軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11 EX 狂楽の道化師 3

時は少し遡り、これはエスメラルダの婚約者が婚約破棄を言い出す前の出来事。

飽きた。

それが今はアレスと呼ばれる狂楽の道化師の正直な心境であった。

西の英雄の妨害工作をするために真面目に正義の味方をやっているが、そのプレイスタイルにも飽きつつある。

「なぜだ!なぜ父上は認めてくださらないのだ!!おい!シン!本当に俺の手紙を送ったのだろうな!!」

「はい、確かにお館様へ書状をお届けしました」

「ではなぜこのような返事が返ってくる!!」

今は目の前で癇癪を起している東の大陸の竜人族のお坊ちゃんのお世話をしている。この光景も最初は困っている困っているぞと内心で嘲り笑っていたが、もうこれ以上抗うことができなくなり、転がり落ちる運命が決まってしまった段階で面白くなくなってきた。

今も同年代の部下に当たり散らし、そして喚き散らしている。

寡黙で実直と周囲から評価されていた男が、駄々を捏ねる幼児のような醜態をさらしている。そういう場面に接することが大好物である狂楽の道化師だが、最早この男の醜態には胸が躍らないという事実は、もうこの現場も潮時かと彼に判断を下させる。

「お館様がお決めになった婚約を若様が破棄することはできません。これはお家のための結婚。個人の感情が介在する余地はございません」

「そんなことはない!!リリィは言っていた!人は自由に生きるべきだと!!」

「それは庶民の理でございます。我らは生まれ持っての高貴なる地位を守る義務があるのです」

あんな頭の悪い女のどこが良いのかと内心で思いつつ、この茶番劇の仕上げはどうするかと狂楽の道化師は考える。

一人の女を追い掛ける暴漢たちから助けたのが事の始まりで、女の恋人であるこの男と接触したが、正直に言えばつまらなすぎて接触したことを後悔し始めている。

この大陸に限らず、貴族たちはどこにいっても同じだ。

先祖が作りあげた土台のおかげでお気楽に過ごし、庶民と自分は違うと差別し、自分の地位が揺るがなく盤石であることを疑っていない。

これを蹴り飛ばして、没落させるのは一定の楽しみがあるが、手ごたえの無い相手だと逆にそれ以上の楽しみを得られないのだ。

このままいけばこの男は身内に断罪されて、良くて廃嫡の上で一生幽閉生活、悪ければ斬首という、結末までの流れがもう見えてしまっている。

西の大陸でも同じようなことをして、貴族同士を疑心暗鬼にさせてきた狂楽の道化師は経験上この流れは変わらないと確信している。

今は友人ということになっているこの男は、真面目だけが取り柄という面白みがない男だ。

真面目過ぎて一つのことに囚われると思い込みが激しい、だからこそ思考の誘導が簡単にできたが、それ以上の面白さに欠ける。

勉強や鍛錬はできても実践経験が乏しければなんの役にも立たないという現実から目を逸らし、目の前に居る蠱惑的な異性に夢中になっている視野の狭い男だ。

「落ち着いたらどうだグンス殿。お父上殿はまだ彼女に会ったことがないのだ。彼女の本当の素晴らしさは手紙では伝えきれないだろ?」

「アレス殿!ことはそう簡単なことではない!!」

親切を装って、笑顔でぼんくら男のグンスの求めている言葉を言えば、ハッとなりそういうことかと得心がいった顔をした。部下が否定する叫びもグンスの耳には届かない。

簡単だ、ああ簡単だ。

甘い言葉、都合のいい言葉、理屈に合わずとも正しいと思わせればこういう輩はホイホイとその言葉に縋りつく。

こんな綺麗事の言葉、普段であれば嫌悪感を感じ鳥肌が立つのだが、このバカを見続けていると呆れが混ざりそんな感情も冷める。

「そうだ!その通りだ。いやぁ、さすがアレス殿だ!父上もリリィに会えばその素晴らしさをわかってくれるに違いない!!」

耳心地の良い言葉にしか耳を傾けなくなっている。

これは狂楽の道化師にとっては都合がいい傾向だ。

しかし、面白みという点では欠片も良くない。

このままいけばエーデルガルド公爵家に都合が悪い流れを呼び込むことができる。

一つの公爵家が他所の大陸の大家と揉めることは、非常に都合がよい。

だが、楽しみがない。

火種をばらまくだけでは、火事は起こせない。

しっかりと燃え上がらせるのは相応の下準備をして油を用意しなければいけないのだがそこまでやろうとするモチベーションが抱けない。

