軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6 湯気事変

温泉街ノーリッジは、ゲーム内でも様々なイベントが発生することで有名な街だ。

主に好感度系列のイベントが多く、ここにきてNPCと仲を深めるということもしていた。

渓谷に作られた街は、温泉街特有の湯気があちこちから立ちのぼり、人の心を癒すための場所として存在していた。

「はずなんだけど、なんだこの暑さ」

霧の街ロンドンでも、ここまで視界が塞がっているということはないだろ。

「これ、全部湯気か?」

王都から出発して数日、ようやく目的地のノーリッジが見えてくるかというタイミングで、その異常に気づいた。

街全体を包む濃い白い靄、最初は街から立ち上る湯気が風向きとかでたまたま滞留してそう見えているだけだと思った。

だが街に近づくにつれて上がる湿気、そして硫化水素の臭い。

さらに進むと、これ以上馬車で進むのは危険だと思うくらいの靄が立ちはだかってしまった。

「そのようですね、この靄自体には害はなさそうですがこのあたり一帯の気温が上がりすぎています。ここでこの気温でしたら街は一体どうなっているか」

隣に立つクローディアさんですら見失いそうになりかけるほどの靄。

意図的な物かと思うほどの現象。

「ひとまずは馬車に戻りましょう。このまま先に進むのは難しそうですし」

「そうですね、気配は感じ取れますがこの靄に隠れて何かが潜んでいたら危険です」

こんなイベントあったか?

こんな現象を引き起こせるようなモンスターがいたか?

