作品タイトル不明
1126 市民の反応2:聖者への執着
私はリュゴマイテス。
人呼んで煌塵のリュゴマイテスとも言われていた。
黒歴史とかそういうのじゃないぞ。
そう呼ばれていたのは我が前職、魔王軍人であった頃の話だ。
階級佐官でそれなりに実力があった私は、前線で活躍し部下同僚からも頼りとされていた。
無論、魔王軍の頂点に立つ四天王の方々やその補佐官殿らには比べようもなかったが、それでも当時はそれなりに今をときめいていたものだ。
そんな私が、その後の進路を一変させる出来事に出会ったのがもう何年前のことだったか……。
しかし出来事自体は覚えている。
それほどに衝撃的で、体の隅々まで覚えているものだから。
あの日、私は竜に出会った。
世界二大災厄と恐れられるドラゴンにだ。
生まれて初めて直に見たドラゴンは、それまで私が出会ったどんなものよりも凄まじく、一目見てわかった。
コイツは、人類がどんなことをしても追随することすらできない強大なパワーの持ち主だということを。
人にとって最大の恐怖はみずからの想像の中にある……という話があったが、目の前のアイツは、私が空想するどんな恐ろしいものよりもなお恐ろしい。
つまり人智を超えたシロモノだということだった。
あの時受けた衝撃、全身に張り詰めた恐怖を私は一生忘れることがないであろう。
しかし、真の驚愕はその後にあった。
ドラゴンはいともたやすく人類の言葉を操り言った。
――『我が主は聖者。聖者の敵になる者はこのおれの敵になるであろう』と。
こんなにも恐ろしいドラゴンを従え、使い走りのように駆り出す者がいるだと!?
聖者。
一体何者なんだ!?
その日から私の脳内には常に、聖者への興味と、知りたいという望みが占めるようになっていった。
そこから少しの時が経って、戦争が終わった。
我らが君主、魔王様による電撃的な首都強襲作戦が成功し、一気に敵首脳部を制圧して勝利をもぎ取ったのだ。
あまりに唐突すぎて味方側の私たちですら『は?』となるほどだった。
とにかくも戦争が終わったので、我ら軍人もいくらかお役目が終了となる。
私はいち早く退役願を出して軍から去った。
平和が訪れ、これから軍縮の流れになるのはわかっていたので先駆けてその流れに乗ろうと思ったのだ。
軍部からは惜しまれ慰留を受けたが。
有難いことだがそれでも私の決意は揺るがなかった。
戦う相手のいなくなった魔王軍に残ってもできることは少ない。
それよりも私は、私の中で新たに熾った願望を追い求めることを優先した。
聖者とは何か?
その答えを追い求めることだ。
軍籍にいた頃の貯蓄に、退役してから支払われる年金と、実家からの援助を合わせれば当分好きに過ごすことができる。
この時間を使い、私なりに調査を進めてみることにした。
聖者が何者で、どこに住まい、そして何を目的とした存在なのか?
あわよくば直接本人の下へとたどり着いて、その尊顔を拝したくもあった。
しかし私のような一凡人がそう簡単に調べあげられるほど甘い存在でもなかった聖者は。
私にできることと言えば、世界に断片的に散らばる情報を収集し、組み上げて分析し、聖者と関係があるかどうかを判断することぐらいだ。
私がこれまで集めた情報で主だったものと言えば……。
・獣人サテュロス族のピンチを聖者が救う?
・オークボ城主催者に聖者がいた?
・人魚族の武を競う祭りに聖者出場?
・旧魔都に住まうノーライフキングを聖者が殲滅?
・魔国で久々開催された博覧会の運営人に聖者が?
・山奥にある保養施設、温泉宿は聖者が建設した?
・滅びかけたエルフの森を聖者が復活させた?
・新人魚王の結婚式に聖者参列?
・人間国での若者の集団失踪に聖者の影?
・ドワーフ鍛冶王国の上客の中に聖者の姿が?
・魔島との和解を取り持ったのは聖者?
・パンデモニウム商会と聖者の謎の繋がり?
・聖者が各地で豆を押し売りする?
・最近、街に出没した聖者が枯れ地に泉を湧き出させた?
・聖者が牧場を復活させた?
・聖者はクマ?
