軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

433 挙式の前に ランプアイ編(下)

現ベタ家当主トラディショナルには四人の子女がいた。

長男ワイルド。

次男ヘンドラー。

三男デルタ。

末妹クラウンテール。

この四兄弟のうち、名家の名に恥じぬ成長を見せたのは三人。

長男ワイルドは嫡子の面目であらゆる物事にトップで勝ち抜いた。末っ子のクラウンテールは女ながらも武才に恵まれ、名門マーメイドウィッチアカデミアで学びつつ、卒業後は近衛兵入りが確実視されている。

そして中でも一番才覚輝いていたのは三男デルタ。

幼少の頃からベタ家始まって以来の天才といわれ、末は宰相もしくは大将軍とまで言われている。

「その中で私だけがパッとしなくてな」

これから一緒になるランプアイに、自分の半生を語る。

自分としても嫌な過去で好んで触れたくないのだが、これから一緒の人生を生きる彼女に話さないわけにはいかない。

「何をやっても人並みにできないのだ。勉強も、武闘も。幼い頃は何でも弟の方が上手くやれてな。弟に負けるたび、なんでお前はダメなんだと父に叱られたものだ」

そんな日々を送るうちに、だんだん自分に価値はないと思うようになった。

由緒正しきベタ家にふさわしくないと。

一生蔑まれて生きるぐらいなら、名家から離れて誰でもない一人になった方が楽ではないかと。

「それで家を出ることにしたんだ。論客という職はたまたま選んだもので、この家と距離を置きさえできれば何でもよかった」

ただ、その割に性には合っていたが。

「結局のところ私はこの家から逃げたんだ。落ちこぼれと言われるのが嫌でな。その家に今日こうして帰っている。それがどうにも気持ち悪くてな」

「ヘンドラー様は立派になられました。武力も功績も並ぶものないほどです。胸を張って帰れるようになったと思うべきでは?」

「そうかもしれんが……」

しかし、幼い頃に染み付いた感情は消せないものなのかもしれない。

この家で私は、ずっと落ちこぼれのままなのだ。

そうこうしているうちにドアの向こうが騒がしくなった。

父上が家族を引き連れてきたのだろう。

ドアを開けると本格的にワイワイガヤガヤになった。

「ではヘンドラーの新妻に改めて紹介しよう! まずこのワシ、ベタ家当主トラディショナル! 人魚国軍にて大将軍を務めておる!」

「存じております。どうかよろしくお願いいたします」

そつなくひれ伏すランプアイ。

彼女はこういうところ手際いい。

「こちらが家内のコメットじゃ。嫁姑の関係となるが、くれぐれも仲よくな?」

「嫌ですわアナタ、王妃様のご家庭じゃないんですから」

母上めっちゃ不遜。

家族紹介は子供たちの段へ移る。

「嫡男のワイルド。近衛兵隊長を務めておるから、元近衛兵であるランプアイ殿とは面識があるかもしれんが……」

「仰る通りです。隊長、このような形で再会が叶いまして、何というべきか……」

我が兄の前でかしこまるランプアイ。

本当にそつがない。

「いや、キミならば弟を任せられると安心できる。この厄介な弟を引っ張ってくれ」

厄介ってなんだ。

驚いたことにランプアイは末っ子のクラウンテールとも面識があるらしく和気藹々としていた。

彼女の我が家に馴染む速度が恐ろしい。

このままでは本当に私、結婚を機に実家へ出戻ることになりそうだが……。

「あー、最後に……!?」

どうした?

父上の口調が急にぎこちなく……!

「三男のデルタだが」

おおデルタ。

私のすぐ下の弟で、四兄弟の中で一番才能があった。

……私が家を出るきっかけも、アイツへのコンプレックスからだった。

今頃きっと立派になってるんだろうなあ、と思ってたら……。

……。

……あれ? なんだこの荒んだ若者は?

「……もしや、お前がデルタなのか?」

「…………ッ!!」

答えない。

目を逸らされた。

見違えたが昔の面影があるから間違いない。

これがデルタ!? ベタ家始まって以来の天才と言われた!?

「お前が家を出てから色々あってな」

兄ワイルドから小声で耳打ちされた。

「子どもの頃は才気煥発だったデルタだが、成長するごとにままならなくなってな。今はもう天才などとはお世辞にも言えん」

「えええ……!?」

「人魚軍の幹部候補生にも二度連続で選外でな。規則上もう受験資格はない。軍に入るなら一兵卒から始めるしかない。お前のように武泳大会で好成績を収めたなら別だが……!」

「そういえばデルタは大会に出たんですか?」

「予選一回戦敗退だ」

「ふぇええ……!?」

まさかこんなことになっていたとは。

幼い頃、常に比べ続けられてきた次男と三男。

『ヘンドラーは本当にダメなヤツだな』

『どうしてデルタのように上手くできないんだ』

そう言われ続けてきた。

家を出てから一度も会うことはなかったが、今日やっと再会して……。

明確に立場が……!

