軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第22話 クリシュナ後日譚

クリシュナが治療院にやってきたのは、事件から七日後のことだった。

「遅い。踏み倒す気かと思ったぞ」

ゼノスが言うと、クリシュナは悪びれない調子で返した。

「すまない。なんせ方向音痴なもので、辿り着くのに時間がかかってしまった」

「いや、方向音痴にも程があるだろ」

「仕方なかろう。私は弱点の多い人間だからな」

「くっ、面倒くさい方向に開き直りやがった……!」

クリシュナは、穏やかに笑った。

先週よりも笑顔は少し柔らかくなっている。

「まあ、冗談だ。事件の後処理で、全く休みが取れない状況だったのだ。すまなかった。その分少し多めに持ってきたから許してくれ」

「一応、無事に片付いたのか」

「やっと最初の山を登り始めたところだな」

カレンドール卿は子供の拉致監禁については認めざるを得なかったものの、売買ルートについては口が重く、全容の解明にはまだまだ時間がかかりそうとのことだった。

それでも、貴族の闇にメスが入ったことに、中央では相当の注目を集めているという。

「まあ、一歩ずつ地道にやっていくさ」

「お前はしつこいからな。別に心配はしていない。そういえば、俺、貴族に思いっきり銃弾ぶち込んだな……」

「それは大丈夫だろう。あの貴族も死んだと思った私がぴんぴんしていたので、記憶がかなり混乱しているようだからな」

クリシュナは苦笑して、深々と頭を下げた。

「全てゼノス氏のおかげだ。この通り、礼を言う」

「別に、俺は最後にちょろっと現れただけだ」

「もし貴公が望めば、特別協力者として近衛師団長から表彰するように掛け合うこともできるが」

「絶対嫌だ。そんなことしたら目立つだろうが」

「ふっ、貴公ならそう言うと思っていたよ」

「あ、あの、クリシュナさん」

後ろに立っていたリリが恐る恐る口を挟んだ。

「その、ゼノスのことは……」

「ああ、"仲裁者"の件か」

クリシュナは少し声を低くした。

「貧民街の主要種族をまとめあげ、市民に害をなす扇動の旗印――"仲裁者"」

青い瞳が、ゼノスを正面から捉える。

「……そんな人物は見当たらなかった。本部にはそう報告したよ」

「い、いいんですか」

「いいのだよ、エルフの子。我々が探していたのは、市民に害をなす危険人物だ。残念ながら私が見つけた"仲裁者"は、危険思想とは程遠く、宿泊代の回収に躍起になる小人物だったからな」

「さりげなくけなしてない?」

「多少は軽口が叩けるようになったのも、貴公のおかげだ」

うっすらと微笑んだクリシュナは、確認するように言った。

「しかし、ゼノス氏、本当にいいんだな。貴公は事件解決に向け目覚ましい活躍をした。その一切を記録に残さないでも」

「いい。むしろ、俺の名前を書いたら化けて夢に出るぞ」

「……わかった。化けて夢に出られるのも悪くないが、公式記録には一切残さないようにしよう。しかし、記録に残らずとも、私の記憶には確かに刻まれているよ。廃墟街の片隅のヒーローのことは」

「おおげさだな。俺は単に傷を治しただけだ」

「ああ、そうだな。貴公は、私の傷を癒してくれた……」

クリシュナは胸に手を当てて、少しうつむいた。

しばらくその姿勢でいた後、やがて、意を決したように顔を上げた。

「あ、あのな……ゼノス氏」

「なんだ?」

「その、いくら"仲裁者"が危険人物でないとわかったとは言え、貴公の影響力は近衛師団の副師団長として、決して無視はできんのだ」

「無視していいぞ。むしろ、積極的に無視してくれ」

「そうはいかん。だから……と、時々……」

「ん?」

「と、時々……監視に来てもいいか?」

なぜかクリシュナの顔が赤くなっている気がする。

「断る」

「ええっ……!」

クリシュナは小さく叫んで、がっくりとうなだれた。

「そ、そうか、嫌か……。そうだよな……女は笑顔と言うものな……。こんな石のように固い笑顔の女は願い下げと言われても仕方がな……」

「泣きそうな顔で何をごちゃごちゃ言ってるんだ? 監視は嫌だが、用事があるなら勝手に来い」

「い、いいのか!?」

「いきなり明るくなったな。だが、ただでさえうるさい客が多いから、治療の邪魔だけはするなよ」

「わかった!」

「と言うか、近衛師団が、闇営業の治療院に出入りしてもいいのか」

「ふっ、幸い治療院営業に関しては、王立治療院の管轄だから、私が口を出すことはない」

「今度は急にドヤ顔になったな?」

そうして、クリシュナは少しだけ軽やかな足取りで出ていった。

あいつ、あんなに表情変わる奴だったか?

「最後の話は、結局なんだったんだ……?」

「むむぅぅ、また美人のライバルが……むぅぅぅ」

「どうしてリリがむくれてるんだ?」

二階から、笑いをかみ殺した声が、一言。

「くくく……やっぱり厄介な女が増えたのう」

場末の治療院は、新たな顧客を獲得しつつ、いつも通りひっそりと営業を続けていくのであった。