軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

061_永禄六年(1563年) 竜虎会合

竜虎相搏つ。

今の光景を一言で言い表すならば、この言葉が最もふさわしいだろう。

長政は目の前の二人の姿を見て、そんな事を考えていた。

「かつては京極と近江を二分した名家もついに落ち目。盛者必衰とはよく言ったものですね」

「それでも未だ領国百万石。領地を失ってかつての臣下に養われるよりはマシと言うものでしょう」

「新九郎との婚約のために養子入りしただけで、あなた自身は六角の出ではないでしょうに」

「幼き頃より、実の娘の様に良くしていただきましたから。それに、京極を取り込むために嫁に出された方には言われたくありません」

その日小谷は戦場となった。

きっかけは長政の小谷登城。

小谷城の一角に築かれた京極丸と呼ばれる建物に、京極家当主の京極 高吉(たかよし) とその妻であり長政の姉でもある慶は住んでいる。

そんな二人の様子を見るため、定期的に長政は小谷城に登城しているのだが……

今日はその場に小夜が居て、「小夜も共に参ります」と言って聞かなかったのだ。

長政としては こう(・・) なる事がわかりきっているため、正直合わせたく無かったのだが……

浅井家に嫁いできた元六角家の小夜。

京極家に嫁いだ元浅井家の慶。

元々この両者、昔から仲が非常に悪く、ほとんど面識がないにも関わらず顔を合わせればいつもこれだ。

原因は長政にあるらしいのだが、結局その原因をどちらも話してくれないため、仲裁しようにもできないのが現状だ。

それどころか普段は優しげで柔らかな雰囲気を纏う慶からも、そして愛らしくかわいげな小夜からも邪魔だとばかりに除け者にされるのだから、この二人が出会うと長政は静かにしているより他がない。

その上今は、二人の立場が関係性をさらに悪化させていた。

慶の嫁ぎ先である京極家はかつての浅井家の主家であると同時に北近江の守護職を任された家でもあるのだが、南近江の守護である六角家とはとにかく因縁深い。

今の二人は、その京極家と六角家の代理戦争を行なっているような状態なのだ。

「そもそも、近江の守護職を幕府より賜ったのは六角家。京極家は元々中国の守護でしょうに。己の領地を奪われたからと、のこのこ北近江の守護に任ぜられた事自体がおこがましいと言うもの」

小夜が北近江守護としての京極家を批判すれば。

「それを言うなら応仁の乱の際、六角家は近江守護から外されたはず。それを不服として未だ南近江に居座り続けているのは六角の方でしょうに」

と慶が言い返す。

「あれは幕府と敵対した六角に対しての報復であり聞き届ける必要などありません。それにその後の戦いでは六角方が勝利したと。どちらの主張が通ったかなど一目瞭然かと」

「確かに。京極家は当時の当主が戦の最中に病で斃れただけで、六角家を追い詰めていたのは事実ですから、どちらの主張が正しいかなど聞くまでもありませんでしたね」

一体どこで調べてきたのか、長政の知らない歴史まで二人は網羅しているようで、お互いの知識を武器にしてグサグサと刺しあっている。

今は京極も六角も浅井の敵。そして二人は浅井に与しているのだから、利害は一致しているはずなのだが……

「あの時六角をちゃんと滅ぼしておけば、今頃浅井が苦労することもなかったでしょうに」

「全くです。さっさと京極を滅ぼしておけば、面倒な主家を養う必要もなかったでしょうに」

噛み合っている様で絶妙に噛み合っていない、噛み合わせようともしない二人の会話。

朗らかな笑みで言葉を交わす二人のその姿はまるで、刀を握って斬り合う夜叉の様だ。

長政と小夜の護衛のため、共に登城した八重に至っては忍びの術を存分に駆使して完全に空気と化している。

こんなところでそんな技術を無駄遣いするんじゃないと言いたくなった。

「二人とも、とりあえず座れる場所へ移動しては如何か。廊下で話というのも少々――」

「新九郎は下がっていてください」

「兄様は下がっていてください」

「はい」

竜と虎に睨まれては、鷹はなす術もなく縮こまるしかないのであった。

◆――

その後、ひとしきりしたところでそそくさと京極高吉と、その子の様子を見た長政は早々に小谷城を後にした。

今年六十になる京極高吉は相変わらず長政のことを嫌っているようだったが、あの二人に比べれば可愛いものだった。

「子が産まれて少しはマシになるかと思っていましたが……相変わらずですね、あの女」

小谷山を下山する途中で小夜がそんなことを吐き捨てる。

小姑の事をあの女呼ばわりはよっぽどだが、今更なので長政も特に言及しない。

むしろ慶に至っては小夜の事を裏で女狐だのと呼んでいるため、人であるだけマシな方だろう。

「今更、仲良くしてくれと言うつもりはないが……何故そこまで二人は仲が悪いのだ」

「兄様はあの女の本当の恐ろしさをまだ知らないだけです。だからそんな悠長な事が言えるのですよ」

長政の問いにはいつもそんな答えが返ってくる。

慶の頭が切れる事、彼女が人の心の機微に敏感な事、そしてそれらを存分にふるえるだけの非情さがある事は長政とてよく知っている。

しかし小夜に言わせればそれですらまだ足りないらしい。

「あの女、小夜の事を人として見ているかすら怪しいです。犬猫の類いと思っているのではありませんか」

「そんなことは……」

脳裏をよぎるのは、小夜を女狐と呼び、いつもの朗らかな笑みを貼り付けたまま小夜を扱き下ろす慶の姿。

……案外、無いとも言い切れなかった。

「と言いますか、恐らく小夜だけで無く、他の者も人として見ていないと思いますよ」

散々な言いようだが、これだけは真剣な表情で告げる小夜。

「どう言うことだ?」

と長政が問うと、小夜は言葉を続けた。

「目ですよ。兄様を見る時と、その他を見る時の目が違います。兄様を見る時は女の目をしていますが、それ以外の時はまるで獣を見る目をしています」

「目……」

「あの 悍(おぞ) ましい本性を知らぬ者が多数ですが、そんな体裁を取り繕っていても目だけは誤魔化せていません。まるで小汚い、犬か何かを見るような目をしているのです」

