軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

985 魔王子の入学

納豆。

たしかに最初は臭くて粘っこい食感だったけれど、慣れるとそれが好ましくて無限にあとを引いてしまう。

ねばねば感も好みに合って、気づけば箸が止まらなくなっていた。

「王子、納豆もいいですけれど農場見学は終わってないので次へ行きましょう」

ベレナに促されてボクは移動する。

人族王女も有翼人もそれぞれの持ち場に戻ったのか、それ以上同行することはなかった。

「行くってどこに? ボクもうお腹いっぱいなんだけど……!?」

「あれだけ納豆を食べればそうでしょうね?」

いや物理的な内容量ではなく心のキャパシティも、驚愕の連続で限界量を超えているというか……!?

「農場を訪れた人は大体そうなるんですよ。通過儀礼のようなものと思ってください」

しかし、この聖者の農場が保有している富は、噂にたがわぬ……いや、噂を超えるほどだった、遥かに。

これだけの戦力が、外へ向かって放たれたらどうなるだろう?

魔国も人間国も抵抗すらできずアッという間に滅ぼされてしまうに違いない。

父上は……魔王はこんな危険な存在を放置しているのか?

魔国……いや地上の平和のためにも、全力をもってしてでも制圧し、その富と戦力を管理下に置くべきではないのか?

父上のお考えはわからないが、ボクが魔王になった暁には是非ともそうして……。

「……着きましたよ」

「へ?」

あれ? ここどこ?

考え事に耽っていて意識が飛んでしまっていた。どこをどう歩いていたかもわからない。

「農場の凄さに呆然としていたようですね。無理もありませんよ。むしろ子どもでありながら、そこまで深刻に受け止めることのできるのは早熟です。次期魔王としての心構えが出来つつある、ということなのでしょう」

「な……ッ?」

何をそんな、知った風な口をきいて?

「農場に攻め込んで、管理下に置きたいとか考えているならやめておいた方がいいですよ。この農場は、仮に魔王軍の戦力を十倍にしたとしても到底太刀打ちできません」

「そんな……!?」

「お若いゴティア殿下には受け止めがたい事実かもしれませんが、彼我の戦力差を冷静に読み取ることは国主として不可欠な能力ですよ。それができないものが勝てない戦争に踏み切るんです」

そりゃ、薄々は感じていたけれど……。

魔王軍は、地上を制覇した無敵の軍隊じゃなかったのか? 地上統一を成した魔国は最強国家じゃなかったのか?

家庭教師から習ったことと違う……。

「それに王子は、まだ農場の凄さを一部しか見ておられません。これぐらいで農場の恐ろしさに脱帽してしまっては、未来の魔王として頼りないですよ」

「えッ!?」

「武力だけが力の種類ではない。それはお城で習いませんでしたか? そうでなければやはり農場での経験はこの上なく王子の実となるでしょう」

ボクが案内されたのは、どこかの屋内だった。

魔王城に比べればもちろん小さくて狭いが、調度は整っていてある種の気品をうかがわせる。

「もうすぐ農場の主が参りますので、少々お待ちください」

農場の主、つまりは聖者?

どんなヤツなんだろう? きっと父上に負けず劣らず屈強の男なのだろうか?

程なくして、部屋に入ってきたのは……予想に外れて綺麗な女の人だった。

「あれプラティ様? 聖者様はどうしたんです?」

「トラブルで遅刻よ。なんでも畑に植えたニンジンがブラスター化して暴走したんですって」

どうやら違うらしい。

女性は、腕に小さな子どもを抱えていて、なんだかボクの母上を思い出された。

「王子、こちらは農場の主……聖者様の奥様でプラティ様です」

聖者の妻。

いわばこの土地の王妃と言うべき立場か。

「こっちの子はノリトよ。子ども同士仲よくしてね」

「こどもはきらいだ、ずうずうしいから」

こ、子どもなのに特徴的だな……!?

この女性は……肌の色から見るに人族だろうか?

しかし確信を持てない独特の雰囲気が彼女にはあった。

「王子、プラティ様は人魚族であらせられるのですよ。魔法薬を飲んで尾を消した人魚族は、ほぼ人族と変わりませんから見分けづらいでしょうね」

人魚族!?

