軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最終話 せっかくあなたと会えたから、この世界を楽しみたいと思います

神殿が崩れ始め、外に出たところですぐに点呼をとり、王子はわたしたちがいないことに気づいた。ロイドが匂い付けの匂いを辿りわたしの居場所はだいたい特定できて、それで近くにきてくれていたらしい。

そこにクーとミミが飛び出してきた。

でもクーとミミは誰とも話せない。

その後をモードさんが魔法で運ばれてきた。ポーションをかけて起こして、クーとミミから状況を聞く。わたしの意識があり、後から続くと先に脱出させたことからして、わたしが動けない状況にあるのだろうと推察できた。

すぐ戻りかけたモードさんは止められる。自殺行為だと。それでも行くと言ったモードさんに雛ちゃんがどれだけ魔力がもつかはわからないけれどサポートしますと言った。

魔力をなるべく長く使うために、ピンポイントでわたしの居場所を特定する必要があった。

雛ちゃんはわたしに声をかけ、わたしが応答した。わたしが気を失っていたら終わりだった。

雛ちゃんは場所を絞って、物質の動きを遅くした。

彼女はこの世界で一番の魔力の持ち主だが、封印解除でごっそり魔力を持っていかれ、その後にも聖女解放の時をみんなに見せてくれるのに魔力を使っていたので、残り少なかった。それでもやめない雛ちゃんをみて、魔道士さんなんかが魔力を雛ちゃんに送ってくれた。それを見て、やってきていた高位の魔物さんや神獣たちが魔力を雛ちゃんに送ってくれた。そのおかげでわたしは助かった。

神獣には黄虎も含まれていた。空に浮かんでいた白い虎が本当の黄虎の姿だという。キトラリバシュ、それが神獣ホワイトタイガーの黄虎の名前で黄色い虎の略ではなかったことを知った。

瓦礫にわたしの足が挟まっていたのでモードさんがヘルプを出した時、迷わず王子が来てくれようとしたらしい。司令が動いてはなりませんと、留めてルークさんが来てくれた。

わたしが目覚めたとき、モードさんの水色の瞳に見守られていた。モードさんはずっと眠ってなかったみたいだ。額の傷は残っていて、わたしは指先を這わせた。

「痛い?」

「痛くない。お前に何かある方が痛い」

「ポーション飲んだ? 頭打ったかも」

「クーたちから聞いて飲んだ」

モードさんがわたしの手を取り、指先に口づけを落とす。

「ありがとな。俺を護ってくれて、助けてくれて」

モードさんの首に腕を回して抱きつく。

「あんな中、戻ってきてくれて……助けてくれて……」

喉が詰まって涙が溢れた。

「……ありがとう。またっ……会えた」

モードさんがギュッとしてくれる。

危険区域の氷が溶け、神殿が崩れ、神獣や魔物が空を飛び交い、状況がわからない人々は世界の終わりが始まろうとしているのかと怯えたという。情報を求めて、世界議会から、国々から、人々が集まってきた。状況を聞き、各国に伝令が飛び、そして人々は聖女の目覚めを待っていた。

神殿のあった場所は湖のようになっていた、そこに祭壇が設けられ、みんな祈った。解き放たれた聖女が安らかに眠れるように。

最後まであきらめず尽くした現聖女の目覚めと、そして過ごすこれからが穏やかであるように祈りを込めて。

わたしが目を覚ましてから、もう3日ほどして雛ちゃんが目覚めた。

ロダン王子は人目も憚らず号泣した。

雛ちゃんはそんなロダン王子の頭を撫でてあげて

「もう、泣かないの」

と弟を諭すように言った。

体の調子はどうだと尋ねると、だるいけれど、魔力も少しずつ戻ってきているし、問題ないだろうとのことだ。

よかった。

雛ちゃんに助けてくれてありがとうとお礼をいうと、これからもおいしいものや、懐かしいものを食べさせてくださいとおねだりがあった。それならお安い御用ですと請け負う。

世界樹はここに植えるのが一番だろうと、雛ちゃんは湖の横に種を撒いた。最初に湖のお水をすくって土に掛けると、にょきっと芽が出た。さすが神様印の種さまだ。

目覚めを待っていた人々が、雛ちゃんのそんな姿を見て、安堵の表情を浮かべる。湖と世界樹にみんなが祈りを捧げて帰路につく。芽はすくすくと育ち、もうわたしほどの背丈になっている。幹も腕ぐらいの太さだ。

ソコンドルに一番近いここは、忘れてはいけない犠牲があった湖と浄化の木として、きっと新たな観光の名所となることだろう。

残党が逃げたのは、逃げられたのは、アルバーレンの教会からの参加者が関係していたと調べがついた。それも目的は第一王子が功績をあげるのを阻止するためというとんでもないもので。

