作品タイトル不明
Ep.8 入学してしまいました
一年はあっという間に過ぎた。
……むしろ、あっという間過ぎた。
ついに漫画の舞台である王立学園へ入学する。
今日までの間、クロード様に婚約を解消して貰おうと遠回しに、それでいてさり気なく「私は王太子妃に向いてないよー」とアピールしたけれど、王子様スマイルで流された……。
その上、何故か側近たちから「諦めて下さい」と疲労感たっぷりに言われる始末。
何故、攻略対象者たちに諭されるのか……意味が分からない。
学園の制服に身を包み、鏡の前で身嗜みを確認する。
制服など前世を含めれば、約二十年ぶりくらいだ。
こっちの世界は女性が肌を晒すことは端ないと言われる為、スカートは足首ほどまであり、腕もしっかりと隠されている。
……まるで、 女番長(スケバン) のようだと密かに思ったのは内緒だ。
「お嬢様。王太子殿下がお見えになりました」
「分かったわ。アン、ありがとう」
……そう。婚約者を馬車で迎えに行って共に登校するのは男性側のマナーなのだ。
その為、クロード様は公務がない日は毎朝迎えに来てくれるらしい……。
互いに勝手に登校してもいいじゃないか、と思うけれど、婚約者としての面子を問われると何も言えない。
アンが学園の鞄を持ってくれ、私はエントランスへ向かった。
「クロード様、おはようございますわ。お迎え頂きありがとございます」
「ベアトリス、おはよう」
朝からキラッキラの笑みを向けられ、目が眩みそうです。
「制服、似合っているね」
私の姿をまじまじと見ていると思ったら、どうやら見慣れない制服姿を確認していたらしい。
女性の外見を褒めるのが男性側の嗜みとは言え、褒められて悪い気はしないよね。
「クロード様も、とてもお似合いですわ。何だか新鮮ですわね」
微笑みながら褒め返し、互いににこにこしていると、後ろからお兄様が呆れたように声をかけてきた。
「いつまでそこにいるつもりだい?そろそろ行かないと遅刻するよ」
「あら、お兄様」
「おはようございます、義兄上」
気が早いクロード様は、いつからかお兄様を『義兄上』と呼ぶようになったのだ。
『まだ、義兄上ではありませんので、普通にウィリアムとお呼び頂けますか?』
『いいえ。ベアトリスの兄君でしたら、そう遠くない内に義兄となるのですから。その時の為の練習だとお考えて下さい』
その時、二人の周りに黒い靄のような物が漂っていたのは気のせいだと思いたい……。
そんなことを思い出していると、私に視線を移したお兄様は弾けるような笑みを浮かべて、勢い良く目の前まで歩み寄って来た。
「ああ……。ベティ、よく似合っているよ。変な輩が近付いて来ても付いて行ってはいけないよ?」
「……お兄様。わたくしはもう幼子ではございませんわ」
心配そうに言い聞かせてくるが、中身は二十数歳なのだから、そんなことするわけがない。
「義兄上、大丈夫ですよ。私がしっかりと守りますから」
離れがたそうに手を振りながら見送るお兄様を尻目に、私とクロード様は王家の馬車に乗り込んだ。
向かい合って座り、学園まで快適に移動する。
そう!昔、馬車の乗り心地があまりにも悪過ぎて、お父様にお強請りしたのだ!