俺の記憶、ゲーム内の知識に照らし合わしてもそんな存在が見当たらない。

温泉関連のイベントは全部網羅しているはずなのだが、こんなに濃い湯気を発するイベントなんてなかったはず。

複合的にイベントが重なってこんなことが起きる可能性も考慮したけど、それでも湯気に包まれるなんて不可思議な現象が起きることは記憶にない。

「あ、戻ってきた」

「大丈夫だった?」

「ああ、モンスターがいるわけでもなく湯気のせいで前が一切見えないだけだった」

数分も歩けば、だんだんと視界が開けていく。

そこには馬車を道脇に止めて、陣を作っている光景が目に入る。

そこに武装をしたネルとアミナが待機していて、彼女たちの背後にイングリットが立っていた。

「ふぅ、湯気の熱気の中だから暑いのなんの、肌にはよさそうな空間だけどな」

「サウナの中にいるような物ですから、リベルタ様お水をお持ちしました」

「ありがとうイングリット」

「クローディア様もいかがですか?」

「いただきます」

イングリットの手には水差しと木のコップが乗ったお盆があった。

サウナのような熱い湯気の中にいたからか汗をかいていた自覚がある、手で扇いでも熱気しか顔にあたらないからそういうこともできなかった。

「かぁ、美味い。レモンの味がするけど」

「普通の水ですと汗をかいた際にはよくありませんので、レモンの果実と塩を少々入れました」

「なるほど、これは美味しいですね。もう一杯いただけますか?」

「あ、俺も」

「かしこまりました」

そんな空間から出てきたからか、ぬるくても水分が美味しい。

「アミナ、空から見た様子はどうだった?」

「うーん、湯気が空まで上がっちゃってるから近くまでいけなかったよ。街も見えなかったし」

「そうか」

この面々で唯一空中偵察ができるということでアミナにも飛んで観察してもらったが白い湯気で何も見えなかったと。

「ネル、ロータスさんはなんて言ってた?」

「引き返す可能性はあるって言ってたけど、それよりも先に街の住民が心配だって言ってたわ」

「たしかに」

無理矢理先に進むこともできなくはないけど、それで被る危険性を考慮したらさすがに即断はできなかったか。

この馬車一行の責任者はロータスさんだ。

彼の判断次第で俺たちの行動の指針が決まると言っていい。

だけど、さすがにこの異常事態を前にして、無理そうだからと別の精霊の場所に行こうとは言えないし、言うつもりもない。

「どうしたものか」

「リベルタ、何とかする方法があると言うのですか?」

「今の俺じゃどうしようもないけどイングリットならどうにかできる」

「私がですか?」

「ああ、もともと取る予定だったスキルだけど、それがあればこの状況も打開できるはず。こういう悪環境をどうにかするためのサポート型メイドだからな」

さすがにこの状況で困っている人がいて助けられるのなら助けた方が良いに決まっている。

「取る予定というとまだ彼女は覚えていないということですか?」

「そうなんですよねぇ。スキルスクロールがあれば買ってたんですけど、スクロールショップでは見つからなかったのでなかなか」

その打開策は知っているけど、そのスクロールがないのだ。

「お話が聞こえてしまい申し訳ありません。ですがリベルタ様、そのスクロールがご用意できればこの状況を打開できるというのですか?」

ないものはない。

となるとどうしようもないのと変わりがないのだが、ロータスさんが歩み寄ってきて真剣な顔で聞いてきた。

「打開というか、原因究明と街の人の安否確認のために街の中に入り込むことくらいはできるようになりますよ」

貴族として、この状況に対処しようと手を尽くしているのを知っている俺は隠すことなく方法はあると断言する。

「それはいったい」

「エアクリーンとサーモコントロールというスキルです。前者はスキルレベル依存で一定の範囲の空気状況を生活環境基準まで洗浄してくれるスキルです。後者もレベル依存で一定の範囲内の気温を任意の温度に変更することができるスキルですよ」

もともと、特殊環境下でのボスモンスター相手に不利を解消するためのスキルだ。

ボスモンスターの中には毒沼にいたり、火山の噴火口にいたり、極寒の地にいたりと自身に有利な環境を用意しているような存在が結構いる。

人間にとって毒沼や、高温度の噴火口、極寒の猛吹雪は人体に悪影響を及ぼす。

サポート型メイドのスキル構成の中に入っているこの二つのスキルは、有利にはできないがどんな場面でもフラットな状況に持ち込むことができる。

レベルを上げれば、這竜の毒のブレスみたいな特殊効果系の攻撃すら防ぐことが可能になる、お掃除系スキルの中でも重宝するスキルなのだ。

「・・・・・ありますな。屋敷の保管庫の中にあったはずです」

「マジですか」

「すぐに早馬で屋敷に知らせます。帰りに持ってきてもらえば」

「それだと手遅れになる可能性がありますんで、すぐに戻りましょう。定員がありますので行けるのは俺たちとロータスさんだけになりますが」

それが手に入ると言うのなら、この状況をどうにかする方法が見つかるかもしれない。

馬車で戻るのは大変だけど、この地点を登録すれば転移のペンデュラムで行き来が可能になる。

「それは?」

「ちょっとした縁で手に入れた物ですよ。これがあれば王都の俺の家に転移できます。早馬よりも絶対に早いですよ」

「なんと!それは助かりますな」

一度に移動できる人数は六人まで、リキャストタイムが一時間あるから行ってすぐ帰ってくることはできないけど公爵の屋敷に行って報告している間にリキャストタイムも過ぎるだろう。

転移のペンデュラムを服の下から出してネルとアミナ、クローディアとイングリット、そしてそこにロータスさんを加えペンデュラムを起動する。

視界は一瞬白く染まり、視界が復帰した瞬間にそこが俺の家の居間だというのがわかった。

「本当に一瞬で戻ってこられたのですな。では、私はさっそく閣下に事の顛末を説明しにまいります」

「俺たちも行きますよ。そっちの方が帰りも手早くできます」

「感謝いたします」

ロータスさんは即座に家を出て公爵の館に向かおうとしたが、別れる意味もないので全員で公爵家に向かうことにする。

ぞろぞろと老紳士を先頭に歩き、編み傘をかぶっているとは言えクローディアもかなりの有名人、街の住人の視線を集めてしまう。

だからと言って高位貴族の執事の格好をしたロータスさんが率いる一行に声をかける人は普通はいない。

「やぁ!そこにいるのはいつぞやのお嬢さんたちじゃないか!」

そう、普通のやつなら。

「!?」

早歩きで歩く俺たちの前に立ちふさがるように立つ見覚えのある男。

今日は休日なのか私服姿のアレス。

俺たちとあんな別れ方をしたというのに、よくもまぁ平然と何食わぬ顔で声をかけられたものだ。

ネルの尻尾が逆立ち、一気に警戒態勢に入っているのが目に入らないと言うのか?