王子はロダン王子と話し合ったみたいだ。

ロダン王子は薄々わかっていたんだと思う。今まで自分の大好きなお兄さんを苦しめ足を引っ張ろうとしていたのが教会と関わりを持つ自分の母親だと。ロダン王子も確信したくなかったのだろうけど、雛ちゃんが傷つきそうになったのを見て、覚悟が決まったみたいだ。顔つきが変わった。カイル王子に兄弟としてでなく、臣下の礼をとるようになり、雛ちゃんを守る覚悟を持ったのが側から見てもわかった。それが自分の産みの親からであっても。

王子もロダン王子の母親であるから今まで大目に見ていたようだが、今回のことで切り捨てることにしたらしい。自分に覚悟がなかったばっかりに、わたしをまた危険な目に合わせて申し訳なかったと謝られた。いい機会だと思ったので、わたしは言った。

「こんなことを言う権限も資格もないんだけど、きっとあなたに必要な言葉だと思うから、言うね。今までのこと全部含めて、わたしはあなたを許します」

思ってもみなかったことのようで王子が呆然とする。言葉を咀嚼して、理解して、顔を歪ませて。力を入れて、冷たい鉄仮面をかぶる。

「魔王に許されない私を憐れんでか?」

「いいえ」

王子は信じられないような顔をしているけれど、本当の気持ちだ。

「お礼を」

「礼?」

「許させてくれて、ありがとう」

わたしは頑なに自分の本心を見ないできつくあたっていたのに、そんなわたしさえ守ってくれようとしたから、わたしは本心に向き合うことができた。向き合った瞬間は辛く苦しくても、認めたらとても楽になれた。だからお礼がいいたかった。

「な、何を言うんだ」

「許せないのは、許すわたしが許されないことだから」

許せないのは、許さないことだ。

許さないのは、許す自分を許さないこと。

許せないと、許す自分が許されないのだ。

誰かや何かに対して許せない気でいるが、同時に許す自分が許されないことだ。

そんなの、知ってた。ずっと前から。

だけど、どうしても認められなかった。

許すと言ったら、自分の意思で帰らないと許容することになるみたいで。今までの自分を、今までの思いを、暮らしを、否定するみたいで。

今までを失くすことを許容するみたいで、恐かった。

そう、王子がどうこうではなくて、自分の問題だった。

だから許すなんていうのは、違うのかもしれないけれど。

新しく生を受けてなお、後悔し続けた人だから。

この人には許される必要があると思う。

「もっと早い段階で召喚のことについては気持ちにケリがついていたんだけど。許すと言ってしまったら、元の世界に帰れないじゃなくて帰らないって認めることで。そう認めると今までの自分や暮らしを否定しているようで、今までの自分が可哀想な気がして、哀れな気がして、そう思わないようにしてきたんだ。だから、遅くなってごめん」

わかるまでに時間がかかり過ぎてしまった。

「でも、王子のおかげで許せた」

そう王子じゃなかったら、わたしはずっと深いところにある気持ちを見ようとせず、永遠に許せなかったかもしれない。

家族や友達に会えないのは淋しいし、向こうでわたしは行方不明なのか死んでいるとなっているのかわからないけれど、大切な人たちを悲しませたと思うから、そこはとてもごめんなさいと思う。だけど、わたしは元の世界には帰らない。過去のわたしに胸を張って言う。もう、帰らないことを選ぶって。それは過去のわたしが可哀想なことでも哀れなことでもなくて、今までを紡ぎあげてきたそのわたし自身が選んだのだ。

「許せないのは、逆と思えるのにそれはとても辛いことなんだ。彼女も辛かったと思う」

彼女は、とても優しい人だったと思う。そうだよね。他の人が自分と同じ辛い思いをしないように、召喚に関する本を焼き払った人だ。そして瘴気を浄化する最後の人になったとき、この世界に判断を委ねた。

魂は自由になりたい、心からの願いだったと思うけれど。多分、封印されることがわかっていて、そこから外れなかった彼女。

そんなに強く優しい人をわたしは他に知らない。

だからね、彼女も許したかったんじゃないかと思う。ううん、とっくに許していたのかも。わだかまりもなく空にのぼったもんね。いや、もしかしたら彼女は許すも許さないも、そもそもそんな感情はなかったのかもしれない。ただただここに在ることが辛かったのかもしれない。

「……ああ、私は許されたかったんだな」

王子が顔をあげる。

「ありがとう、ハナ。これで断ち切れる」

王子がわたしに手を伸ばした。わたしはその手を取った。照れ臭いから、ぶんぶんと振って握手する。お礼をいうのはわたしの方だ。今までいつも守ろうとしてくれて、守ってくれてありがとう。

