軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

宰相息女 ベルナルデッタ・メリカントの場合(中)

幼い頃から、人と話すと不思議な感じがしていた。

それが“違和感”というものな事が分かり、その理由も徐々に理解していった。

と言っても、それを理解するまでに、何度も失敗を繰り返した。

5才の時に出来た弟に、色々教えてやってくれと言われたので、ベルナルデッタが3才の時に気に入っていた本を読んで聞かせてみたら弟は泣きじゃくり、新しい母が出てきて「何て嫌味な子なの!」とベルナルデッタを罵った。

その後も何度か試みてみたが、サウリはベルナルデッタの言葉に目を白黒させるだけで、そのうちベルナルデッタを見るだけで顔をしかめる様になった。

更にベルナルデッタには婚約者がいた。

爵位は下になるが歴史のある伯爵家の二男で、3つ年上の彼と会わされたのは7才の時だ。既に初等部に通っているという年上の婚約者が眩しく、一生懸命話したらひと月ともたずしてあちらから破談の申し入れがあった。

その頃になって、ベルナルデッタは理解してきた。

他者との会話の違和感の正体に。

なぜ皆、答えが分かりきった事を分からない様に話しているのか。

なぜ同世代の子供は一度言われた事を理解できないのか。

なぜ新人の使用人は、一度で物を覚えられないのか。

ベルナルデッタは、聡明であった。

故に、自らが異質である事を悟った。

ベルナルデッタは、一度読めば大体の本の内容は理解出来たし、家庭教師の先生からの指摘も一度で実践出来た。貴族としての立ち居振る舞いも物心ついた頃には身に付いていたし、文字も計算もすぐに覚えたし、政治経済の話にも興味がある。

聡明だったベルナルデッタは、その事が他者へ不快感を与える事も分かった。と言っても、すでにその時点で弟にも継母にも婚約者だった者にも多大な損害を与えた後だったのだが。

それでも聡明なベルナルデッタは、分かりきった話にも相槌を打ってみたり、一度で覚えられない相手に対しても同じの様に振舞う努力はした。

たまに父親が夜に書斎で仕事をしている時、少しだけ仕事の話などをしてくれた。

その時だけは、そういった制限をしなくても良いのでベルナルデッタにとっては至福の時間と言えた。

しかしそれも長くは無かった。

「今日からは、ベルナルデッタは書斎に出入りをしない様に」

父はサウリへ後継者教育を施すと言い、父親との夜のひと時はサウリの物になった。

「お前はいずれ他家に嫁ぐのだから、政治の話ばかりに興味を持たずに、夫を立て家を継ぐ弟を立てる様に振舞いなさい」

その日から、ベルナルデッタの話を理解出来る者はいなくなった。

それでも勉強する事は、知識を吸収する事はベルナルデッタにとっては喜びであったので、それからはこっそりと勉強をする様にし、学園での試験も中の上くらいの順位を狙う様にした。

そうやって自制をしてきたベルナルデッタだったが、だからと言って家での待遇が良くなるわけではなかった。

サウリが学園へ入学し、試験で良い成績を取るたびに継母は過去のうっ憤を晴らすかの様にベルナルデッタを叱ったし、サウリも小さい頃の記憶は薄れた様で「姉上ももっとがんばってください」と言った。

それに困ったような笑顔を張り付け、ごめんなさいと言うのがベルナルデッタの役割だ。

家では終始その状態なので、学園内でまで無為な会話をする気になれず、ベルナルデッタの口数は減り、同級生たちとの交流も減ったのでなかなか新しい婚約者も出来ずにそれも父に責められた。

陰鬱とした学園生活に光が差したのは、一年年下のセラフィーナの存在だった。

初等部入学時には既に第一王子の婚約者(当時はまだ王太子に決まっていなかった)だった彼女は、図書館にこもりがちなベルナルデッタに話しかけてくれた。

その時、ベルナルデッタは同世代でようやくまともな会話が出来る相手に出会った。彼女にとって正しく、運命の出会いであった。

セラフィーナは聡明であった。

知識量ではベルナルデッタに劣るものの、頭の回転が早く、すぐに吸収し柔軟に対応する力に長けていた。

メリカント家はセラフィーナのパーシヴァルタ家とは派閥が違う事は知っていたが、ベルナルデッタはセラフィーナが主催するサロンに参加する様になった。

その際に第一王子であるエーリクとも話す様になり、サンドラも紹介された。

エーリクもセラフィーナと同じく、会話が成り立つ人だった。

サンドラは知識に偏りがあるものの、生家が貿易業の為経済に強く、また新しい情報を積極的に取り込み、逆にベルナルデッタが疎い部類の知識を持っていた。

更に高等部に進むと、隣国からの留学生であるリュシアンとも知り合い、実際に現地に住んでいないと分からない他国の知識も得られる上に、彼の話は面白かった。

世の中には、ベルナルデッタと対等に話が出来る人はこんなにもいた。

もちろん、そうでない人が大勢いる事も分かっていた。分かっていたが、ベルナルデッタは油断をしてしまった。

「う~~~難しいですぅ」

アイニがメリカント家に来て一週間が経とうとしていた。

その日もベルナルデッタはアイニに対し簡単な作法を教えていた。

男爵家で使用人のような扱いを受けていたアイニだが、認知をされている事からいずれは貴族の政略結婚に使われる予定だった。その為最低限の礼儀作法と勉強は教わっていたそうなので、初等部後半あたりから学ばせる様にしていた。