こんなところだろうか。
すべてにおいて『?』がつくのは忸怩たるところだが、それが個人調査の限界か。
それでもかなり精力的に動いた方だと自画自賛しているのだが。
時間と財力が許せば現地にまで行って、直接目撃者に話を聞くなどもしてきた。
私の調査を総合するに、傾向に違いがあれども概ねいずれの目撃談も聖者は世のため人のためによかれと思ったことを働いている模様。
それにどう見ても魔国及び人魚国などの大国上層部と繋がりを匂わせている。
やはり聖者は偉大な存在。
国の長ですらも……いや首脳であるからこそ聖者の顔色を窺わないといけないということか……!?
さらに各地の目撃情報を総合して聖者の外見的な特徴を仮組してみたりもした。
それによるとまず年齢。
恐らくは十台から二十代、また三十代から四十代、あるいは五十代から六十代を思わせる外見と推測される。
一説によると死体のように干からびた外見であることもあるようで、その場合だととんでもない老齢であるかもしれない。
要するに真実定かでないということだった。
さらに能力面においては間違いなく超絶的で、各地に伝わる奇跡のスケールは伝え聞くだけでも壮大だ。
そもそもエルフの森を復活させたなどという逸話はどこから出てきたのか?
自然すら操る聖者の絶対性を改めて思い知るより他ない。
そんなこんななことをつらつら調べていくごとに情報量は増えていき、ある時戯れにそれらをまとめた本を出版してみることにした。
『大研究! 聖者の秘密』と題して上梓されたその書籍は意外なことにも大ヒットを記録した。
好評を博したがゆえに続編も求められ、十五巻までシリーズを重ねてしまった。
お陰でまとまった金銭も流れ込んできて生活も安定している。
その分聖者研究に打ち込むことができる。
それでも核心的なことは何もわからずに虚しい日々を送った。
しかしある時に実に興味深い情報が舞い込んできた。
――開拓地に聖者現る!!
最近魔族と人族が共同で進めている政策に、聖者が関わっているとは。
またいつもの気紛れなのか!?
しかしながらこれまでの目撃報告とは決定的に違う点があった。
聖者みずからが現地に留まり、開拓作業の指揮を執っているというのだ。
今までであれば聖者は風のように現れ、即座に去ってしまうために、その姿は捉えようがなかった。
そもそも噂が伝わってくる頃には全部が終わったあとなので、それから現地へ飛んで行っても聖者がいたためしがないのだ。
しかし今回の報告は違う。
現在進行形をもって聖者がまだそこに“いる”のだ!
これこそ千載一遇のチャンスというもの。
すぐさま私は開拓地と向かおうとした。馬車の手配をしなければ。
しかしそこに待ったが入る。
それは『大研究! 聖者の秘密』の出版で提携している編集者からだった。
「待ってください! 作家みずから向かうには危険すぎる土地ではありますまいか!?」
何を言っている?
私はこれまでも全国津々浦々を取材のために回ってきたのだ。まして前職の魔王軍時代には戦場というもっとも危険な場所で過ごしていた。
旅慣れないお嬢様じゃあるまいし、今頃行って危険な場所がどれほどあるというのか?
ダンジョンからだって生還する自信があるぞ私は。
「そ、そうは申されますがアナタは、新刊を出せば必ず売れるベストセラーメーカー! そんな大事な方を法整備もされていない土地へ行かせて万が一があっては……!」
金の卵を産む鶏を逃がしてなるかということ?
それが本音かまったく!
生憎と私は金のために聖者研究本を出版しているわけではない。
すべては聖者という最終的真理に辿りつくため。
そのためならば危険も厭わぬ、命だって惜しまぬ所存!
「ですが……開拓地は現在、力仕事が多いためにほぼ男ばかり。そんな中で女性のアナタが向かうというのは……!?」
なんだ?
私が女で悪いというのか?
フン、開拓地で女に飢えたオオカミどもが私に無礼を働くと?
二重に失礼な話だな。
細かいことなどどうでもいい、私は聖者に会いに行くのだ!!
ということで着々と出発に向けて旅の準備をしていると……。
また編集者が何事か告げにやってきた。
「お待ちください! その出発待ってください! 今、新しい情報が届きました!!」
なんだと?
また私を引き留めるためのデマゴーグではあるまいな?
見るからにくだらなそうだから聞く時間も惜しいのだけれど、まあいい、言ってみなさい。
「来週、魔王城にて緊急式典が開かれるとのことです! そしてそこで聖者が現れるとのこと!」
はぁッッ!?
聖者が現れる!? どうして!?
今まで謎の中の謎という存在だったのに、いきなりそんな衆目の前に姿を現すというのか!?
こういしてはいられない、ならば今すぐその式典に出席しなければ。
開拓地に行ってる場合じゃねえ!
いや、式典を見学してみてあるものがなければ、やっぱり開拓地へ行くがな!!