本当に飽き始めている。

「そんなことをしてはエーデルガルド公爵との関係がより悪化してしまいます!!どうかお考え直しを!!お館様もお認めになりません!!」

「うるさい!!お前に何がわかるというのだ!!」

油を撒くためにはこの男が邪魔だ。

周囲の状況を把握して、忠言を飛ばす。

こんなつまらない男にはもったいない忠臣だ。

どこの貴族を見ても、こういう男はだいたい出世しない。

自己満足で生活している貴族どもからしたら、好き勝手にさせないように主人の手綱を握ろうとする良識ある部下は大概邪魔なものだ。

いつもならこの部下にも策をめぐらせて絶望を送り付けてやるのだが、モチベーションが抱けない現在その手間すら面倒だと思う。

「そうですぞシン殿!真実の愛のある二人を見ればお父上殿もきっとわかってくださる」

しかし、ここで諦めたらここまでの苦労が水泡と帰す。

狂楽の道化師は面倒な気持ちと吐き気を我慢して、愛の障害を取り払う友人を演じる。

表情、目、体の動きがすべて計算されたもの。

欠片も真実の無い言葉であるが、四面楚歌の状況で救いを求めている魅了状態のグンスには心に染み込む言葉なのだろう。

腕を組み何度もうなずくさまを見て、さらに心が冷めていくのがわかる。

なんて手ごたえの無い男なのだろうか。

西にいる彼女ならこんな綺麗事などバッサリと切り捨てて、もっと抗ってくるというのに。

飽きる。ああ、なんて退屈なんだ。

絶望は芸術作品だ。

ただ絶望すればいいだけではない。

その人物の人生を全否定した際に生まれる心の底からの絶望でも、質が悪ければ興味が失せて心が冷めてしまう。

「グンス様」

この男には最早価値がないと見限り、別のところに行きたい欲求を抑えているときに女性の声が割って入る。

「おお!リリィ!どうした?何か困りごとか?」

「グンス様!!お話はまだ!」

「お前の言うことは後回しで良い!!」

自分の人生を救おうとする部下の忠言を些末なことだとよく言える。

狂楽の道化師は内心で嘲り、冷めた目で女に近づく愚者の背を見る。

「あの、本当に大丈夫なのでしょうか?ここに私がいて」

「もちろんだとも!!どうかしたか?また侍女にいじめられたか?安心しろ!私がどうにでもしてやるからな!」

現実と虚構が区別できない男はこんなにも醜くなるものなのだな。

頭を押さえ、ため息を吐く忠義の部下の表情など見えていない。

現実が見えているが、男が逃がしてくれないリリィの顔は不安が拭えていない。

ああ、こっちはまだいい。

現実が見えている。

必死に現状をどうにかしようと考えているが、自分で泥沼の道に踏み込んでしまい、出られなくなって引き返せなくなっている。

「い、いえ、侍女の方々は良くしてくれています」

逃げ出すこともできない。

敵ではなく、味方に首を絞められ刻一刻と破滅への道を進んでいる。

それがわかっているのだ。

愛情に曇っていた女の目は、狂楽の道化師がこの屋敷に連れていき鬼気迫る笑顔でリリィに語り掛ける男を見せたことによって醒まされた。

周囲にどれほど迷惑が掛かっているかを知らされ、狂楽の道化師が侍女を操り、執事を操り、シンという男に敵意を向けさせて、ここに女の居場所がないことを自覚させた。

この女の勘は悪くはない。

頭も悪くはない。

だけど、恋心に依存している。

その心理が完全に足を引っ張っている。

「そうかそうか!!何かあればすぐに言ってくれ!!すぐに対応するよ」

一度とはいえ、好き合った相手に言われる愛の言葉も今では一方通行になってしまっている。

最早この男の人生にはリリィしかいない。

裏を返せば、この女を失うことでこの男は何もかも失うと謂うこと。

少し操作すれば、逃げ出したリリィに恨みを抱き、復讐する狂気の男を一人生み出すこともできる。

ああ、愛とはなんと罪深い物なのだろうか。

最早滑稽としか言いようない男女のやり取り、狂楽の道化師にとっては物足りない物であるが、多少の退屈をしのぐ程度の慰めにはなる。

「で、ではグンス様一つお願いがありまして」

「おお!何でも言ってくれ」

「外でお買い物がしたいのです。ですが、またあの方に襲われるかもしれませんので護衛でアレス様をお借りしたいのです」

そのやり取りの矛先に狂楽の道化師が入ったことに、アレスの顔は驚いたという表情を浮かべる。

「おや?ご指名かい?」

「はい」