家庭教師は別に付いており、礼儀作法も一応先生がいるものの基本はベルナルデッタが受け持つ事となった。同世代で同じ学園に通うのだから、というのが理由だ。

「違います、アイニさん。その場その場ではなく、全体の流れを記憶してから次にどうすればいいかを考えると覚えやすいですよ」

「そんな事言っても、覚えなきゃいけない事が多すぎてパニックですよぉ」

「姉上、そんな詰め込み学習じゃ覚えられないですよ」

同じ年という事で、やたらとアイニと仲良くなったらしいサウリもなぜか最近勉強時間に同席する様になった。

と言っても、こうやってアイニを甘やかす様な茶々ばかり入れてくるので、勉強がその度止まってしまうので本当は退席してほしいのがベルナルデッタの本心だ。

「そうですよ、こんな同じ様な名前の貴族の名前を紙で見るだけじゃ覚えきれません」

「でもそれは学園内に在籍している方のお家だけに絞ってますから、必ず覚えてないと困りますよ」

「ベルさんは全部覚えているんですか?」

「はい」

「と言っても、姉上は初等部の頃から徐々にじゃないか。アイニにこの期間で全て覚えろって言うのとは違うだろ」

「そうですけど、一か月もあれば覚えられませんか?」

その程度の貴族一覧はベルナルデッタであれば一晩で覚えられるが、普通はひと月位は掛かる事は分かっている。そう思って余裕を持って学習計画を組んだのに、全く予定通りにいかずベルナルデッタは戸惑っていた。

「僕はこの間の試験でも学年上位だけど、姉上だって別に学園の成績が良いわけじゃないじゃないか。自分に出来ない事を人に押し付けるなよ」

「え、そうなんですか? ベルさんってば成績良いんだと思ってました」

意外~と言うアイニの言葉に特に反論する気は起きなかった。例えベルナルデッタの学園での成績が悪かろうが、アイニよりは知っているし、アイニの先生をしろと侯爵から仰せつかっているのだ。

だがアイニは窓の外に視線を向ける。

「こんな紙の上だけで見たって全然頭に入んないです。ねぇ、外に行って実地で勉強しましょうよ! こっちに来て全然出掛けてないもの」

「いいね、それ。アイニは目で見て体験した方が覚えられるタイプっぽいし」

サウリに同意され、アイニはすっかりその気で立ち上がる。

「え……基礎も出来ていないのに、外に行っても何を得るというのですか……?」

どこに行く気なのか知らないが、アイニの作法と知識では今他の貴族に会わせるのはまずい。その為の半年間の勉強期間のはずだ。

だがサウリは振り返って父によく似た青い目をすがめてベルナルデッタを見た。

「それ。姉上よくそういう上から目線の言い方多いですよ。大して頭も良くないのに、そういうのどうかと思いますよ、本当に」

ベルナルデッタの頭を不可解が巡る。

なぜ分からない。聖女として、ゆくゆくは大聖堂の上位職に就く者が、今の田舎者丸出しの言動で街へ出ても恥をかくだけだと。そういった汚点は、いずれ誰かが蒸し返して将来の自分の足を引っ張るのに。

大体外に出ても何かを学べるほど基礎知識が無いだろうに。半年もあれば余裕のはずの学習計画が全然進んでいない程の有様で、この先どうするつもりなのだ。

ベルナルデッタが次から次へと出てくる疑問を喉で食い止めているとも知らず、アイニは可愛らしい顔でニコリと笑って最初にベルナルデッタが教えた貴族の礼をして見せた。

「大丈夫ですよ、ベルさん! こうでしょう?」

だからつい、口から出てしまった。

「どうしてそんな事も、出来ないのです?」

その日から、サウリはますますベルナルデッタを蔑む様な態度を取る様になり、アイニはサウリにべったりになりベルナルデッタの授業をたびたびすっぽかし、ベルナルデッタは父である侯爵からお叱りを受けた。

⁂⁂⁂⁂⁂

「私はアイニさんには避けられていますし、私もアイニさんとは何を話したらいいか分からないのです……。全て私の不出来の致すところなのです、申し訳ございません」

消沈した様子で謝罪を繰り返したベルナルデッタに、リュシアンは掛ける言葉がとっさに出なかった。

ベルナルデッタは、初めて会った時から物静かで、月の光を受けた様な銀髪はリュシアンの国では見ない色で目を惹かれた。

図書館で会った際に、リュシアンの国の本を手に取っていたのを見て話しかけたのが最初だ。

「貴女はいつも、そうやって聖女見習いや家の事で思い悩んでいますけど、私は気にしなくて良いと思いますよ」

「え……でも……」

他家に嫁いで夫を立て、家を継ぐ弟を立て、聖女見習いの教育の手助けをする事。

それがメリカント家に長女として生まれたベルナルデッタの責務だ。

「貴女ほど聡明な方を私は知りません。今日だって、その本は私の国の言葉で書かれた学術本なのに貴女は難なく読めるでしょう?」

先ほど借りたばかりの本を指差され、ベルナルデッタは戸惑う。隣国の言葉くらい習得するのは当然の事だ。

「貴女は、家の為や聖女見習いの為に消費されるべき人材ではないんです」

そう言うと、リュシアンは突然、ベルナルデッタの前に膝を付いた。

隣国の公子相手とあって、ベルナルデッタは戸惑い席を立とうとするが、その手はリュシアンによって捉まる。

「学園を卒業後、私と一緒に国へ来てくださいませんか?」

それがプロポーズを意味する事を、ベルナルデッタは即座に理解した。