軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

862 お疲れ様

私はマルバストス。

魔王軍の将校マルバストスである。

階級的には上級大将、四天王に次ぐ重要役職とされている。

そのような重責を担うがゆえの抜擢であったのだろう。

人間国占領府の総督。

その大任を得たのは。

我が今生の主、若くして偉大なる魔王ゼダン様は電光石火の急襲作戦によって宿敵人間国を下した。

数百年……いや千年以上続いたとされる人と魔族の戦争に終止符を打った。

それだけでも歴史に名を残すに相応しい偉業ではあるが、魔王ゼダン様の偉大なるは、それだけにとどまらない点にある。

占領した人間国に軍を置き、当地に住む人族の保護を命じられたのだ。

この方針には異を唱える将帥も多くいた。

人族とは数百年闘い続けてきた宿敵だ。

積年の恨みもあり、勝敗決したからには皆殺しに根絶するいわれはあろうと手を差し伸べる理由などないと強く訴えた猛者もいた。

しかし魔王様はそれらの考えすべてを却下した。

『戦争の恨みを終わったあとにまで持ち越してはならぬ』と言い、一兵卒にいたるまで復讐を禁じたのであった。

人間国へと駐屯する占領軍の総司令官に、この私が選ばれたこともそうした方針に適したからであろう。

軍内での私の評価は、衝動より理性を重んじ、一つのミスも許されない繊細な局面で用いるに適するとされていた。

人間国の実効支配は、まさに薄氷を踏むかのような舵取りが要求され、力推しの猪武者にはとても務まらぬ。

謹んで拝命した私は、長く住み慣れた魔国を離れ、人間国へと移り住んだ。

かつての敵国……いまだ反乱分子も多く隠れているであろう。

暗殺謀殺などが充分あり得る危険な任務でもあった。

せっかく戦争が終わったというのに、なおも斬り合いに身を置かねばならない占領地の任務は、ハッキリ言って敬遠されがちだった。

実際任地に渡ってきた者の多くは貧乏くじを引いた気分だろう。

軍歴三十年。

一兵卒からのし上がり、上級大将の位にまで登った私は軍では異色だった。

大体それほどに苛烈な出世を成し遂げれば、聖剣継承家系のいずこかからお声がかかって四天王への就任の目が出てくる。

過去そうした事例は多くあり、将来有望な将官は青田刈りされ有力な家系へと取り込まれることが順当であった。

門地のない庶民出身者ならなおさらで、逆に貴族からお声がかかることが出世のための基本コースであり、逆にお声がかからなければ出世できないとまで言われていた。

実際現状で四天王の座についているベルフェガミリア様やマモル様は婿養子であるし、先代『怨』の四天王であらせたグラシャラ妃は、低い位ではあったが紛れもない怨聖剣フンフヴィオレット継承家系の分家筋。

その縁と実力によって四天王となり、さらには魔王様に見初められて魔王妃とまでなったシンデレラであった。

かように魔王軍で出世するには実力と、四天王に連なる縁が不可欠。

庶民出身でコネのない私は、出世コースの途中で四天王継承家系の女性と結婚せぬ限りは登り詰められる高さには限界があった。

そこで私がどうしたかというと……。

結局そういった女性とは一緒にならなかった。

何か理由があったのかと言われれば、特にない。

強いて挙げればちょうど合う年頃の女性が四天王家系のいずれにもいなかった……ということか。

いたとしても既に決まった相手を持っていたりして私との御縁がなかったり……。

そうこうしているうちに今の妻と出会って何となく一緒になった。

ちなみに見合い婚だった。

当時同僚からは『早まったことを』と揶揄されたが、それでも大過なくキャリアを重ね、魔王軍上級大将にまでのし上がることができた。

四天王家系と結ばずに行ける最上級の地位であろう。

周囲からは『実力だけで偉くなった男』『五人目の四天王』などとも言われ、名実ともに魔王軍になくてはならない存在となれたと自負している。

そんな私だからこそ、人間国へ行く必要があった。

これから大きな改革をなさねばならない魔王軍に四天王は必須であり、それと並行して最高の能力、実績を持つ者にしか本国と同規模を持った人間国の占領統治は務まらない。

さすれば四天王ではなく、それでいて四天王に匹敵する存在の私にしかこの役割は務まらない。

そう覚悟を決めて異境へ渡り、精励すること数年。

想像するほど過酷な任務ではなかった。

非占領者である人族は想定ほど激しい抵抗は見せず、むしろ我々を歓迎してくれた。

それだけ旧支配者であった王家や教会に対する不満が強かったのだろう。

家族は魔国に残してきたが転移魔法さえあれば簡単に戻ることができた。ちょうど戦争終結から転移魔法に関する規制が緩くなって、思った以上に頻繁に魔都へと戻り、家族と過ごすことができた。

