軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1378 ジュニアの冒険:平和の風景

傭兵グレイシルバ。

それは、戦時を経験した者にとっては戦慄の名前。

人間国に所属しながら特定の主君を持たず、依頼と報酬によってのみ動く傭兵。

しかしながら戦況を見抜く洞察、瞬時の判断、必ずや敵に多大の損害を与える行動力どれをとっても一級で、敵対する魔王軍を悩ませ続けた。

『もしグレイシルバに自由に使える十軍でもあれば、魔王軍は彼によって滅ぼされていただろう』とまで言われる。

もはや伝説となった戦争の英雄、それがグレイシルバさんであった!!

……と伝え聞いている。

僕にとって戦争なんて生まれる前の話だからな。

ならば何故こんなに詳しく知っているのかというと、それは昔のこと、グレイシルバさんが農場で過ごしていた時期があったからだ。

あの頃、あどけない幼児でしかなかった僕は『なんか知らないおじさんがまた来てるなー』程度にしか思わなかったけれど。

でもグレイシルバさんが農場にいたのはほんの短い間で、気づいた時には去っていなくなっていた。

その後どこにいたのかまったく不明だったが、まさかこんなところにおられたとは!!

「久しぶりだなあジュニア。昔はオフクロさんに連れられてヨチヨチしてたお前さんが、今や自分一人でコーヒーを飲みにくるなんて、時間が経ったものだ」

……はッ!?

言われて気づいて……なんかドンドン記憶が甦ってきたぞ。

そうだ、僕はここに来たことがある。

幼い日に母さんの連れられて、この喫茶店にやってきて……!

母さんがケーキとレモンティーを楽しむ傍ら、僕自身はメロンソーダのキラキラした輝きにときめいていた!

そうだ! 僕はここに来たことがある!

懐かしいと思うのも当たり前だ。

あのカウベルも、カウンターの木材の温かみのある木目も、天井でクルクル変わるプロペラも……。

全部見覚えがある。

ここは僕にとって、魂の故郷のように懐かしい場所だ!!

「懐かしがってくれてありがとう。その割には随分長く来てくれなかったもんだなぁ」

うぐぅッ!?

なんか……すみません……!

物心つくようになってから両親が全然連れてきてくれなくて……!

「まあ、農場とここじゃ物理的に死ぬほど離れてるんだから仕方ないな。恨みっぽく聞こえてしまったらすまんね」

いいえ! そのようなことは!

「ジュニアくんも勉強や遊びに忙しかったんだろう。実を言うとお前さんのご両親はちょくちょく来てくれてたぞ。オヤジさんはコーヒー、オフクロさんは紅茶をな」

なにぃいいいいいいいッ!?

僕に黙って、こんないい店を利用していたなんて! ズルい!

「親にも一人で物思いにふけりたい時だってあるさ。お前さんも大人になったからにはわかってやりな」

と言いつつグレイシルバさんは僕のカップにミルクを注ぎ続ける。

ストップ! ちょっとストップ!!

「ははははは悪い悪い。でもこれぐらい薄めたなら坊やの口にも合うだろうさ。せっかくオレが丹精込めて淹れたコーヒーを、不味く飲まれるのは悲しいからな」

うぐ……ッ!?

そうだな、このコーヒーもグレイシルバさんが心を込めて淹れてくれた一杯。

それをしかめっ面で飲まれたら淹れた側だっていい気はしまい……。

でもグレイシルバさんは、魔都で喫茶店のマスターをしてたんですね!

農場から去って何をしてるんだろうと思ってたんですが……。

「退役兵には穏やかすぎる暮らしをさせてもらっているよ。これも聖者様が新しい生き場を与えてくださったお陰だ。あの人には本当に足を向けて寝られん」

そうか……!

グレイシルバさんは農場で過ごしていた時、何か一生懸命勉強したり練習していたりしたが……。

喫茶店のマスターになるためだったんですか!?

「その通り、いやあの歳になって一から勉強するのは大変だったが、これからの人生が懸かっているから必死になれたよ。……ラテアートはいまだに苦手だがな」

グレイシルバさんはなんか表面に禍々しげな模様が浮かんだコーヒーを新たにこちらに差し出してきた。

僕は警戒心が前回になった。

「……あの、これは?」

「サービスだ。お客さんのコーヒーに勝手にミルクを入れたお詫びってことで。甘さ控えめのカフェラテだから、苦味になれるならここからがちょうどいいぜ」

ありがとうございます。

先のコーヒーはもう飲み干しちゃった。ミルクの配分が絶妙で凄く飲みやすかったし、このカフェラテも美味しそうだ。

表面に浮かんだ模様は禍々しいけれど。

でも、ここを訪ねてやっと昔のあれやこれやに辻褄が合いました。

ウチの父さんは、世界に貢献してくれたグレイシルバさんのために、穏やかな引退生活を送れるように。

この喫茶店を用意したんですね!

