軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

子爵令息 ジェラルド・マケライネンの決心(前)

「お前は本当に軟弱だな」

「こんなに体が弱くて、将来が心配だわ」

「マケライネンの家系は皆体は強いはずなのになぁ」

ジェラルド・マケライネンは生まれつき呼吸器官が弱かった。運動をするとすぐに息が苦しくなるので、体も小さく虚弱であった。

それだけならば、徐々に成長していくにしたがって強くなっていくので気にするほどの事ではなかったが、ジェラルドの生家であるマケライネン子爵家は領地持ちの貴族としては珍しく、騎士を多く輩出する家門だった。

マケライネン家の男たちは総じて体が大きく力も強かったため、ジェラルドの存在は浮いた。母はとにかく心配し、父がマケライネン家に虚弱体質はいないのにと言うので、自分のせいかと自らを責めていた。親戚も皆虚弱な子がいなかったので扱いに困っていたし、何よりも4つ上の兄のオルヴァと比較された。

オルヴァは、マケライネン家の男を絵に描いた様に同世代の中でも飛びぬけて体格が良く、力も強く、幼い頃から剣に興味を持っていた。

その分父と同じく、自分を中心に考える為に他者への思いやりが足りないと言うか、想像力が足りないと言うか、まぁ無神経だった。

「こんな事も出来ないのか」

「何だその走りは。歩いた方が早いぞ」

「いつまでたっても大きくならないな」

「お前は本当に軟弱だな」

4つの年の差もあって、オルヴァに適う事は何一つなく、常にジェラルドは『オルヴァの下』であった。

(仕方ない……。兄様は大きくて強くて……僕が健康になっても、兄様に力で敵うことはないだろう)

ジェラルドは初等部に入る頃には発作は出なくなっていたが、それで今から兄に追いつけるとは思えなかった。

ジェラルドが初等部に入ったと同時に、兄のオルヴァが婚約をした。

相手は同じ子爵家であるアルディーニ家の長女であるサンドラという少女だった。年はオルヴァの1つ下で、ジェラルドの3つ上となる12才だから、まだジェラルドと同じ初等部にいるはずだ。

「とても賢くてかわいいお嬢さんなんですよ」

夕食の時、母がそう言うのにオルヴァは顔を顰めていた。

「顔はかわいいかもしれないけど、気が強くて、態度も大きい女だった」

「ハッハッ、アルディーニ家は新しい子爵家だし商売っ気が強いからな。商人気質なのだろう」

父はおかしげに笑った。

(アルディーニ家は聞いた事がある……。確か服飾とかを中心に手広く商売をしている家だ)

なるほど、歴史ばかり古くて領地持ちだが細々とやっているマケライネン家が婚姻を結ぶには、うってつけの家柄だ。

「年も下なのに、俺に意見をしてきました! 生意気な女です!」

「ハハハ、そういった女性の手綱を握ってこそ、立派な男になるのだ」

豪快に笑う父に、母は何も言わず微笑んでいた。これがマケライネン家だ。

(兄様の婚約者か……)

やがてマケライネン家の女主人となり、自分の義理の姉となる女性だ。

いずれ会うだろう義姉を思い浮かべ、出来れば兄様みたいな武闘派じゃない方が良いな、とジェラルドは思った。

そしてその機会はすぐに訪れた。

学園が休みの日、ジェラルドが家でゆっくりと本を読んでいたら、何やら玄関の方が騒がしかった。

見に行くと、母が慌てて客人を出迎えているのが見えた。

「まあ! サンドラ嬢、わざわざいらしていただくなんて!」

(サンドラ……兄様の婚約者の人だ)

でも何で家に?