「そんな!外は危ない!買い物であるのならここに商人を呼びつけよう!君の欲しい物であればなんでも用意させる」

「いえ、最近屋敷にこもりきりですので、外に出たいのです。ダメ、ですか?」

リリィの用件はアレスの中ではおおよそ予想がつく、ここからの脱出と王都からの離脱の手伝い。

ここにいてはいけないという意識から少しでも打開策を模索しようとしているのだろう。

男の心をくすぐるか弱い声と、上目遣い。

リリィにべた惚れのグンスが対抗できるはずがない。

「ダメ、ではないが・・・・・」

ちらりと狂楽の道化師ことアレスをグンスが見るが、暴漢から守ったという実績が否定の言葉を紡がせない。

だが、男として自分が頼られないという事実が即断を鈍らせた。

そういうところが器の小ささを露呈することになるのだと狂楽の道化師として心の中で舌を出し馬鹿にするが。

「乙女の頼みだ。僕としては問題ないけど、グンス殿はどうかな?」

アレスとしては笑顔で了承を告げる。

「う、うむ。すまんアレス。頼んだ」

心の中では何か用事があり断ってほしいという表情であったが、そこは触れずにいる。

「ありがとうございます!グンス様」

「う、うむ。楽しんでくると良い」

花が咲くようなリリィの笑顔を見て、さっきまでの嫉妬の心が失せ、グンスはだらしない笑顔を見せる。

そうして、二人っきりで出かけるという実質デートのような流れが生まれるわけだが。

「それで?こんなところに目的の店があるのかい?」

「……」

上手くグンスの心を揺さぶり、外に出かけたリリィが向かった先は人気のない路地裏。

オシャレな服も、きらびやかな装飾品も、美味しそうなお菓子も売っていない人通りの少ない道。

そこに行きたいというリリィの思惑が分かっている狂楽の道化師は肩をすくめて指摘する。

「お願いしますアレス様!!私と一緒にどうか逃げてください!!」

そして胸に飛び込むように彼女は抱き着いてきた。

ああ、やっぱり、こう来たかと呆れ半分、そして軽蔑の眼差しを隠しつつアレスとしての対応を始める。

「逃げるとは穏やかじゃないね」

「もう、あそこには私の居場所がないのです」

「何を言っている。君にはグンス殿がいるではないか」

もし仮に、普通の男であればリリィの術中に嵌まり、あの手この手で愛の逃亡劇が始まっただろう。

だけど、リリィも運がない。

相手は歪な愛を持っているが、一途でもある狂楽の道化師なのだ。

そっと優しく、されど突き放すように距離を開ける。

悲しげな顔も、庇護欲を感じさせる雰囲気も、すべてこの男には通用しない。

異性として欠片も興味がない。

必要だから演じているだけで、リリィのことは玩具としか見ていない。

「もし仮に逃げるというのなら、僕ではなくグンス殿とするといい。それなら僕は喜んで手伝うよ。なに、お代はいらないよ。君たちの新たな門出に水を差すようなことはしないさ」

「グンス様は、きっと私をお選びにはなりません」

玩具に告白されて、受け入れる人間はいない。

「僕はそうは思わないよ?さっきだってあんなにアプローチをしてきたじゃないか。僕が君を護衛するだけで嫉妬もしてさ?」

「シン様です。あの方は私を家に迎え入れることはお認めになりません。ご当主様にもお話が行っているようですし、冷静になればグンス様はお家の方を選びます」

「……その可能性はあるけど、グンス殿がそうするとは僕は思わないよ」

そして、こうなるように仕向けた張本人が、玩具が舞台から降りたいと許しを請うても許すはずがない。

「彼は一途な男だ。君と結ばれることを本心から望んでいるのは間違いない。ここで君が諦めてどうするのさ」

「ですが」

「なに、安心しなよ。グンス殿も何も考えていないわけじゃない。もし不安であるならその不安を払しょくできる方法があるよ」

まだまだ荒らすのはここから。

この南の大陸にはもっと混乱をまき散らし、西の英雄の悪評を拡げないと。

ジャカランを仕留められなかったのはボルトリンデ公爵家を巻き込みたい狂楽の道化師としては惜しかったが、代わりにエーデルガルド公爵家を敵に回して、東との関係性を悪化させる目的のために動く。

「それは、どのような方法ですか?」

リリィの気持ちを踏みにじり、救いの手を差し伸べているように見せるが。

「決闘さ。これで勝てばすべてうまくいく。なに、安心してくれ決闘には僕が立つ」

破滅へしっかりといざなっていくのであった。