軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

聖女見習い アイニ・ミッコラの願い(前)

物心ついた頃には、自分は浮いた存在なのだと感じた。

アイニは僻地の領主をしている男爵の屋敷のメイドの娘として生まれた。

小さい頃は同じ使用人の子達からは仲間外れにされ、その親である使用人たちは遠巻きにしてコソコソと嫌な事を言われていた。

男爵夫人、お嬢様やお坊ちゃまからは、よく睨まれたり足を引っかけられたりして、どうしてこんな目に合うのかと母親に泣きついても、母は「ごめんね」と言うばかりだった。

少しして、自分が男爵の子供だという事を知った。

それと言うのも、一応男爵家の血は引いているから最低限の教育を始めると急に言われたからだ。

「お前は母親に似てかわいい顔をしているからな。その内地方貴族か商人に嫁に出せるかもしれない」

父親らしい男爵はそう言って、アイニに家庭教師を付け、礼儀作法と基礎的な勉強を教わる様になった。

その時にはアイニは子供ながらに使用人の仕事の手伝いをしていたが、その一部の時間が教育に代わった。

その時間は仕事をしなくて良いので、もちろん他の使用人の子達からは「ずるい」と言われた。間違えると物差しで打たれるアイニにとって苦行の時間だから、代われるものなら代わってほしかった。

そうやって男爵の娘としても扱われる様になったら、男爵夫人と義兄義姉からの当たりが目に見えて強くなっていった。

「使用人はいくら作法を習っても、にじみ出る庶民の匂いは抜けないわね」

一番上の義姉はそう言って紅茶を頭からかけてきた。

「こんな子が私達と同じに扱われるなんて、我慢できない!」

二番目の義姉はそう言って礼儀作法用のアイニのドレスを破った。

「その媚びる様な目……。本当にお前の母親にそっくりよ。汚らわしいこと」

男爵夫人はそう言って家庭教師にもっときつく叩く様に指示をした。

そうして使用人の子供としての仕事と男爵の娘としての教育で、毎日目が回る忙しさだったアイニはいつも一人だった。

(好きで男爵様の子供に生まれたわけじゃないのに……)

ただの使用人の娘であれば、こんなイジメに遭う事も皆に冷たくされる事もなかったのに。

(お母さんが使用人なのは私のせいじゃないのに……)

使用人との子ではなく、正妻じゃないにしても貴族の愛人の子なら使用人の仕事をする事もなかったのに。

母は男爵のお手付きにはなったが、愛人として取り上げられる訳でも優遇される訳でも無く、ただ男爵が気まぐれに構う相手だった。

結局アイニは、本人の意思とは関係なく男爵家で孤立した存在だった。

そんな日々が突然変わる事件が起こったのは、アイニが15になった日だった。

アイニがおつかいで町に出た時、指定の物を大体買い終えた時に、馬小屋の前で一頭だけ馬がぐったりとしているのを馬丁が撫でているのを見た。馬小屋に他に馬はおらず、みな放牧されているのだと遠くに見える放牧地を見て思った。

思わずどうしたのかと話しかけると、昨夜からこの調子だと教えてくれた。まだ若い馬なのに、どうしたものか。悪い病気なら処分しなければならないと困る馬丁を尻目に、一頭だけ取り残されている馬が可哀そうに思い、アイニも撫でてやった。

その時、ホワッと小さくアイニの手が光り熱を持ったかと思うと、馬が急に元気よく立ち上がった。

急に何故と思ったが、アイニも馬丁もその理由は分からずその場では「良かったですね」と別れた。

しかし不思議な話だと、馬丁はその話を周囲に話し、それが教会の耳に入った。

町の司祭が男爵家に訪ねてきて、アイニには“光魔法”の才能があると言われた。

この国の人間は皆魔力はあるが、魔法として体現出来る者は少ない。

中でも“光魔法”が使える者は稀で、癒しや浄化といったその内容からも重宝され、特に教会が光魔法の遣い手を上層部に迎え入れていた。

つまり“光魔法”に目覚めたアイニは、男爵家の庶子からいきなり、高位貴族と同等となる“聖女”になる未来が約束されたのだ。

「アイニが聖女ですって!? 何かの間違いですわ、お父様!」

「そうですよ、あのいやらしい女の娘が聖女などと……!」

騒ぎ立てる夫人と義姉を、男爵はため息をついて手で制した。

「他でもない、司祭が確認を取ったのだ。近日中に大聖堂に行って、手続きなどをするのはもう決まっている」

「そんな……」

呆然とする義姉たちの中、アイニは自分の事であるのに目まぐるしく変わる事態に付いていけずに、周囲をきょろきょろと見渡した。

いつもアイニを見下しいびってくる義姉は悔し気に顔を歪めており、義兄は信じられない者を見る目で、夫人にいたっては憎悪の視線を向けてきている。

ただ一人、男爵だけは嬉し気にニヤニヤと笑っていた。

「金だけの商人か土地持ちの貴族に嫁がせようと思っていたが、まさか私の娘が“聖女”とはな。聖女の実家として、我がミッコラ家は教会に優遇されるだろうから、社交界での地位も上がるだろう。もしかしたら陞爵もあり得るかもしれん……!」