具体的な職務も想像とは違って……。

人間国内の一領地でお祭りイベントがあるから支援しろだの。

何ならお前も出場しろだの

エルフの森の植林作業を行うから監督しろだの。

各地から才能豊かな少年少女を集めろだの。

割と平和的かつヘンテコな命令が多かったように思える。

しかしお陰で危険もなくこなせ……。

ついにすべての任務を完了する時がきた。

旧人間国が、戦中末期の疲弊から立ち直り、独自の国家運営が可能であると判断された。

我ら占領府は任を解かれ、本国へと撤収することになる。

私自身も総督の位を返上することとなった。

長いようで短い日々であった。

赴任してきた時は、この地に骨をうずめる覚悟であったが、こんなにも早く主権を返還されるのは、それだけ人族の気質が勤勉だったからであろう。

占領府総督として新たに出会った多くの人族は、大抵の者が礼儀正しく、論理的な思考をして、常に故郷と仲間のために行動を決めていた。

おかげさまで復興は急速に進み、私たち魔族の助けはいらぬほどにまでなった。

本国の魔王様、人族側の新政府代表と何度も話を詰めて、主権を返還する完璧なタイミングを見計らった。

感慨深かったのは、その人族側の代表者を務めていたのが見知った若者であったこと。

ある時、人材育成の新たな試みをするとして国内から少年や少女を集めたことがあったが、その中の一人だった。

あの当時の子どもが成長し、一国を担う器となったかと思えば、そうなるまでの時の長さに感慨が湧いたし、魔王様が始めた人材育成政策の成功ともなればさらに感動が増した。

これからの人間国はこの若者たちに任せれば大丈夫だ。

この老兵の居場所はここにはないと悟った。

駐屯軍の撤収作業も済み、最後に私自身が去る時は、人族たちから見送りの式典が行われ花束まで贈られた。

そこで不覚にも落涙する。

どれだけ綺麗事を並べたとしても我らは占領者。

戦争で屈服させ、有無を言わさず乗り込んできた侵略者でもあるゆえ、どれだけ慈愛の心で統治しようと感謝されず、むしろ恨まれるとすら思っていたのに。

この地でなしたことすべてが余さず報われた瞬間でもあった。

そうして帰途についた私であったが、その時には既に魔王軍を退役する決意を固めていた。

状況はめまぐるしく変わっている。

戦争終結し、一番の役割を終えた魔王軍も改革を余儀なくされ軍縮が進んでいる。

既に多くの将兵が軍籍から外れ、新たな職を探し当てたり年金で隠居生活を送っていたりするという。

そんな中で無役の老兵が戻っても居場所などあるまい。

私は人間国だけでなく、故国からももはや用なしの者となってしまったか。

帰国後真っ先に魔王場へと向かい、あらかじめ取り付けてあった約束通り魔王様への謁見を果たす。

玉座の間で跪き、我が主君たる魔王ゼダン様に報告する。

「人間国における諸任務、すべて問題なく完了いたしました」

「大儀であった」

この方の下で働けたことを幸福に思う。

私は先代バアル魔王の代から軍人であったが、軍務の充実感はゼダン様の代に移ってから段違いであった。

この方の御世で軍歴に終止符を打てることが、我が軍属人生最後の幸福であるかもしれんな。

諸報国をつつがなく遂げて最後に引退の件を切り出そうとしたが。

「ではマルバストスよ、卿の新たな任務について話したい」

「は、しかしながら……」

これから引退を請願しようとする矢先に向こうから新任務……。

まさに出鼻を挫かれるようなものではないか。

「卿の言いたいことはわかるつもりだ。総督として人間国の復興に尽力。これほどの大仕事を果たして花道にはもってこいであろう。しかし我は卿のように勤勉な男をまだまだ必要としている」

「ははぁ……ッ!?」

「ベルフェガミリアの手綱を取るのにマモル一人で苦労しているようだ。それにこれから人間共和国との外交部門を本格的に立ち上げる。向こうの事情に精通しているものがいると非常に助かる。ひとまずは一旦退役という形をとり、非常勤の相談役として軍司令部を顧問し、外交部へを手伝ってやってくれぬか?」

それは二つの任務を掛け持ちということで……!?

まいったな、楽隠居するつもりが人生でもっとも忙しいことになりそうだ。

一つのことを成し遂げて、もっとも幸福な思いを知ったと思ったが……。

それよりさらに幸福なことは、すべてを成し遂げてなお必要とされることなのかもしれない。