作品タイトル不明
『剣聖リアムと呪縛の呼び声』- 5
焚火の爆ぜる音が、夜の静寂に吸い込まれていく。
僕は、ぽつり、ぽつりと、澱のように溜まっていた過去を吐き出した。
「……二年ほど前の話です」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
士官学校、最後の夏。
僕たちの班は優秀だった。けれど、一番ではなかった。
いつもジャレッドの班の後塵を拝していた。
だから、焦っていたんだと思う。
課題のゴブリン掃討は終わっていた。帰還すれば、また「二番」の成績がつくだけだった。
「……帰ろう、リアム。十分だろ」
仲間のマルクが言った。
僕は首を振った。
「足跡がある。この先に巣があるはずだ。……放置すれば、近くの村に被害が出るかもしれない」
嘘ではなかった。正論だった。
けれど、僕を突き動かしていたのは正義感じゃない。
ここで大物を狩れば、一番になれる。ただの功名心だ。
巣の探索は、拍子抜けするほど順調だった。
僕の剣は冴えていた。【剣聖】のスキル。神に愛された才能。
仲間たちの称賛が、僕の目を曇らせた。自分は無敵だと、錯覚した。
最深部に、そいつはいた。
牙が、血のように赤いゴブリン。『赤牙』。教本の中だけの存在だと思っていた。
仲間たちが動揺する。僕は叫んだ。
「僕が引き受ける! お前たちは下がって援護を!」
怖かった。でも、退くという選択肢は僕のプライドが許さなかった。
僕はスキルを発動させた。身体能力が跳ね上がる。
死闘だった。骨が軋み、肉が裂けた。
それでも、僕は勝った。赤牙の首を落とした時、僕は確信した。
僕は本物だ、と。
足を引きずりながら、仲間たちの元へ戻った。
「やったぞ」と、そう言うつもりだった。
―――そこには、赤と黒しかなかった。仲間たちは全員、地面に転がされていた。
死んではいない。ただ、手足の腱を正確に切断され、芋虫のようにのたうち回っていた。
その中心に、夜そのもののような男が立っていた。
黒曜石の肌。銀の髪。おとぎ話の中の怪物。ダークエルフ。
男は僕を見ると、心底残念そうに溜息をついた。
「……なんだ。壊れてしまったか」
彼は、足元で呻くマルクの頭を、無造作に踏みつけた。
「剣聖をおびき出すための餌だったのだが。……壊してしまったのなら、仕方がない」
グシャリ、と。
濡れた雑巾を絞るような音がした。
マルクの首が、ありえない方向に曲がっていた。その目は、虚空を見つめたまま、動かない。
「……あ」
僕の喉から、空気が漏れた。
「虫けらは脆いな。加減が難しい」
男は、汚いものを見るようにブーツを振った。
「貴様ぁあああああああっ!」
僕は駆けた。
ありったけの魔力を切っ先に乗せる。刀身が眩いほどの白光を帯びた。
魔を滅する聖なる光。【剣聖】だけが使える、必殺の一撃。
男は、動かないように見えた。
ただ棒立ちで、僕の剣が喉元に迫るのを待っているように見えた。
――当たった。
そう確信した瞬間だった。
フッ、と。
世界がコマ送りになったように感じた。
男の銀髪が、ふわりと揺れる。
彼の上体が、紙一重で後ろに流れていた。
防御でも、受け流しでもない。
完全な、回避。
ズドンッ!!
僕の剣は、男の鼻先を掠め、虚しく地面を叩いた。
爆音と共に岩盤が砕け、光の余波が地面を焦がす。
「……ッ」
土煙の向こう。
男は、数歩下がった位置に立っていた。
その顔から、先ほどまでの薄ら笑いが消えていた。
彼は、頬に一筋だけついた赤い傷――僕の剣圧がつけた些細な傷を、指先で拭った。
「……聖属性か」
男の低い声が漏れる。
彼は、僕ではなく、僕の手にある「光る剣」を凝視していた。
次の瞬間、男の姿が掻き消えた。
パキン。
硬質な音が響く。僕の視界の中で、光る剣が、根本から砕け散っていた。
男が、踏み砕いたのだ。僕の身体ごと、剣を。
「……が、ぁ……」
みぞおちに衝撃が走り、呼吸が止まる。
男は、粉々になった剣の残骸を、執拗なまでにブーツの踵で擦り潰した。
「……不愉快な光だ」
男は、再びいつもの退屈そうな表情を貼り付けた。
「剣聖というから期待したが……当てなければ、ただの棒きれだな」
男はそう呟くと、残りの仲間たちに歩み寄った。
一人、また一人。
悲鳴が上がり、そして唐突に途絶える。
僕はそれを見ていた。見ていることしか、できなかった。
静寂が戻った時、生きているのは僕だけだった。男が、僕の髪を掴んで引き上げる。
僕は、許しを乞うた。鼻水を垂らし、涙を流し、無様に命乞いをした。
男は、愉快そうに笑った。だが、その目は笑っていなかった。僕の喉元を、品定めするように見ている。
「……殺す価値もない」
彼は僕をゴミのように投げ捨てた。
「生きろ、虫けら。その剣を折られた恐怖を抱えて、私の影に怯え続けるがいい」
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話し終えた後も、身体の震えが止まらなかった。
カインは、薪を一本、火にくべた。
パチリ、と火の粉が舞う。
「……そうか」
カインはそれだけ言った。
慰めも、軽蔑もなかった。ただ事実を受け入れただけの声。
「……だから、無理なんです」
僕は膝に顔を埋めた。
「僕にはもう、剣を握る資格なんてない。【剣聖】なんて、ただの呪いだ。僕から全てを奪った……」
「リアム」
カインの静かな声が、夜気に溶ける。
「才能なんてものは、結果論だ。あるとかないとか、そんなものは後からついてくる飾りに過ぎない」
「……え?」
「大事なのは、何のために剣を振るうかだ。……俺は、あいつらを守りたかった。理由があったから、ここまで立っていられた」
カインは焚火越しに僕を見た。
「お前には今、振るうための理由がないだけだ」
「理由……。僕には、もう何も……」
「なら、俺の理由に乗っかれ」
カインは短く言った。
「しばらく、この村にいろ。俺の手伝いをしろ。……いいな?」
僕は呆然とカインを見つめた。
彼は立ち上がり、僕の腰にある、今はただの飾りになっている剣を指さした。
「……それとな、リアム」
カインは、微かに笑った気がした。
「お前のその剣は、まだ折れていないように見えるがな」
僕は、自分の剣を見た。鞘に収まったままの、錆びつきかけた剣。
でも、確かにそれは、まだそこにあった。