「いえ、約束の時間を過ぎてもいらっしゃらないので、お体でも悪くしたのかと図々しくもお伺いしたのですが」

「誰か、オルヴァを呼んできてちょうだい」

母が使用人に指示をするが、皆困った顔を見合わせて動かない。それもそうだろう。

「兄様でしたら、今日早くに騎士団の演習の見学に行くんだと出掛けられていましたよ」

朝早くにドタバタと出掛けていった兄の事を報告すると、母は目を見開く後ろで、金髪でエメラルドみたいにキラキラした瞳の少女がこちらを見た。

「それは本当なのっ?」

使用人を振り返り、気まずげに返事をされてマケライネン夫人は「何てこと……」と頭を抱えた後、サンドラに向き直った。

「ごめんなさいね、サンドラ嬢。オルヴァには後できつく言っておきますから、よろしければ私とお茶会でもいかがかしら?」

「いえ、ご夫人もお忙しいでしょう。そういう事でしたら……そちらの、弟君にお相手していただきたいですわ」

ツリ目がちな大きな瞳が、バチリと再びジェラルドを捕らえた。

「いずれ姉弟になるのですもの、交流を深めておくのもよろしいのではなくて?」

「まあ……ジェラルド、お相手出来ますね?」

「はい!」

ジェラルドは自分でも驚くほどはっきりと返事をした。

サンドラは金色の巻き髪に、白地に花柄の赤の刺繍の入ったワンピースを着ていた。聞けば今日は、オルヴァと近くの丘にピクニックデートの予定だったらしい。

「兄が申し訳ございません」

ジェラルドが謝るが、サンドラはツンとその謝罪を払いのけた。

「謝罪は貴方のお兄様から直接いただくから結構よ。それよりもせっかくの機会ですもの。もっと楽しいお話をしましょう?」

さきほどのマケライネン夫人へもそうだったが、ずいぶん物おじせずにハキハキ喋る人だな、というのが最初の印象だった。

ジェラルドが知る貴族の女性というのは、母の様に夫を立て、前には出ない人が多かった。

サンドラはジェラルドの事を情報として知ってはいたようで、初等部に入ったばかりだけど学園はどうかなど、兄の婚約者と言うよりは学園の先輩と話している感じだった。本来であれば、男でこの家の者であるジェラルドが会話を回さないといけないのだが、サンドラは話し上手だった。

初等部の行事や教師の話など、ジェラルドが分かって興味もある話をしてくれ、兄の不手際のお詫びのはずのお茶会はただただ楽しかった。

「あら、その本は……」

途中、サンドラはジェラルドが読んでいた本に目を止め話題を振ってくれた。

「あ、はい。鉱石の本です」

「まあ、それはマケライネン家が鉱山をお持ちだから?」

「いえ、まぁそれもあるのですが、読んでいく内に純粋に楽しくなってしまっています」

きっかけは領地に鉱山があるのだから勉強しておこうと思ったからだが、読んでいる内にどんどんと鉱石の魅力にハマっていた。

「そう。何にせよ、知識を得るのは大事な事ですわ」

サンドラの言葉に、ジェラルドは俯いた。

「僕はこの通り、貧弱でとても騎士にはなれないでしょうから……」

するとサンドラは不思議そうに首を傾げた。

「どこかお悪いのですの?」

「あ、小さい頃は肺が弱くて……。それはもうほとんど治ったのですが、相変わらず貧弱なので……」

自分の細い腕が恥ずかしくなって、袖を引っ張りながら下を向くジェラルドをサンドラは上から下までまじまじと見た。

「さほどか弱くは見えませんが……白や淡い色のお洋服が映えそうですわ。それにまだ初等部に入ったばかりで、成長期はこれからではありませんか」

「でも兄様が僕くらいの年にはもう……」

ますます縮こまるジェラルドの耳に、サンドラの軽やかな笑い声が聞こえた。

「いやですわ。兄弟とは言え別の人間ですのに、同じに考えてどうしますの?」

「え……」

顔を上げると、12才にしては大人びた表情をしたサンドラが、可笑しそうに笑っていた。

「ジェラルド様はオルヴァ様とは違うのですから、成長速度も違いますでしょうし、何が得意かも違うでしょう?」

父も親戚もマケライネン家の男は騎士になるのが当然で、それ以外は出来損ないの様に言われてきた。

「何が長所かは、その人によりますわ。その上で、御自分の責務に努めれば良いのですから、ジェラルド様も騎士以外の道も考えて見られては?」

サンドラから見れば、せっかく素晴らしい領地を持っているのにマケライネン家の男子が一度騎士を経由する意味が良く分からないのだが。

特に自分の婚約者であるオルヴァが騎士道一直線なのが、本当に理解出来なくて困っている。

だからあまり騎士になる事に積極的ではなく、本を好むというのならそれはそれで良いと思ったから言っただけだ。

それでも、いつも母に心配をかけ、父にため息を吐かれ、兄に侮られていた少年は、心の中に宝物を手に入れた。

「……はい。いずれ兄様とサンドラ様が領地を継がれた時に、きっとお役に立てるように励みます」

この時は心からそう思った。

その5年後に、兄と聖女見習いが出会うまでは。