作品タイトル不明
2 救援要請
クラリス・ノーランドは弟子として育てた西の大陸の英雄であるエルフの女性だ。
フライハイトに移転してから、連絡頻度は落ちたがそれでも連絡は取っていた。
そんな彼女から手紙ではなく使者。
それもエーデルガルド公爵を通さないで直接使者を送ってきたということに、さっきまで話していた何かトラブルが起きたのだと予感させる。
「このような粗末な格好で失礼します」
そして御庭番衆に監視されて連れてこられた使者を見て、厄介ごとが確定したかと心の中で苦笑せざるを得なかった。
国の認めた英雄からの使者ともなればそれ相応の格好が要求されるはずが、やってきたエルフの男性はできるだけ目立たないように地味さを意識し、大衆に溶け込むことを想定していると言わんばかりの旅人の格好をしている。
装備は安物、武器はここに入る際に預かっていたからわからないが、代わりに防具はそのままだからわかる。
「お師匠様、ご無沙汰しております。アジダハーカの討伐以来ですね」
「あなただったか、クラリスの側近の」
「はい、トルマンディです」
安物ではないが、それでもこの世界の平均的装備から見れば水準を少し下回っていると言わざるを得ない普及品の装備だ。
装備性能よりも、すぐに取り換えられて足がつかないということを想定しているかのような中古防具。
水浴びをして最低限の清潔感を保っているが、街に寄った様子がないボロボロの姿。
そんな状態でも顔を見たら誰かはわかった。
クラリスと一緒に育てて強くしたエルフの男だ。
名乗られ、その記憶はより鮮明に思い出すことができる。
「それにしても急だったな、先触れも無しに来て驚いたよ」
「大変申し訳ありません。此度の急な訪問に関しましては失礼なのは承知しております。しかし、私は見つかるわけにはいかなかったのです」
「見つかるわけにはいかなかった?」
訓練をして、強くしていた時は礼儀正しくクラリスに忠義を向けていた。
当時の姿を知っている身としては、このみすぼらしい格好をしてこの街に訪れたということは何らかの不祥事を起こして追放されたと考えても仕方ない。
しかし、それにしてはトルマンディの態度は堂々としていて、後ろめたさを欠片も感じさせない。
それが演技かと言えば、それはかなりの名演技と言わざるを得ないほど違和感がない。
失礼とも言える急な訪問、顔見知りとはいえ追い返されるというリスクもあった。
本来であれば、正規ルートで使者の訪問予定を伝え俺たちに了承をもらってから来るのが正規手順というやつだ。
それを度外視しての訪問の理由は、隠れて移動する必要があったということ。
「何があった?」
「・・・・・お師匠様!どうか!クラリス様をお救い下さい」
そんなことをする理由を尋ねた途端にトルマンディは地面に膝をつき、額を地面に擦り付けんばかりに頭を下げた。
土下座だ。
「クラリスを救うって・・・・・」
その急な態度に俺は瞬きを何度かした後、入ってきた情報を認識して何があったかを考える。
「ひとまず、事情を話してみてくれ。たぶんだけど、クラリスから手紙か何かを預かっているんだろ?」
「・・・・・はい」
しかし、何も聞かずに事情を察するのはさすがに無理がある。
ひとまず、頭を上げさせ、話を聞くことにする。
よくよく見れば、トルマンディの顔色も相当悪い。
眼の下にクマがあり、疲労を押してこのフライハイトまでやってきている。
この世界では異次元とも言えるレベルを得た彼がそんな状況に追い込まれている。
一体何が起きたのか。
「こちらが、クラリス様からお師匠様に宛てた書状です」
少なくとも面会早々に土下座をかますくらいに切羽詰まったことが起きているのは間違いない。
その疲労困憊なトルマンディは懐から大事に保管してたと思われる革製のケースを取り出し、そこに保管されていた一通の書状を出す。
それを近づいたイングリットが受け取り、安全を確認してから俺に手渡された。
「大まかな事情は、そちらの書状に書かれております」
「うん、ちょっと待っててすぐに読むから。イングリット、彼にポーションを」
「はい」
それを読めば後戻りはできるだろうが、断ったら後味の悪いことになるだろうなとあたりを付けて、迷わず手紙の封を切る。
手紙を読んでいる間に、倒れられても困るし、彼も事情を話さないといけない使命に燃えている。
なのでお茶だと手を付けないと思い、ポーションをイングリットに渡すように頼む。
予想通り、彼はしばしポーションの瓶を眺めた後に、一気にそれを飲み欲した。
うちのポーションは質がいいからな、これで疲労の方も抜けただろう。
実際、飲んで数秒で顔色がだいぶマシになって、ギョッとした顔でポーションの瓶を何度も見るトルマンディが、ポーションの正体がこのフライハイトで実戦配備されている最高級のポーションだと知ったらその表情がどうなるか。
まぁ、ただでさえ心労がたたっているこの現状で追い打ちをかけるようなことはしない。
緊急案件のようだし、まずは手紙を読む。
その間は軽食でもつまんでいてくれ。
ポーションで体調に余裕が出来たようで、そっとイングリットがクッキーと紅茶を差し出すと元気になった体は空腹を訴えそれに抗えず、おずおずと飲み食いを始める。
高速で書類を処理できる俺にとって、数枚の手紙を読むのに数秒とかからない。
しかし、内容を読んで考えをまとめるのには数秒というわけにはいかない。
「ふむ、なるほど」
