作品タイトル不明
223 火災訓練
我が農場にストーブを取り入れることで、一つの危惧が俺の中に浮かんだ。
火を家の中に持ち込むことで起こりうるもの。
火事。
ちょっとした不注意から起こる失火。
すべてを焼き尽くす。
マッチ一本で火事のもとになると言うぐらいなのに、ストーブの中には薪なり石炭なりがいくつも燃え盛っているのだから注意すべきはマッチ一本の比ではない。
家が建った時点から用心すべきことだろうが、ここで改めて住民全員に周知させておいた方がいいだろう。
火事、恐ろしい。
火の元、注意。
絶対疎かにしてはいけない。
というわけで唐突に始まります。
我が農場、火災予防運動。
* * *
「というわけで、皆さんには火事の恐ろしさについて学んでもらいます」
農場の住人全員を集めて、火災訓練を行います。
「火事を起こさないための用心、万が一火事が起こってしまった際の対処法などをレクチャーしますので刻みつけるように学んでください! そしてこの地上から火事の根絶を!!」
「「「「「はーい」」」」」
オークやゴブリン、人魚にエルフにサテュロス、大地の精霊にポチにバッカスの巫女さんたちと。
主だった面子が雁首揃えております。
でないと訓練を行う意味がないので。
「ではまず実際火事が起こった時に守らなければならない言葉を教えよう。もしもキミたちが火災に遭遇した時は、この一言を思い出してほしい」
その言葉とは……。
「おかしッッ!!」
「「「お菓子!?」」」
その言葉に反応しそうな連中が反応した。
「お菓子か!? お菓子なのかご主人様!? ケーキか!? アイスクリームか!? フルーツパフェかぁー!?」
「バターを乗せたらサイコーです! あまみのしんこっちょうですーッ!!」
やはり例によって真っ先に盛り上がるのはヴィールと大地の精霊たちだった。
「違う。トリートのお菓子じゃない」
お、か、し、とは。
火災に遭遇した際に心がけるべき三つの項目。
その頭文字をとって単語にしたものだ。
そうすることによって覚えやすくし、とっさの対応を取りやすくするための知恵というヤツだな。
昔の人は上手いこと考えたものだ。
最近の人が考えたのかもしれないけれど。
「では、お、か、し、の一文字ずつが何の頭文字になっているのか覚えていこう!」
まず『お』。
押さない!
避難する際押し合っては進めず、逃げ遅れてしまうかもしれないからな。
次に『か』。
貸さない!
「……ん?」
たとえ友人同士であってもお金の貸し借りは人間関係の破たんに繋がりうる。
だから絶対お金を貸しちゃいけませんよ。
って違う。
それはそれで大事だが火事とは関係ない。
これは間違いだな。
『お』押さない、の次に続く『か』は……。
借りない。
闇金なんかから絶対借りてはいけない。
ってこれも違う!
なんで金融関連から脱しきれない!?
火災遭遇時の必要な心得をコンパクトにまとめた覚えやすいワードじゃないのか『おかし』?
俺の記憶力が悪いだけか?
「と、とりあえず『か』は置いておいて……」
最後の『し』を思い出してみよう。
『し』知らない。
……。
なんで急に投げやりになった?
最初のワード以外全部、俺の記憶があやふやだった。
「仕方ない! 『おかし』が何の頭文字だったかは、訓練が終わるまでに思い出すとしよう!!」
グダグダな俺の司会進行に、ブーイングが飛び交った。
「火災訓練、次のレッスンに行ってみよう。消火作業の実習だ!」
ここには俺が前いた世界のように電話一本で来てくれる消防隊の皆さんなど存在しない。
出た火は自分たちで消し止めなければ!!
だからこそ前もって消火作業を経験して、あるかもしれない本番に備えておくのだ。
そこでこんなものを用意してみました。
野外の開けた平地に、木を組み上げて、小型のキャンプファイヤーのようなものを作り上げる。
火をつける。
赤々と燃え上がる炎。
「これを実際に消火して、実績と経験を積んでもらいます。火消し用の道具も用意してあるからそれを使ってね!!」
異世界には消火器なんてハイカラなものはないので、桶に汲んだ水を大量に用意した。
これからは農場の各所に、こうした用心水を配備しておこうと思う。
さあ、迷わずこの水を、燃え盛る炎にぶっかけてくれたまえ!
希望者から順番に!
