作品タイトル不明
1507 ジュニアの冒険:紀行が本編
そしてやってきた書庫というのは、アゼルさんのお屋敷の片隅にある、程よい日当たりの一室だった。
陽光が直接当たるのはよくないもんな。紙が日焼けしてしまうし。
こういう“本だけの部屋”っていうのは農場にはないよな。
何しろ父さんが一から築き上げて資料も何もない土地だから。
……。
いや、それじゃあダメだ。
農場及び農場国も、これから年代を重ねていくたび、過去を振り返るのが難しくなっていく。
農場創始者である父さんが何を思い、どう行動してきたかを後世の人が知りえないのは未来の損失。
旅から戻ったら父さんに、日記をしたためることを強く勧めよう。
僕も日記を書こう。
それに比べて初代島主のゼーゼールさんとやらは立派な人だな。
ちゃんとみずからの言行を書き記し、未来に遺したのだから。
「……あれー? どこに行ったかの初代の日記? いや、三代目が書いたのと思い違ったか?」
……遺してあるよな?
アゼルさんの探し物が芳しくない様子に不安を持たざるえない。
えーと……あれ? アゼルさんこの棚では?
『初代関連資料』ってプレートついてますよ?
「おお、これじゃこれじゃ! ゼーゼール様の資料は貴重なんで一か所に集めてあるんじゃ!」
じゃあ最初からここに当たりつけてくださいよ。
「あったぞ! 初代島主ゼーゼール様がみずからの生涯を書いた手記! 全四十巻じゃ!!」
随分たくさんあるんだな。
一生分積み重ねたとすればそうなるか。
しかしそこまで量産するってことは、筆まめな人だったんだろうなあ。
「ここに残っておる日記は、ゼーゼール様が本土脱出した時から書き始めたようじゃのう。それ以前の記録はなく、精々現存する日記から回想箇所を抜き出すぐらいしか調べる手立てがない。事実上、ゼーゼール様の本土での経歴は謎に包まれておる」
出所不明な人物というのも歴史のロマンを感じるな。
歴史だけでなく、伝説に片足突っ込んでいるというか……。
「とりあえずパラパラ流し読みしていくかのう」
そうですね。
四十巻全部読むのは時間がかかりすぎますし。
まあ、ちょいちょい拾い読みしていこう。
では引用……。
――『出航から七十六日目。周囲はいまだ水平線ばかりで小島も見えない。新大陸など本当にあるのだろうか。なければ困る。地獄と化した魔国へはもう帰れない……』
「これは本土脱出直後の記録じゃのう。まだ魔島を発見できず、希望も見出せなかった。一番苦しい時期じゃろうの」
アゼルさんが解説してくれる。
しかし本人の書いた文面だけに、本人の息遣いまで伝わってくるかのようだ。
そして一転、絶望が希望へ切り替わった。
――『やったぁあああああああッッ!! 陸地だ! やった! やった! やった! やったったぁあああああああああああああッッ!! 新・大・陸!! ッだァアアアアアアアアアアアッッ!!!!!! ッしゃあああああッッ!!』
テンションたっか。
「のちに魔島となる島を発見した時の様子じゃのう。当人の喜びが、読む者にまでダイレクトに伝わってくるわ」
本当にね。
いやこれはダイレクトすぎますけれどね。
それだけゼーゼールさんの喜びが大きかったということなんでしょうけれどね。
それから数日後の記録。
――『上陸調査が完了。発見された陸地は、当初の想定よりずっと面積が小さい。新大陸だと思ったが、この広さでは大陸ではなく島だ。小島……ではないのがせめてもの救いか』
急に冷静になった。
まあ致し方ない一面もある。ゼーゼールさんはきっと自分が降り立ったのがクソバカデカい新大陸だと信じてやまなかったのだろう。
しかし現実は非常。
たどり着いたのは大陸ではなく、島だった。
――『我々は決断を迫られている。今度こそ新大陸を求めて船出するか。それともこの島を安住の地と定めるか。物資の尽きかけていたところに、この島と出会えたのは本当に幸運だった……』
かくかくしかじか。