海底に住むという、人族魔族に続く第三の種族!?

最近は魔国に使者もよくやってきてチラッとは見たことがあるけれど、それでも間近で見たのは初めてだ。

農場には人魚族が住んでいるのか。

「プラティ様はただの人魚族ではありません。現人魚王アロワナ様の妹君であらせられます。つまり人魚国の王族にあらせられるのですよ」

「もうベレナったらやめてよー。アタシはもうここの女主人って気分でしかないし、もう三人目もお腹にいるっていうのに今さら人魚のマジカルプリンセスなんて呼ばれても小っ恥ずかしいだけだわー」

マジカル……プリンセス……!?

いや、それはいい。

つまりこの農場の主……聖者は人魚族と密接な繋がりがあるってことなのか?

もし農場とことをかまえたら、人魚族まで敵に回すことになる?

そう想像して、僕の頭は真っ白になった。

ベレナが言っていた『武力は何種類もある力の中の一つに過ぎない』という意味がわかってきた。

他にある大きな勢力との繋がり。

それもまた大きな力になるのだと。

そういえば、この農場には旧人間国の王女もいた。

もちろん既に滅びてしまった過去の国に何の力もないが、それでも使いようによっては何らかの効果を生むかもしれない。

ただ正面から戦ってもメチャクチャ強い。

そんな農場が、他にもたくさんの手札を忍ばせているってことだ……!?

「よく考える子ねえ。十歳にもならないうちにこんなんじゃ、三十前にしてハゲるんじゃないの?」

「視界を狭めて突っ走るところはアスタレス様似ですが、考え込むところは魔王様譲りといったところですね。お二人の厄介なところばかり似て……」

これほどまでに厄介な相手だから父上も迂闊に手が出せないのか?

魔国は地上を統一したので、もうあとは治めることに心を砕くだけ……と聞いていたのに、こんな問題が潜伏していたなんて、思い描いていた未来の統治ビジョンを一から描き直さなきゃいけない事態か……!?

「せーの」

パンッ!

ビクッ!?

突如鳴った手拍子にボクは現実に引き戻される。

「物思いは夜ベッドに入ってからでも充分できるでしょう? 昼間は子どもは遊んで学ぶ時間よ! そのために来たんでしょう!?」

は、そう言えば……!?

父上は仰られた、農場学校へ留学しろと。

「そう、驚くべきことにこの農場には学校があるのよ! 実物を見せてあげるからついてらっしゃい!」

プラティという聖者の妻に連れられてボクは移動する。

その先では、なんと室内ですらない青空の下に机が並べられて、多くの若い男女が並んでいた。

しかも驚くべきことに、その並んでいる男女は魔族もいれば人族もいて、さらには人魚族までいた。

一度教えてもらったからにはもう人化した人魚族の見分けもつく。

世界の主要種族が一堂に会した学び舎なんて。

そんなの魔国にだってまだないぞ!?

「これに驚くとはさすが魔王子、教育が行き届いているわねー。ここは、とある先生が道楽で始めた青空教室。でも教育水準があまりに高いっていうんで、世界中から入学希望者が募り今では制度として確立してしまっているのよ」

プラティさんとやらが説明する。

「卒業生もなかなかにネームバリューでね。知ってるリテセウスくん? 人間国の新しい王様になった子だけど、彼もここで学んでいたのよ」

なんだって……!?

人間国の新たな王!? じゃあ農場は、過去どころか現在の人間国とも太いつながりがあるってことじゃないか!?

どこまで潜在能力を隠しているんだ、農場は?

しかもそこまでの傑物を、この学校が育てたってことは、これからますます有能な人材を人魔人魚、すべての主要国家にバラ撒いていくってことじゃないか!?

益々手が付けられなくなっていく……!

この恐ろしい学び舎を、一体何者が設立したというんだ!?

「……あ、噂をしたら本人が来たわよ。あれが農場学校の責任者にして主要講師」

現れたのは、死体のように干からびた、ボロボロのローブをまといしアンデッド……。

「ノーライフキングの先生よ」