「失礼、先を急いでおりますので道を譲っていただけませんか?」

「?好きに通ればいいじゃないか、俺はそちらのお嬢さんたちに用があるだけで」

「彼女たちは私の主のお客人です。失礼ながら先約はこちらなのでお話があると言うのならまた後日ということでよろしくお願いしたいのですが」

その反応を見ていないのにも関わらず、ロータスさんはスッとアレスの前に立ち、ことを荒立てないように礼をもって接し始めた。

ネルたちしか視界に入っていなかったのか、ロータスさんが間に入った時に一瞬だけど顔をしかめた。

しかし、ロータスさんの格好を見て、すぐにその表情を引っ込めた。

されど一瞬はその表情を表に出していることをロータスさんは見ている。

朗らかな笑みを浮かべつつも、言葉の中には急いでいるということを強調し、邪魔をするなとくぎを刺しているようにも聞こえた。

「しかし、ここで会ったのも何かの縁だ」

「そちらの事情は分かりかねます。こちらは火急の用件でございます。なにとぞご理解を」

その言葉に反論し、なお食い下がろうとしているアレス。

ネルとアミナは俺の背後に隠れ、何かあったのかと察したクローディアが俺たちを隠そうと一歩前に出た。

「!もしやあなたはクローディア様ではないだろうか!?」

「……そうですが」

それがいけなかった。

彼女は善意でアレスからネルたちを守ろうとしたのだろう。

遮られたという事実は、新たな者を視界に収めようとアレスの視界を誘導してしまう。

そしてその遮った人物が有名人だとしたら、アレスは獲物をネルたちからクローディアに変えた。

「中央大陸で活躍しているあなたがなぜここに?」

「私にも諸事情というものがあります。あなたには関係ないことです」

いきなりの質問に、クローディアの声質が硬くなる。

答える気はないと、はっきりと言って断っているのにアレスは気にしないと言わんばかりにさらにこちらに詰め寄ってきた。

「そうですか!ですが、これは本当に運がいい!ここで噂に聞く鉄拳のクローディア様と出会えた!これは神が俺を祝福しているのと同じだ!」

俺たちからしたら最悪の運なのだと言いたいが、ここで口を挟むと余計に話がこじれそうになる。

天罰ギリギリのワードを言っているような気がしてつい、空を見上げるが雲行きが怪しくなることもなく、天気は良好。

「そんな祝福を受けた覚えはありません。ロータスさん、先を急ぎましょう」

「かしこまりました。では、これで失礼します」

「待ってくれ!ぜひ話を聞いてくれ!!」

「聞きません、先を急いでおりますので」

神の天罰は降ってこないかと、残念に思いつつ話していてもらちが明かないとロータスさんとクローディアが歩みを再開し、そのまま進もうとする。

前に立ちはだかり、両手を広げ遮ろうとしたアレス。

だが、相手はクローディアだ。

「あ、足が」

「今のうちです」

それよりも先に、クローディアがアレスの影を踏みつけ足を固定した。

その隙にロータスさんが抜け、そのあとに俺たちが続きアレスの脇を通り過ぎる。

俺たちとクローディアで視線を行き来させているが、足が動かない疑問の方が先立って戸惑っている。

「クローディア様大丈夫かしら、あいつ結構しつこそうだけど」

「大丈夫だろう、影踏みで足止めしているだけだし、俺たちが離れれば」

「お待たせしました」

「こうやって一瞬で追いついてくるし」

そんな戸惑いの顔を見てそのまま通り過ぎる。

影踏みでアレスの動きを止めているから当然その場にクローディアを置いていくことになる。

それを心配してネルが振り向いて確認する際に俺も一緒にそちらを見ると懸命にアレスがクローディアに話しかけているのが見えた。

だけど、俺たちが角を曲がり視界から消えそうになる瞬間、クローディアの姿が消える。

雷歩スキルでの瞬間移動。

アレスからしたら突然消えたように見えたのだろう。

「お疲れ様です。大丈夫でしたか?」

「リベルタから話には聞いていましたが、あれほど面倒という言葉が似合う人物は珍しいとだけ言っておきましょう」

そんなことをしないと撒けない存在ってどんだけなんだよ。

仮にもFBOの作中NPC最強格のクローディアを困らせるのって相当だと思うぞ。

「ああいう輩には関わり合いを持たないのが良いでしょう」

「重々承知しております」

「よろしい」

ちょっとしたトラブルはあったが、あとは屋敷に向かうだけ、もう何もないだろ。