軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

844 煙る食料

こうして春先恒例花見は、思いのほか騒がしく、しかしそれゆえに盛り上がって終了した。

そのまま元の生活と思いきや……。

『いいや、まだ終わらん!! 桜の優秀さを何としてでも知らしめていく!!』

ジュニアにへし折られながらもまだ心は折れない桜くん。

いや桜の樹霊チェリーボーイか。

事の発端である道真公も満足してお帰りになったというのに、まだ争いを引きずるというのか。

『まだもう一つある、この桜の木の自慢になることが! これを見ていただこう!』

「何これ? 木屑?」

突然見せつけられた木片のようなもの。

それらは非常に細かく砕かれて、破片と言っても差し支えないほどの細かさであった。

正直言って建材などの切れ端としか思えず、なんでこんなものを見せつけるのかわからねえと困惑するほどだが……。

『これは桜チップですぞ!』

「ちっぷ?」

たしかにチップというような薄さ、小ささをしているが……。

……あ。

ここで思い出した。

昔小耳に挟んだ程度であったが、桜の木片を材料にしたとある調理法のことを。

「もしかして燻製に使うヤツ?」

『イグザクトリィ(その通りでございます)!』

燻製。

普通に暮らしていたらあまり馴染みないが、これが知る人ぞ知るかなり奥深い調理法らしい。

モノを燃やすと立ち上る煙。

その煙を食材に当て、煙の臭いを染み込ませて味をつけたり、香りづけしたりするんだそうな。

それと同時に菌の繁殖も抑え、保存食としても一般的なのだという。

すべて伝聞。

しゃーねえじゃん。前の世界にて極めて平々凡々に生きてきた俺は燻製などという文化に触れる機会もなかったんだもんよ。

スモークチーズとかスモークサーモンとか。

燻製処理を受けた食品をいつかどこかで耳にしたこともあろうし、目にしたこともあろうし、舌で味わったこともあろう。

しかし実際に調理したという経験のある人は、まずいないんではなかろうか?

「たしか燻製に拘る人は、煙を出すために燃やすも素材も厳選するんだと聞いた」

『いかにも! 燻製に使われるチップ材にはさまざまな種類がありますが、その中でも桜チップは特に香りが強いとされています! ゆえに短時間でも充分な香りがついて初心者向けとされているのです!』

『そんなところまで主張が強いバイ……!』

ぼそりと口を挟んだのは梅の樹霊オノコ・ウメ。

ジュニアによって両成敗を受けたあとでも、まだ確執は続く模様。

「でもまあせっかく貰ったんだから試してみるかな燻製。前から興味はあったんだ」

『詳しいやり方は私からご指導仕ろう!』

という感じでチェリーボーイの指導を受けながら燻製に挑戦してみることにした。

自分の樹木に関することなら無分別に知識のある樹霊ホント便利だな。

『ではまず、何を燻すか決めましょうぞ!』

「そうだな」

煙だけあってもなんともならないし、スモークの味と匂いを乗せる食材を決めねば何も始まらん。

「だとすれば、やはりチーズだろうか?」

スモークチーズが一番よく聞くからなあ。

我が農場でチーズといえば、乳製品部門を引き受けるヤギ獣人のサテュロスたち。

早速彼女らのところへ行って、チーズを一欠分けてもらうとしよう。

サテュロスたちを率いるのはパヌという名の、非常に母性豊かな女性だった。

彼女自身もヤギの特性を備えた獣人として、ミルクを始めチーズやバターなどの乳製品作りに精を出している。

そんな彼女に土下座して頼み込むと……。

「それは……私たちは聖者様のために働いていますので求められればいくらでもお出ししますが……!?」

しかしその口ぶりは戸惑い気味。

これから行おうとする燻製の調理法に戸惑いを覚えているらしかった。

スモークチーズにするには、どんなチーズを用いるべきだろうか?