「ふーん、あの火を消せばいいのか?」
最初に名乗りを上げたのは意外にもヴィールだった。
ドラゴンの彼女はただ今人間形態。
「そんなの、水なんて使うまでもないだろう」
「えー?」
ヴィールは、盛んなる小型キャンプファイヤーを一睨みして、言った。
「消えろ」
消えた。
ドラゴンのただ一言のみで、炎がひとりでに。
燃えあとからは煙の一筋すら立たない。
絶句する俺に、プラティが諭すように言う。
「竜魔法をもってすればこれぐらい造作もないでしょう? いまだ人類に解明できない究極魔法を舐めたらダメよ」
「そうだとも! おれにかかれば、こんな小火など一捻り。もっと大きな炎だって一瞬で消し去ってみせるぞ! たとえばそう、あの山を覆い尽くすような山火事だって! 実際やってみせようか!?」
でもあの山には当然、山火事なんて起きてないぞ?
火がないからヴィールが自分で点火する? ドラゴンブレスで?
やめろ!
自分で出火して自分で鎮火する。これがホントのマッチポンプか!?
とにかく皆で慌てて止めた。
「ヴィール様ほどではないですが……」
と出てきたのが人魚チーム、『獄炎の魔女』のニックネームを持つランプアイ。
もう一度火をつけ直されたキャンプファイヤーに手をかざし、なむなむと小声で呟くと……。
炎が浮かび上がり、泡のように千切れて彼女の手の上に乗った。
「炎を、操作している……?」
「己が手足のごとく自在にしてこそ『獄炎の魔女』。ただ勢いのままに火付けするだけでは二流の火炎魔法使いです」
そう言ってランプアイが手をかざすと、炎はみるみる勢いを失って鎮火してしまった。
ヴィールみたいに、あっという間の勢いはなかったが充分目を見張る神業だった。
「アタシには、ランプアイほどの火炎操作能力はないけれど、こういうのを作ってみたわ」
さらに我が妻プラティ。
取り出した試験管の蓋をキュポンと開けると、中からなんか煙のようなものがモクモク溢れ出してきて……。
いや、あの質感は霧?
煙と霧の中間のような……、ドライアイスの蒸気とでも言うのが一番シックリきた。
そのドライアイス煙的なものが、容器の試験管からは想像もできない量溢れ出てくる!?
しかもそれは地を這うように、真っ直ぐとキャンプファイヤーの方へと一直線に向かっていく!?
……ちなみに火が消えるたび再び点火してくれているのはゴブリンチームの皆さんです。
ご苦労様です。
それはさておき、ついにドライアイスの煙が炎へ覆いかぶさるようになって、飲み込んでしまった!?
その光景、まるでアメーバの捕食行動を見るかのような……!?
当然のように炎は、ドライアイス煙に包まれ鎮火してしまった。
「この自動消火煙霧は、スモークスライムっていうモンスターを魔法薬で薄めたものよ」
プラティ説明。
「スモークスライムは元々、生物の体温をエネルギー源としてるので、獲物にまとわりついて体温を奪って凍え殺す恐ろしい習性を持ってる。それを利用したのよ」
魔法薬によって改造されたスモークスライムは、火のような高温のものにしか反応せず、火元へと自動的に向かっていき、自分を焼き尽くすことで消火を行う。
何とも理想的な消火装置だった。
「この消火煙霧。もう農場のそこかしこに配置してあるわよ」
「ええッ!? マジで!?」
プラティの話では、煙霧は紙で作った箱に封印し、火の起こりそうな場所に片っ端からセットしてあるらしい。
もし火事が起こり、紙製の箱が燃やされればそこから消火煙霧が漏れ出し、そのまま消火してくれるシステムなんだそうだ。
「別に火が到達するのを待たなくても、火事を発見したら箱ごと投げ込んでもいいし、いい仕組みでしょう?」
「う、うむ……!?」
「それに火事の予防に関しては頼もしい子たちもいるしね」
プラティが視線を送ると、そこにはビシッとポーズを決めるエルフとヒュペリカオンの姿があった。
「森で暮らすエルフにとって、山火事は生死を分ける重大事! 森の民の超感覚で即座に火を感知し、初期消火してみせましょうぞ!!」
「ワワワン! ワンワンワン!!」
狼型モンスターの嗅覚は、僅かな焦げ臭さも嗅ぎ取れるぞ! と言いたいらしい。
俺大事なことを忘れてた。
世界は違っても火事は変わりなく災害だし、その対策は練られていて当然だよね。
ファンタジーはやっぱり偉大だ。
* * *
思い出した。
思い出せないまま訓練を終わるところだったがなんとか一つだけ思い出した。
『おかし』の『し』。
『し』を頭文字にする注意事項は……。
『し』死なない。
これだな。
たしかにこれこそ何より大事なことだ。
一番大事なことだ!
いや思い出せてよかった。
あー、スッキリした!