「立場が逆転したと思ってるだろう?」

「えッ!?」

唐突にデルタから言われた。

敵意剥き出しの口調。

「随分いい気分だろうな! 昔は見下されたのに、今じゃ見下す方に回って! いい気味だろう!? これが天才って言われた弟の、おちぶれた今だ!」

弟は荒んでいた。

ままならない現実に、すべてをそねむようになってしまっていた。

なんだか見覚えがある。かつて家を出たばかりの私がまさにこんな感じだった。

「こら! ……いやすまんな二人とも。礼儀の足りん息子で……!」

「ぬがッ!? ぐう……ッ!?」

父上から首根っこを押さえられ、もがく弟。

「本当に、一時期は期待をかけておったのにまったく当てが外れたわ。それに比べるとヘンドラーは立派になったものだ。お前こそ我が家の誇り! お前が来てくれたら我が家は安泰だ……、ぼべッ!?」

パンッ、と。

とてもいい音を立てて父上が吹っ飛んだ。

思い切り頬を叩かれたからだ。

叩いたのはランプアイ。

我がフィアンセ。

一体何を!?

私だけでなく家族全員が驚きに目を見開いた時、彼女は語り始めた。

「アナタは父親失格です」

我が父に向って。

「子どもを能力でしか愛することができないなんて。こんな人が人魚国の大将軍だとは失望しました」

「いや、大将軍であればこそでは……!?」

「このような人の下で夫を働かせるわけにはいきません。ヘンドラー様がこの家に帰るには、まだ時期が早いようです」

そう言うとランプアイ、私の手を取って……。

「今日のところは失礼します。この家に、ちゃんとヘンドラー様を迎える準備ができたらまたお会いしましょう」

「ええッ!? ちょっとちょっと……ッ!?」

「それからアナタ」

床に這いつくばるデルタに向けてランプアイが言う。

かつて天才と呼ばれていた弟。

「アナタが栄達しようと落ちぶれようとアナタの自由。しかし我が夫を巻き込むのはやめなさい。家族兄弟は常に一緒ですが、それでも一人で戦わなければいけない時はあるのです。勝ちたいのなら八つ当たりなどしてないで、勝つまで一人で戦いなさい」

「…………ッ!?」

その言葉にハッと目を見開くデルタだった。

何か通じるところがあったのか?

「それでは義母上様、失礼いたします。無礼な退出となってしまい申し訳ありません」

「いいのよー、本当は私が言わなきゃいけないことをアナタが代わりに言ってくれたんだから」

母上は大らかだった。

大将軍である夫が嫁からぶん殴られたというのに。

「許してあげて。あの人は生まれてこのかた軍人でないことがなかったから、他の見方ができないの。子どもたちの愛し方も、軍人としてのやり方しか知らないのよ」

そう言われてハッと腑に落ちた。

たしかに私が子どもの頃から、褒める時も叱る時も軍人としてやってた。

「それがあの人のいいところでもあるんだけれど。どうしてもそれじゃダメな時もあるのよねえ。アナタが指摘してくれて嬉しかったわ。私は言いたいことが言えるようになるまで二十年はかかっちゃったから」

「いいえ、アナタはヘンドラー様のお母さま。生涯尊敬いたします」

なんか女たちだけで絆が生まれていた。

周囲が茫然としている中で。

「ではヘンドラー様、今日のところは帰りましょう」

「んん!? ……うん?」

彼女に手を引かれたままお暇する。

「ええッ!? どこへ行くのだ!? 二人とも今日からここで暮らすのでは……!?」

「わきまえなさいアナタ。今のアナタじゃ、あの夫婦の舅にふさわしくないわ。……デルタ、アナタもよ」

母としての厳しい視線が三男へ向いた。

「皆アナタを天才だとおだてすぎたわ。でもそれに驕ってチャンスを棒に振ったのはアナタの責任よ。これからアナタはどう生き直すか考えなければいけない。母親の私には、ずっとアナタの味方でい続けることしかできないわ」

……。

母上がいれば、父上も弟も大丈夫だと思えた。

「しかしいいのか?」

家の出口へ向かいながら尋ねる。

「てっきり私と結婚するのは、家の戻るのが大前提だと思っていた。キミは生粋の軍人だから」

私が軍籍に入り、その妻として国に貢献する。

そんな人生設計があったればこそ彼女は、プラティ王女の警護という栄職からも離れられた。

「そんなことはありません。わたくしはベタ家と結婚するのではなく、ヘンドラー様と結婚するのです」

はい。

「論客の妻として清貧に身を置くのもよいものです。プラティ様もきっとわかってくださいます」

そんな彼女の力強い言葉に、ある思い出が強力に甦った。

彼女と初めて出会った時のことだ。

あの時も私が放った不用意な一言から、彼女にボコボコに殴られたっけ。

彼女と一緒に生きていくと、退屈せずに済みそうだ。