どうもアイニが光魔法を使える事は、家の為になる様で浮かれている。

それを聞いても夫人と義姉はアイニを睨んだが、噂を聞いたらしい使用人たちは手のひらを返した様にアイニを敬う様になった。男爵の庶子であってもその男爵家に使用人扱いをされていれば自分たちと同等だが、聖女となればそうもいかないらしい。

母は、母は喜んでいるようだったが、どこかよそよそしくなった。

それからしばらくして大聖堂へ行き、初めて見る立派な建物に圧倒されながら司教という老人と司祭という壮年男性に会った。

そこで、ひとまずは王立学園に通い、貴族として学ぶように言われた。

王立学園はアイニの様な田舎貴族の庶子はもちろん通えないと思っていたから、驚いた。

それから光魔法の前に魔力の扱いを教える教師は、教会から派遣されると言われそれもよく分からないが頷いた。

そしてもうひとつ、これに同行していた男爵が顔色を変えた。

「どういう事ですか、アイニは私の娘ですよ! それを侯爵家の後見を付けるなんて……!」

「先ほども言ったとおり、ミッコラ男爵家ではね、聖女の後ろ盾として弱すぎるんですよ」

冷たい目をした司祭と名乗った男は、淡々と男爵を諭した。高位貴族と同等になる聖女と田舎の男爵家ではつり合いが取れない上に、教育も間に合わないと止まることなく続けられる言葉に、父親の顔がどんどん赤くなっていく。

実際アイニが受けている教育は田舎の男爵家の更に最低限の事なので、それも踏まえて教会側はアイニを男爵家から離す事に決めた。

学園に入る前に後見人となった侯爵家で半年間の教育を受ける事となり、アイニは早々に男爵家を出る事になった。

司祭から聞いた話では、もうこの家に戻る事は無い様だった。

寂しくなんかなかった。寂しいわけが無かった。

アイニはいつも一人だったから。

侯爵家に行くと聞いた下の義姉が急にすり寄ってきて、侯爵の息子か娘を紹介してくれと言われたが、アイニはもうこの家に帰る事は無いのだから無理な話だ。

そう言うと義姉は手を振り上げたが、アイニの立場を思い出し歯ぎしりをして部屋を出て行った。

侯爵家の後見を受け、学園を卒業したら教会に入るのが決まっているアイニは、すでにこの家の誰よりも身分が高かった。

近日中に侯爵家に行くので、その荷造りをしていると母が仕事を終えて帰ってきた。使用人親子は同じ部屋だから、母はすぐにアイニの荷物に気付いた。

「侯爵家にお世話になる事になったの。だから学園も、侯爵家の王都のお屋敷から通うの」

端的に伝えると、母は知っていたのか驚いた様子は見せず、すぐに視線を落とした。

「そう……」

「…………もう、このお屋敷に戻ってくる事は無いと思う」

「そうね……」

俯いて小さく返す母に、やっぱりという気持ちでアイニは視線をそらした。

何か優しい言葉を掛けてくれる事を期待していなかったと言ったら嘘になる。

父親が父親として機能していないアイニにとって、母は唯一の肉親だ。

「お母さんはいつも、そうだね……」

使用人の子達に仲間外れにされた時も、義姉にイジメられた時も、仕事を押し付けられた時も、家庭教師に手をぶたれた時も、母に訴えたが「そう」と「ごめんね」だけ。

アイニを慰める事も、一緒に怒ってくれる事もなく、母はただ哀しげだった。

いつだって、「 自(・) 分(・) が(・) 可哀そう」という顔をしていた。

男爵家の使用人に採用されたのに、主人に手を出されて可哀そう。

望まぬ子を産んで可哀そう。

愛人に取り立てられる訳でもなく、優遇される訳でもなく、同僚からは避けられ主人の家族からは当たられて可哀そう。

娘がイジメられて可哀そう。

今だって、娘は侯爵家に行くのに、自分は残されて可哀そうだと思っているのだろう。

母は良い言い方をすれば控えめ、悪い言い方をすれば周囲に察してもらおうとするタイプだった。

自分から行動する事も言う事もなく、ただ可哀そうな私という雰囲気を出しているだけ。

きっとアイニが教会に申し出れば、母も侯爵家に一緒には無理だろうが、教会で聖女の母親として多少の優遇は受けられるかもしれない。

でもアイニは言わなかった。

ずっと、訴え続けていた自分の要求は、何一つ受け止めてもらえなかったのだからと。

この家で、アイニと『同等』になれるのは母だけだったが、母はアイニと自分を同等にはしてくれなかった。

王立学園の事は、義兄と義姉から散々自慢されたので知っている。

王国中の貴族の子が集められていて、9才で入学する初等部から18歳で卒業する高等部まであり、何よりも学園内では身分が関係なく学び合えるのだ。

(身分に関係なく、みんな一緒だなんて素敵! 学園に通えるのが楽しみ~!)

この家で使用人にも、貴族の子にもなれなかったアイニは、その事に心から歓喜した。