小夜はそう力説するが、その理屈で言うと長政にわかる訳がないのもある意味当然だ。

慶は長政とそれ以外とでは態度を変えているらしいのだから。

「あの女が目的のために人を切り捨てられるのは、そもそもそれを人だと思っていないからです。あの女からすれば、そこらを歩いている犬や猫、狸と一緒なのですよ」

大袈裟な気もするが、慶ならあり得ないとも言い切れない。

そんな底知れぬ闇が慶にある事は長政も気づいていた。

「あの女は人を人と思っておらず、そのくせ自分が何をしたら、人がどう動くかよく知っているのです。だからこそ危険なのです」

「なるほどな……」

些か信じがたい部分もあるが、かと言って全てを小夜の妄言と片付けるには的を射すぎている。

彼女かあるいは彼女達にしか見せない、慶の本性故なのだろうか。

「くれぐれもご油断なされないように。穏やかな顔をしていながら、あの裏には鬼がおります。いつ食われるか、わかったものではありません」

小夜の言葉に「気をつける」と頷く長政であった。

それから少しして、小谷山のふもとにある屋敷へ辿り着いた三人。

そこまで来てようやく、長政は疑問に思っていた事を口にした。

「ところで……今日は何故共に?」

普段は一緒に行かないどころか、長政にすら行ってほしくは無さそうな小夜が、今日に限って共に顔を見に向かった理由がわからない。

すると小夜は静かに答えた。

「その……子を産んだ後、 女子(おなご) はやつれると聞きますから、どれほどになるのかと思いまして」

少々歯切れの悪い答えだが、慶の様子が気になったと言う事だろうか。

「姉上を心配してくれたのか?」

「それだけはあり得ません」

寸分の間もなくそう否定される。

どうやら慶の心配をしていたわけではなさそうだ。

ならば、何故?

そんな疑問と共に眉間に皺を寄せる長政を見かねたのか、八重が口を開いた。

「姫様。もうお伝えしても良いのでは?」

「……そう、ですね……」

もじもじと何か言いづらそうな、それでいてどこか嬉しそうな表情を浮かべる小夜の姿に、なおさら疑問符が浮かぶ。

「何か……あったのか?」

いくら鈍い長政とは言え、ここまで来れば何かあった事に流石に気づく。

すると小夜はぽつぽつと言葉を漏らし始めた。

「実はここ数日、体調が優れなくて……吐き気が酷い日が続き、お医者様に診ていただいたのです」

「医者に? 大丈夫だったのか」

「…… 稚児(ややこ) ができました」

「……やや?」

「 三月(みつき) 、だそうです」

稚児(ややこ) ――つまり、赤ちゃんである。

それが、できたのだと言う。

「……誠か?」

「はい」

小夜は嬉しそうに答えるが、一方の長政は困惑した表情を浮かべて視線を右往左往させている。

そうして「身体が冷えると悪い」と、自身の羽織っていた上着を小夜に着せると、足早に屋敷の中へ一人で入ってしまったのだった。

これには小夜も困惑する。

「八重……もしかして、ご迷惑だったのかもしれないわ」

「左様な事ありませんとも。きっと、驚きが 勝(まさ) っているだけですよ。明日にもなれば、喜んでくださいます」

「そうだと、良いのだけれど……」

てっきり喜んでもらえると思っていただけに、長政の困惑した表情に動揺を隠せない小夜。

もしかすると六角との間に子供が生まれるのは、長政にとって不都合だったのではないか。そんな考えが過ぎる。

「姫様、とにかく中へ入りましょう。冷えますよ」

八重に促され、肩を落としながら小夜は屋敷に入る。そして自分の部屋へ向かおうとしたその時だった。

『俺の子だああァァァァァァァッッッッ!!!!』

そんな叫びが屋敷中に響き渡った。

「……兄様?」

屋敷のどこかから聞こえる長政の声。彼のあまりに大きすぎる声は、どこにいるのかがさっぱりわからない。

しかし、長政が何をしているのかははっきりと伝わってきた。

『直経聞け! 子が出来た! 俺の子だ! 俺の子が出来たぞ!!」

どこからともなくそんな声が響き、そしてドタドタと騒がしい足音も聞こえてくる。

『父上! 母上! 新八! 新七! 俺に子供が出来た! 小夜との子だ! 子が出来たぞ!!』

途端にあちこちが騒がしくなり始め、そんな喧騒の中でもなお長政の声はよく通る。

『俺の子だ! 俺の子供が生まれるぞ!!』

余りの事に呆けていたものの、ようやく気を取り直したらしい八重は「だから言ったでしょう?」と小夜に笑いかける。

すると小夜も、先ほどまでの不安そうな表情は何処へやら。「本当ね」と笑ったのだった。

『俺の、俺達の子供だああァァァァァァァ!!』

その日、小谷山には絶叫がこだましたのだった。