軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

『剣聖リアムと呪縛の呼び声』- 10

魔族が塵となって消えた後も、安息は訪れなかった。

隣村からの生き残りがもたらした、「オークとダークエルフによる壊滅」の報せ。

翌日から、着の身着のままの避難民が、雪崩を打って村へ押し寄せたからだ。

その夜。村の集会場は、重苦しい空気に包まれていた。

議題は一つ。押し寄せる避難民を、受け入れるか否か。

「……無理だ。俺たちの備蓄じゃ、全員共倒れになる!」

「だが、見捨てるのか!?」

怒号が飛び交う中、僕は静かに手を挙げた。

「受け入れましょう。食料の問題も、オークの脅威も、僕に策があります」

男の一人が、苛立ちを隠さずに吐き捨てた。

「また若造の机上の空論か?リーダーを失ったオークは散り散りになって襲ってくる。いつどこから来るかも分からねえ奴らを、どうやって狩るってんだ!」

「だから、集めるんです」

僕は淡々と答えた。

「森の地形を利用した『殺し 間(キルゾーン) 』を作り、そこへ奴らを誘き寄せて、一網打尽にします」

「誘き寄せるだと? 誰がやるんだ! 腹を空かせたオークの群れの前に、誰が立つって言うんだよ!」

男の怒声が響く。当然の反応だ。

命を懸ける根拠もなしに、人は動かない。

「僕がやります」

その場が、静まり返った。

「……は?」

「僕が適任だ。奴らの習性は把握している。僕が前衛で注意を引きつけ、誘導路へ引き込みます。あなたたちは、安全な高台から、僕の合図に合わせて岩を落とし、矢を射るだけでいい」

僕は、震えそうになる膝を机の下で押さえつけ、男たちの目を真っ直ぐに見据えた。

「僕の計算では、生存率は八〇パーセントです。……ただ座って飢え死にするよりは、分が良い賭けでしょう?」

男たちは、言葉を失っていた。

そこにいたのは、かつての「偽剣聖」と揶揄された臆病な少年ではなかった。

村の未来のために、自らの命を計算盤の上に置ける、冷徹な軍師の姿だった。

「……おい、若造」

さきほど怒鳴っていた男が、低い声で尋ねた。

「なんでそこまで、この村のために身体を張る? お前は、元はと言えばただの流れ者だろうが」

「……恩を返したいんです。行くあてのなかった僕を拾ってくれた、この村に。……ただ、それだけです」

その言葉に、男はバツが悪そうに視線を逸らした。

重苦しい沈黙。

やがて、男は大きなため息をつくと、ガタリと椅子を鳴らして立ち上がった。

「……ふん、いいだろう」

「え?」

「だが、俺も同行させてもらうぜ。若者に先立たれちゃ、寝覚めが悪くてかなわねえ」

ぶっきらぼうな、しかし温かいその言葉に、僕の胸が熱くなった。

その時だった。

僕のもう片方の隣に、ぬっと大きな影が並んだ。

「……八〇パーセント? 随分と低い見積もりだな、参謀殿」

カインだった。

彼はニカっと笑うと、僕の肩をバシッと叩いた。

「俺も行く。俺が隣にいれば、生存率は一〇〇パーセントだ。……そうだろ?」

その言葉に、僕は目を見開いた。

カインだけではない。

「おいおい、団長だけカッコつけんじゃねえよ!」

一人の若者が立ち上がった。

「俺も前衛に出るぜ! そしたら一二〇パーセントだろ!」

「じゃあ俺もだ! これで二〇〇パーセントだな!」

「いや、お前がいたら足手まといで下がるだろ」

「なんでだよ!」

ドッと、会場に笑いが起きた。

さっきまでの重苦しい空気は、もうどこにもなかった。あるのは、頼もしい仲間たちの熱気だけ。

「……はは。計算が、狂っちゃいますね」

僕は、滲んでくる涙を隠すように、苦笑した。

孤独な計算など、もう必要なかった。ここには、計算不可能な「信頼」という力があるのだから。

――こうして、北の開拓村は生まれ変わった。

オークの脅威を排除し、その肉を糧とし、避難民を新たな労働力として取り込んだ村は、やがて鉄壁の『砦』へと変貌を遂げていくことになる。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

それから、数週間後。

遠く離れた、王都の東門。

門番のヨハンが朝の掃除をしていると、見覚えのある青年が、書類を抱えて通りかかった。

かつて、老学者アルバスの旅立ちを見送った青年、エリオットだ。彼は今や、王立図書館の副書庫長を務めている。

「……おや。ヨハンさん、おはようございます」

「おお、エリオット殿。精が出ますな」

エリオットは足を止めると、ふと思い出したように微笑んだ。

「そういえばヨハンさん、ギルドで興味深い報告書を目にしましてね。……北の開拓村の話なのですが」

「ほう。北、ですか」

「ええ。なんでも、出現した下級魔族を、村の自衛団だけで撃退したとか」

エリオットは、抱えていた書類の束を愛おしそうにポンと叩いた。

「報告書には、こうありましたよ。村長のカインという男の武勇と、『リアム』という若い軍師の知略が、村を救った、と」

ヨハンの箒を動かす手が、ぴたりと止まった。

「……軍師、ですか」

「ええ。かつては『偽剣聖』なんて不名誉な呼び名もありましたが……どうやら彼、ようやく見つけたようですね。自分だけの、剣の振り方を」

エリオットは、遠い北の空に想いを馳せるように、目を細めた。

「今ではその村長と共に『北の双璧』なんて呼ばれて、近隣の村々からも頼りにされているそうですよ」

そう静かに語ると、エリオットは満足そうに一礼し、業務へと戻っていった。

一人残されたヨハンは、北の空を見上げた。

臆病だった少年が、自らの頭脳という武器を見つけ、背中を預けられる仲間と共に居場所を守る英雄となった。

その確かな成長に、ヨハンは静かに目を細める。

その時、脳裏に澄んだ音が響いた。

《ピーン!》

《対象者リアムの旅路に一つの結末を観測。経験値を【獲得】しました》

《スキル【見送る者】のレベルが60に上がりました》

《新たな能力『見送った者が指揮を執る際、その集団の生存率がほんの少しだけ高まる』を【獲得】しました》

《―――臆病な魂が、守るための知恵へと昇華したことを観測》

《レベル60到達ボーナスとして、能力【遠見の目(自身の視力を一時的に強化し、遠くを見渡せる)】を【獲得】しました》

ヨハンは、湧き上がる力の奔流を、静かに受け入れた。

彼らが築く北の砦。それはやがて来るであろう、巨大な厄災に対する、人類最初の防波堤となるだろう。

ヨハンは北の空へ、短く祈りを捧げた。

また一人、雛鳥が巨鳥となって、空へ羽ばたいたのだ。