王子も伊達な勇者じゃなかったね。その生の時は叶えらえなくても、今世でやりたいことをやり通したのだから。そして、彼女は救われた。時を越えて、彼女は救われた。

彼女も救われたけど、彼女は時を超えて瘴気という大きな魔物からみんなを救った。みんなが赦された。

古(いにしえ) の聖女は両腕をいっぱいに広げて、時を超えて守れるものを守れるだけ守ったのだ。

すごい、すごいな。本当に、すごい。

ありがとうございました。彼女にはそれしか言葉がみつからない。

摘んできた花を湖に投げ入れる。

モードさんに肩を叩かれて、見上げると、ちょっと心配顔で微笑んでいる。

わたしは大丈夫という思いを込めて、頷く。

許すことができると、また違った景色が見えてくる。違った表情が窺える。

先輩たちが、ここに道筋を作ってくれた。

ここから新たな道を作っていくのは、それはわたしたちの仕事だ。

わたしも歩き出そうと思う。

もうこんなことに巻き込まれてと駄々をこねる時間は終わった。

怒りや許せない力で立っていなくても、優しさをもらって力が湧いてきている。

自分の可能性を狭めないで、世界の歯車になれたらと思う。先人たちの優しさをわたしたちでまた形を変えて、後世に伝えよう。

ねぇ、神様。

その時、唐突にラテアス様という名前が頭に浮かんだ。恐らくわたしがお会いした神様の名前だろう。

ラテアス様、わたしこの世界で、とても多くの幸せをもらいました。いくら感謝してもしきれないぐらいだから、わたしも誰かにちょっとでも幸せを伝える歯車になれたらなと思う。神様が、少しでも、わたしに融通きかせてくれたことをよかったって思ってもらえたら嬉しいな。

風がザーッと吹いて、湖面が漣だち、草木の先が同じようにたなびく。ただ風が吹いただけなのに、なんか、神様が返事してくださったような気がした。

モードさんの腕に飛びついて、彼を見上げる。

水色の瞳を和ませて微笑んでくれるから、わたしはもうどこに行っても大丈夫だ。

そう気づくまでにとても長い時間がかかってしまった。

でも、出会いのどれひとつでも欠けていたら、わたしはこの想いに到達することができなかっただろう。

雛ちゃんも目覚めたし、明日には皆撤収するとのことなので、わたしたちは一足先に帰ることにした。

ロイドにお礼を言って、牧場に遊びに来てと握手した。バラックさんはロイドと一緒にカノープスをまわってから、帰るそうだ。こちらの珍しい食材を持っていくから料理して欲しいというから、もちろん喜んでと言っておく。

雛ちゃんにも是非、牧場に遊びに来てねとハグする。絶対行きますと雛ちゃん。雛ちゃんのこっちでの 恋話(コイバナ) がすごいんだよ。ちょっと聞きかじっただけなので、来てくれた時にはパジャマパーティーで根掘り葉掘り聞かなくては! ロダン王子が優勢だとは思うけど、親衛隊の人たちの心意気がカッコ良くて、ちょっと聞いただけでくらっとくる感じだから、ロダン王子は油断したらまずいと思う。言ってあげないけど。長く抱擁していると、ロダン王子とモードさんに引き剥がされた。ロダン王子にも、一緒に来てもいいけど、わたしを睨まないよう言っておく。今度睨んだら足を踏みつけるからと宣言しておいた。すると唐突にロダン王子に弟がいるかと聞かれた。いないと告げると、そうか、と黙ってしまった。

王子とルークさんにも最大級のお礼を伝えた。難しいだろうけど、よかったら遊びに来てと告げておく。その時は好きなご飯を作るからね、と。後から、本当にあんなに頻繁に来られるなんて、かの国は大丈夫なのかと思ったのは秘密だ。

料理班の仲良くなった人たちともお別れして、わたしたちは黄虎に騎乗する。

大きく手を振った。黄虎が地を蹴れば、あっと言う間に人々は豆粒ほどになり見えなくなった。わたしが手に持つ籠の中でクーとミミはお座りしてわたしを見上げる。なでなでしていると、お腹に回されて支えてくれている腕に引き寄せられる。頭の天辺にリップ音だ。

「寝てていいぞ」

飛んでいるときに振り返るのは重心がブレて怖いので、頭を逸らして上を見る。

「ありがとう」

おでこに口づけが落ちてきて。

え?