ここからの文面には、島に上陸してから食料燃料などを得るために駆けずり回ったこと。
再び海へ乗り出すかどうかの不安と迷いが事細かに書き綴られていた。
要するにリスクとリターンを天秤にかけているわけだ。
リスクを冒してでも広大な新大陸を求めて再出発するか。それともリスクを回避し現状に満足するか。
……彼がどのような結論に至ったか、僕たちはもう知っている。
彼の子孫であるアゼルさんたちが魔島で平和に暮らしていることを鑑みて。
――『島に定住することにしました。住めば都だよね、わーい』
今度は軽いなあ。
テンションの安定しない人だ。
――『我、この島を新たな魔国と定めり。もはやこの島はただの島ではない。子の島こそが新しい魔国。そしてその主となった私こそが魔王。魔族の存続を、この私が背負うのだ!!』
ところがどっこい、この頃本土ではノーライフキングの難から逃れた魔族の方々が遷都を行い、本来の魔国を存続させていた。
後世に立ってこそわかる歴史の俯瞰。
「こうしてゼーゼール様は、魔島の発展に本腰入れていくのじゃな。ここから魔島の輝かしい歴史が始まる! ゼーゼール様は慈悲深い主として、島民から慕われるのじゃ!!」
――『入植四ヶ月目。私の方針に批判的な連中をまとめて島の西側に追いやった。あっちは日差しも悪く住みづらいことだろう。私に逆らったことを悔いるといいのだ!』
……。
「……えー」
アゼルさんもこれにはドン引きのご様子。
仕方ないですって!
偉人といえども、いついかなる時も聖人君子とはいかない! 後ろ暗いことの一つや二つあってこそ大事が為せるというか!
「ヒトの日記なんてまじまじ見るものではなかったのう……。うわ、奥さんの作った夕食の文句が書き連ねてある」
よしアゼルさん、この辺にしておきましょう!
魔島に関する歴史的資料が潤沢なのはわかりました!
次はこれを元にし、魔島の歴史をアピールするための最重要資料を作りましょう!
「最重要資料!? それはやはり歴史書とか?」
否! ノンノノン!
歴史書ではなく……。
歴史小説です!!
「歴史小説!?」
そう、お堅い形ではなく読み物として面白い!
その方がお客さんだって寄ってくれますからね!
さらに小説なら登場人物が出てくるのでキャラ人気も狙える。歴史上の人物に好感を持ってくれれば、それを目当てに現地へ訪れてくれるという算段ですよ!
やはり主人公は初代島主のゼーゼールさんとしておいて……。
彼が送った人生。その小説より奇なりな波乱万丈を一部脚色を加えて整えなおし、壮大な物語とする。
手に汗握るアクション、魅力的なキャラクター、切ない人間関係、緻密な伏線、そして大迫力のスケール。
それらを詰め込んで一大傑作として世に出すんだ!
タイトルは『ゼーゼールが行く』『坂の上のゼーゼール』『燃えよゼーゼール』『暴れん坊ゼーゼール』『ゼ―セール犯科帳』などどうでしょうか?
「むう、なんだかわからんが、どれもいいタイトルな気もするのう。だが、それより気になることがあるんじゃが、いいか?」
はい、なんでしょう?
「その歴史小説とやらは、誰が書くんじゃ?」
……うん。
誰が書くんでしょうね。
「ジュニアくんが書いてくれるのか? 言い出しっぺじゃし」
まさかまさか。
僕には文才なんてありませんし、それに修行の旅を続けないといけませんから執筆作業をしている暇なんてとてもとても。
だって小説一冊なんて、それこそ何年もかけてやるものでしょう?
続刊を待って早や数年……などというタイトルが果たしてどれだけあるものか。
って何の話だ?
……。
「…………」
ま、まあ書き手は追々探していけば。
農場に帰れば、父さん母さんの人脈を頼りにきっといい人を紹介してくれるだろうし。
一つ見通しが立ったところで、次の手も考えていかなきゃですよね。
「次の手?」
島おこしの方策が一つだけじゃ寂しいですからね。
リスク分散も兼ねて二の矢三の矢を用意しておくべきかと。
結局何だかノリノリになっている僕である。