サスペンションの作り方や設置の仕方は分からないから、何となくのイメージを職人さんにどうにか伝えて、一年以上かけて完成したのがこの『新型馬車』である。
それなりに手間暇が掛かる為、王家やそれなりにお金を持っている家の者しか所有していないらしい。
我が家が抱えている職人しか作れないので、注文がわっさわっさと入り、アイディアを出した私にも一部還元されるので懐もほくほくだ。
「ベアトリス、緊張しているのかな?」
「え?」
「何か、顔が強張っているから」
苦笑しながら問い掛けられたけれど、自分では気付かない内に緊張していたのかもしれない。
もう少しで学園に到着して、そうしたら漫画の物語が始まる……。
ここまで来たら腹を括るしかないけれど、予測不能な状況はやはり少し怖い。
「大丈夫だよ。僕がいるから」
そう言って手を握ってくれた。
緊張で冷えていた手に、クロード様の温かさが伝わって、気持ちが解れていく気がした。
──────
学園の馬車寄せに止まり、先に降りたクロード様が私に手を差し出した。
その手を静かに取り、一歩一歩馬車から降りると大勢の生徒たちの視線がこちらに向けられている。
……いや、クロード様に注目しているんだ。
特に下位貴族子女は、王族の姿を目にする機会など早々ない。
頬を染めうっとりと見つめている令嬢がいるのも確認出来た。
学園の門を潜り抜け、真っ直ぐ校舎を見上げる。
今日、クロード様とヒロインが出会う────。
ここまで来たら、女は度胸!!
心の中でパチン!と気合を入れるために頬を叩く。
……さすがに本当に叩いたら腫れるかもだし、何事か!?と注目されそうだからね。
「ベアトリス?どうしたの?」
「何でもありませんわ。そろそろ参りましょうか」
笑顔で誤魔化し、クロード様と会場へ向かった。
席は爵位順になっており、必然的に私は一番前……しかも講演台の真ん前……。
居眠り……はするつもりはないけれど、淑女の微笑みを崩すわけにはいかなくなったじゃないか!!
クロード様は新入生代表の挨拶がある為、別席が用意されており傍には誰もいない……。
「おはようございます。ベアトリス嬢」
「あら、フィリップ様。ご機嫌よう」
クロード様から紹介されて以来、側近候補たちといつの間にか打ち解けてファーストネームで呼ぶ間柄になっていた。
「隣、失礼しますね」と隣に座るフィリップ様はゴルトライヒ公爵家の人なので、私の隣にいてもおかしくはない。
「そう言えば、ベアトリス嬢は入学試験で殿下に次いで次席だったとか。悔しいですが負けてしまいましたね」
「いいえ、フィリップ様も三位とお聞きしました。充分優秀でいらっしゃいますわ」
少し悔しさを滲ませながら眉尻を下げているが、大勢の貴族子女が集まる学院内で三位なら充分だ。
ベアトリスはチート級に優秀だけれど、前世では平均点程度だった私はいつも真ん中くらいの順位を行ったり来たりしていた。
それに比べたら…………。
続々と会場に生徒たちが集まって席に着いていくけれど、何だか視線を感じる。
大方、『あれがクロード様の婚約者か……』といったところだろう。
すみません。小心者なんで、あまり見ないで頂きたい。
「あら、アッシュローズ公爵令嬢じゃありませんこと?」
どーん、という効果音が付いてきそうな登場で目の前に現れたのは、初めて参加した王家のお茶会で会ったシュバルト公爵令嬢だった。
あのお茶会の後もクロード様に付き纏い、理由なき登城を禁止されたらしい。
お陰で他家のお茶会で顔を合わせる度に目の敵にされているのだ……。
クロード様の婚約者の座に私が就いたのが気に食わないようだ……そんなの知らんがな。
彼女はハーフアップにした真っ赤な髪を相変わらずくるっくるに巻いており、小ぶりのアクセサリーはもちろん、さり気なくリボンにも高そうなブローチが煌めいている。
制服の改造はダメだが、こういった飾り付けは貴族令嬢のおしゃれとして大目に見られるのだ。
かく言う私も小さなイヤリング程度は身に付けている。
「ご機嫌よう、シュバルト公爵令嬢」
立ち上がって挨拶をすると、彼女は目を細めて広げた扇子で口元を覆った。
「……それにしても、随分とゴルトライヒ小公爵様と仲がよろしいようで。王太子殿下の婚約者としてお気を付けあそばせ」
一方的に言い終えると、さっさと去って行ってしまった。
入学式が始まる前からどっと疲れて、こっそり溜め息を吐いた。