カマンベールチーズよりは水気の少ないプロセスチーズの方がやりやすそう。

だからこそ湿気の多い日本では古来から燻製が発達しなかったんだろうか?

『聖者様! さあこちらにチーズを置きましょうぞ!』

「うむ」

チェリーボーイに促されるまま、どっから用意したのかよくわからぬ燻製機にチーズを置く。

見た目は鉄鍋みたいなものが蓋つきで、さらには内部に金網のようなものが挟まっていて二重構造となっている。

下の鍋底に桜チップを引いて、さらに金網のところに 食材(チーズ) を置けば比で熱するとチップからたつ煙が食材に当たるという仕組みのようだ。

さらに煙が逃げないようにしっかり蓋もしておく。

それで燻すこと三十分。

燻製機から出したチーズは、また外見が濃色に!?

乙女の柔肌のようであった明るい黄白色は、いまやムキムキサーファー男のごとく日焼けの濃色と化してしまっている。

「ひぃッ!? 何ですのこれ!? 私たちの作ったチーズが濃厚カラーに!?」

好奇心からかパヌも、チーズを献上してお役目が終わったあとも残って成り行きを見守っていた。

そして変わり果てたスモークチーズの日焼けっぷりに恐れおののく。

始めて目にする燻製料理に動揺隠しきれない様子だ。

おっ。

これはもしや久々の、異世界に持ち込む現代知識無双をするチャンスじゃないか!?

そうかこっちの世界には燻製料理がないのか! という一段上から物を教えて優越感に浸ろうとするタイプのヤツ!

いいねえどんどんやっていこう!!

「もしや、これが燻製というものですか?」

いや知ってた。

そりゃそうだろうな。燻すという行為は食品保存として極めて率直で有効だし。

これに辿りついて活用する民族が世界に一つや二つあったところで決して不思議じゃない。

「いえ、私のところではあまりやらない製法ですけど、もっと寒い地域で行っていると聞いたことがあります」

「まあ、結論は実食してからにしようじゃないか。まずは味見……」

ナイフを入れてスモークチーズを切り分けていく。

そしていただきます。

『「「うめぇええええええ!!』」」

美味しかった!!

チーズの上にほんのりたしかに乗った苦いというか渇いたような味!

これが煙の味なのか!?

スモーキー!

スモーキーという感覚を今初めて知った!

さらには煙が当たったおかげで水分が飛び、それだけ味が凝縮されたような感じ!

干物に通じるものがある!

パヌも初めてのスモークチーズに感動気味で興奮気味だ!

「私たちが毎日のように作り続けるチーズに、こんな味の変化があるなんて! 新しい扉が開けましたわぁあああああああッッ!!」

などと言いつつスモチをバクバク食っていく。

けっこう大きめを燻したつもりだったがすぐに消え去ってしまった。

つまりは俺たちの胃の中。

「いいな……燻製、思ったよりも大分いいな……!?」

「聖者様! 今度はこっちのカマンベールチーズを燻してみませんか!?」

カマンベールチーズ!?

それっていわゆるナチュラルチーズの一種だろう!?

プロセスチーズより柔らかくて水分残っている、そして燻製に水分は相性よろしくいない。

それは難易度が高い……というか無理なんでは?

「でも聖者様……カマンベールチーズの柔らかくて濃厚な味わいに、スモークのやっぱり濃厚でカラッとした食感……そのギャップは堪らないんではないですか?」

たしかに。

トーストで言うところの『外はカリッと中はモチモチ』的な内外のメリハリの強さを楽しめるってことか!?

面白そう! 是非とも試してみたい!!

いやチーズ以外にも、燻製できる食材はまだまだたくさんあるはず!

困ったぞ……!

全部試したくなってきた!

これからありとあらゆる食材を燻してどんなことになるかという動画配信の企画みたいなことをやりたくなってきた!!

今の俺は煙使いのモクモク人間だ!

何でも煙塗れに燻してやるぜ!

まずは定番、ゆでたまごからだな!