手紙の内容をおおざっぱにまとめれば対クラリス包囲網が敷かれてしまい、徐々に追い込まれているとのこと。
英雄として立派な活動をして、西の大陸の発展を目指し現状を打開するために動いていたことが向こうのご老人たちにとっては地位を脅かす行動に見えてしまって、中央での権力を生かしてクラリスを辺境に追い込んだ。
それでもそこに若者を中心に人が集まり無視が出来ない勢力となった。
それで元老院が下した手段は、色々と理由を付けての物資供給制限だ。
要は兵糧攻めだな。
ある程度の人数を抱え込めば、当然だが必要になる食料や生活用品などの物資の方も膨大な量が必要になる。
備蓄があったとしても、補給路が無ければいずれは底をつく。
俺がフライハイトを作っているのは補給路が絶たれるのを避けるためだ。
そういう意味で、クラリスは補給路構築をミスったことになる。
ここまでなら、政治闘争で下手を打ったなというだけの感想で終わる。
「・・・・・マズイな」
急な改革は当然だが反発を生む、それを避けるには上手く立ち回る必要がある。
正義感で行動を先走り過ぎたかと一瞬思ったが、手紙の方を読み進めるとそういうことではなさそうだ。
西の大陸に戻ってから色々と活動している最中にクラリスは国の元老院、その中でトップ層が怪しい動きをしていることを知った。
それは精霊売買。西の大陸にある特殊な禁呪を用いて秘密裏に精霊を捕縛し、契約を結ばせ言いなりにして売買するという行為だ。
その話はFBOでもあり、西の大陸の翁が精霊王を名乗る理由でもある。
精霊界にいる精霊王と比べれば、その実力差は天と地ほど離れているが。
NPCの中でもそこまで実力が高いわけではないが、その禁呪を使って地位を確立しているのはストーリーを進めていくことで判明する事実だ。
それが明らかになるまでは強力な精霊を扱う実力派ネームドだと思われていたが、化けの皮が剥がれればただの老害だったとなるわけだ。
それをクラリスは、一部とはいえ知ってしまったわけだ。
精霊は西の大陸にとってはかなり重要な役割を持っている存在。
それをぞんざいな扱いをすることをあの真面目なクラリスが許すはずもない。
手紙の中も実際、それがきっかけで元老院と敵対したと書かれている。
支持してくれる民を抱え込んでいる状態は状況的にはよろしくない。
「エスメラルダ、とりあえずジンクさんのところに行ってうちの備蓄がどれくらいあるか確認して来て」
「わかりましたわ」
知らない仲ではないし、助けられないわけでもない。
さらに、こっちにもメリットがある。
西の大陸では色々と有用な素材を手に入れることもできれば、南の大陸に生息していないモンスターも数多くいる。
さらに場合によっては有能なネームドをスカウトできる可能性もある。
そんな下心を抱きつつ、一番の懸念点を払しょくしたいという気持ちが多く占めていることに苦笑する。
「トルマンディ」
「はっ!」
このままだと西のストーリーが進行してヤバい奴が目覚めそうな雰囲気を感じ取った。
ヤバい奴というのは、南の大陸で言うアジダハーカのような存在のことだ。
西の大陸にもしっかりとそれは存在していて、それが目覚めて猛威を振るうと大変なことになるんだよ。
元老院の老害たちは禁呪を与えてくれる、その存在を味方だと認識している。
さらに制御できると考えている。
本当にどいつもこいつも、プレイヤーですら苦心して工夫に工夫を重ねてどうにか制御できる存在を、無能なNPCが簡単に御せると浅はかに考える癖をどうにかできないか。
俺は、マズいという俺の言葉を聞いて不安気な顔をするトルマンディを安心させるために笑顔を浮かべ。
「とりあえず、救援の件は了解した。ただ、こちらもすぐに動けるわけではない。前向きに話し合いをさせてもらう。ひとまず今日はゆっくりと体を休めてくれ」
「・・・・・」
「大丈夫、救援に関しては俺が責任を持ってやるから」
「よろしくお願いいたします」
ひとまず、内容的に西の大陸へ遠征する必要があると判断した。
それを少しトルマンディが聞きたい言葉に変えて伝え、ひとまず休むように言った。
この街の責任者である俺が救援を出すと言ったことで安心したのか、トルマンディの肩から力が抜けた。
「少し話を通す必要があるから。この続きは明後日に。彼を宿舎に、あとは医者の手配も。ここまでの道中を考えると念のために検査してくれ」
「はっ!」
そのタイミングで退室を促し、御庭番衆に案内させる。
退室する際にトルマンディは不安そうな顔をしていたが、組織が動くには時間がかかるのを理解していて、それ以上いうことなく素直に退室していった。
「さてと、バミューダを呼んでくれ」
「かしこまりました」
彼が部屋を出て数秒後、俺は椅子に体を預けてイングリットに呼び出しを頼む。
彼女も執務室を出ていき、この部屋に残ったのは俺だけ。
「やりたいことが多いのに、やらないといけないことが増えるのはなんでだろうなぁ」
ステラとアステルの件もあるし、監視させている邪神教会の件もある。
さらに言えば、天使からのクエストもあるし。
「ゲームでもあったよなぁ。上手くクエストを捌かないと渋滞おこしててんやわんやになるの」
やらねばならないことがある最中に、さらに優先度の高い仕事が舞い込む。
そういう星の下で生まれたのだから仕方ないと考えるべきか。
「さてと、どうやって捌くか」
それよりも先に、どう対処するべきか考えた方が建設的か。