空の上なのに、動いたら危ないのに、モードさんが膝の上にわたしを横抱きにする。

ええっ。

「この方が楽だろ。眠ってろ」

いや、これだと思い切り眠り顔を晒すことになるんですけど。

「クーとミミも眠っとけ」

と籠の蓋をパタンと閉じる。

「眠らないのか?」

まぶたに口づけが落ちる。

嬉し、くすぐったくて見上げると、鼻の頭にもちゅっとしてくれる。

モードさんが甘い! 多分、にまっとしちゃってるだろうなと思いながらもモードさんを窺えば口付けが落ちてきた。

すぐには離れていかず、な、長い。結婚したからアップグレードか?

相変わらず胸はドキドキしているのに、なんだかこのままずっとしていたいとぼーっとなってくる。

ええっ。

どんどん深くなる口づけに焦る。嘘、これは、こんなところで、ど、どこまで?

モードさんが離れたので、そっと目を開けると、熱っぽい瞳で微笑ってから耳に低音で呟く。

「悪い、つい。続きは夜な」

わたしはモードさんを直視できずコクコク頷くしかできなかったが、真っ赤だと思う。顔が尋常なく熱かったから。

わたしはかなりドギマギしつつ、緊張しまくった結果、疲れ果てて寝顔を晒して眠ってしまったのだが。

結局、この日は邪魔が入り、次の日は事件が起き、さらに次の日はモードさんはギルドから呼び出されて、結構長いことお預けとなる。慎み深い日本人なので、期待していたとは言わないが、期待してなかったわけではないので、この時のドギマギと緊張は無駄になると過去のわたしに言ってあげたい。

「ティア、もうすぐだぞ」

眠ってしまっていた。

目覚めたわたしは景色に目を奪われる。空から見るエーデルはとても美しかった。夏本番だというのに、山頂には雪が残っている。山裾は青々とした葉っぱが、そして花や果実の色をアクセントに生い茂っている。この世界も、とても綺麗で美しい。

黄虎から降りて街へと歩き出す。

門番さんに

「お帰りなさい」

と言われて「ただいま」と返す。

すっかり、エーデルの住人だ。

牧場が見えてくると、黄虎が走り出し、籠の中から飛び出したクーとミミも黄虎を追いかける。

手を繋いだモードさんを見上げる。鈍い色の金髪に空の薄いところを切り取ったみたいな水色の瞳。

ほっとできる帰って来られる場所があることは、なんて心強いことなんだろう。守りたい日常があるのは、きっともっと強くなろうと思えることだ。

やりたいこともいっぱいある。

モードさんといっぱいいちゃいちゃしないとだし。

黄虎のお腹に顔を埋めて癒されたいし。ぴーちゃんやみんなのグルーミングもいっぱいしなくちゃ。

ミミとお揃いのアクセサリーを作りたいな。クーもしてくれるかな?

牧場をしっかり形にしないとね。軽食やアイスやプリンも味わってもらわなきゃ!

アイスもだけど、ソフトクリーム食べたいな。確かゼラチンあればいける気がするんだけど。それより今はシャーベットかな。

あ、梅をなんとしても手に入れなくちゃ。海苔があるからね。わたしは海苔弁が好きだ。それも2段のやつ。梅干しを細かくして、鰹節と醤油と和えて、ご飯の上に敷く。その上に海苔を敷き、またご飯を敷き詰める。同じように和えたのを敷いて海苔を敷く。お箸でところどころ穴を空けて、ちょっとだけお醤油を回しがける。これが染み込んでうまうまになるんだよ。

日本に似た国にはぜひ行かなくちゃね。絶対、欲しい食材があるはず。

メイメイの毛糸で何か作りたい。孤児院の女の子たちの仕事になるかもしれない。孤児院での仕事が安定するようになってきたら、他の街とも連携をとるみたいな横の繋がりを持てないかと思っている。

そしていつか月日がたったら、もうちょっとみんなが大きくなった頃、アジトと連絡をとってお互いに行き来したりしてやれる仕事の幅を増やしたりできたらなと思う。子供たちが大人になった時の選択肢が広がるんじゃないかと思うんだ。だからそんな未来を目指して、まずは近場と連携をとって……。

変わらない日常にほっとしながらも、明日はどんな日になるだろうとワクワクもする。いつもいいことばかりではないけれど、大切な人たちがいるから、わたしはきっと乗り越えていける。

そりゃ間違うこともあるけれど、間違えたらやり直せばいい。修正していけばいい。取り返しのつかないことだってあるかもしれないけど、それは絶対的に少数だ。怖がるな。道は続いていくのだ。

「帰ってきたな、俺たちの家に」

温かさを含んだ通る声は心地いい。

水色の澄んだ瞳は、いつもわたしを優しく見ていてくれる。

「うん、帰ってきたね。わたしたちの家に」

だから。

せっかくこの世界に来たのだから、せっかくあなたに会えたのだから、わたしは引き続き、これからを楽しもうと思う。

そう、だって。命ある限り、わたしの物語は終わらない。

<完>