたんだ。

ロダン王子に抱え込まれる雛ちゃんを見ながら、わたしも意識が飛んでいった。