そして農場で即業訓練を施し、ここでやっていけるように取り計らったと!

「いや、違うよ」

えッ?

「順序が逆ってことだ。オレのために喫茶店を作ったんじゃなくて。喫茶店を作って、そのマスターがいるからオレが選ばれたってことだな」

えええええええええええええええッッ!?

ではウチの父さんは何のために喫茶店を作ったんですか!?

「作りたかったから?」

そうだった。

ウチの父さんそういう人だった。

何より先に創作欲から発進するんだった!!

「それでもオレは選んでもらって死ぬほど助かったがな。もしそうでなかったら、オレは今頃どこかで野垂れ死んでいたろう。戦前も戦後も恨みを多く買ってきたからな。そういうのを抜きにしてもオレは、この場所を気に入ってる」

とグレイシルバさんは周囲に視線を向けた。

喫茶店は大繁盛で満席。

家族連れも来ているのか賑やかで、ガヤガヤと喧騒が際立っている。

「喫茶店では静かにすべきだっていうヤツもいるしそれもわかるがな。オレは多少賑やかな方が好きだよ。こんな和気藹々とした音は、戦場にはなかったからな、こういう音や、子どもらの笑顔を見ていると平和だって実感できる」

おお……。

「それを毎日カウンター越しに見れるんだから、こんなに恵まれた仕事はない。改めて聖者様に感謝だな」

父さん、グレイシルバさんのこんな気持ちを聞かせるために、ここへ来ることを勧めたのかな。

彼の、戦いを乗り越えてきた人間の言葉は、父さんの後継者として大きく血肉になるからと。

「いや……ただ単にオススメの店を紹介したかっただけでは」

でしょうね。

ウチの父さんが、そんなに深く考えるわけはない。

僕としては、今日の来店でブラックコーヒーを飲めるようになって人間的に成長したかったんだが……。

「やめとけやめとけ。苦いコーヒー飲むだけで人間的に成長できるんなら苦労はねえ」

苦笑いしながらグレイシルバさんが言う。

「どのコーヒーを飲むかなんてただの趣向さ。それで人の価値が変わるわけじゃねえ。クリームソーダに目を輝かせていたあの頃の自分を忘れちゃいけねえぜ」

そ、その頃の話はいいじゃないですか!?

「三杯目はクリームソーダにしておくかい。これもオレの奢りにしておくぜ」

そんなッ!?

いや、今度こそ大人のブラックコーヒーを……!

そんなことを考えていたら、ドアベルが鳴った。

「いらっしゃいませー」

「予約していたノリトですけど」

ノリトッッ!?

アイツもこの店に!? しかも予約までして!

店員に案内されてよりにもよって僕の隣の席に座った!

しかもアイツ、疲れ気味なのか隣にいる実兄に気づく様子もない!?

グレイシルバさんは面白がって気づかないふりをしているようで……。

「よう御曹司その二。今日は調子悪そうだな」

「またオフクロにどやされてよ。まったくオヤジからのノされたのに最近悪いこと続きだよ」

「生きてりゃそういう時期もあるさ。そんな現実を一時忘れるにもコーヒーは役に立つ。それでご注文は?」

「エスプレッソ」

えすぷれっそ!?

衛須斧烈祖!?

それはなんだ!? コーヒーの一種なのか!?

「あんまり濃すぎるのはお勧めしないぜ。胃が荒れるぞ?」

「この頭のモヤモヤをスッキリするには濃厚なカフェインが必要なんだよ! お願いします!!」

グレイシルバさんはやれやれといった表情で奥に引っ込む。

ややあって戻ってきた彼の手には小さいカップがあった。

普通のカップの半分しかなさそうだ。

あんな少量のカップに何があると……、いや。

見てわかった。

アレは恐らく、濃縮されたコーヒーだ。

普通のコーヒーの数倍濃くなっているからその分量も少ないんだ。

ノリトは、そのエスプレッソとやらを手渡されて、すぐさま……。

「いただきまーす!」

と一気飲みした!?

「ぷっはぁー! この濃さこの苦味よ! 脳が活性化するぅー!」

「お前その飲み方は絶対間違えてるから若いうちからやめとけよ」

……。

僕はブラックコーヒーも飲めずにヒグヒグしているというのに。

ノリトはその数倍苦そうなものをあんなにアッサリと……!

「また兄のプライドを傷つけて!」

「えッ!? 兄貴いたの!? っていうか何走り去ってるの、食い逃げにならないの!? まさか代金オレに払わせようとしてない!?」

今はとにかくどこでもいいから走り出したかった。