作品タイトル不明
悪役令嬢にざまぁされないように、負けている場合ではありません①
アザレアが戻って来ることなく、レフィトとデフュームの試合が始まろうとしていた。
「アザレアちゃん、大丈夫ですかね?」
「大丈夫よ。彼女が困っていたら、誰かが助けてくれるもの」
ネイエ様がそう言うのなら、そうなのかもしれない。
だけど……。
「最近、周りからの反応も少し……アザレアちゃんに冷たいことが増えているんです」
「今、マリアン様がここにいるから、問題ないわ」
声を潜めて、ネイエ様は断言した。
思い返してみると、確かにそうだったかもしれない。
マリアンが同じ空間にいる時は、誰もアザレアに近付かなかった。
けれど、マリアンがいなければ、アザレアは差し入れをもらったり、上級生のお姉さまたちに可愛がられていた。
ゼンダ様と言い争いになっても、きっと誰かが止めてくれるだろう。
仲良くなったふたりなら、そんなこともないかもしれないけど。
安心すれば、ふっと疑問が頭に浮かんだ。
まさかね? とは思うけれど、考えれば考えるほど、その疑問があながち間違っていないような気がしてしまう。
「マリアン様って、もしかしてあまり慕われてない……なんてこと、ありますか?」
「あるような、ないような感じね。もし、家格が低かったら、そばにいる人は減るでしょうね」
目上の人には逆らえないっていう あれ(・・) ね。
貴族って、縦社会だもんね。
「それを含めて、慕われてるってことですね」
私の言葉にネイエ様は笑みを深めるのみで、言葉を発することはなかった。
けれど、その笑みがすべてを語っている。
貴族社会って、やっぱり面倒だな……と思わずにはいられない。
これから先、私もその一員へとなっていくんだろうけど。
レフィトとの未来を進むのなら、他の貴族との関わりは必須。避けて通ることは、できない。
このままマリアンに目を付けられたままだと、結婚後は大変そうだ。
ざまぁを回避したからって、マリアンとの関係が改善される保証はない。
回避さえすれば、大丈夫だって思ってた。
もしかしたら、その考えが甘いんじゃないかって思ったこともあった。だけど、無事に卒業さえすればどうにかなる。そう、信じたかった。
でも、ゲームのエンディングのあとも人生は続いていく。
卒業後のことも考えないと。現実をしっかり見ないとだ……。
ここは、ゲームじゃない。リアルなんだから。
決意を新たにしたところで、レフィトとデフュームの試合が始まった。
周りは見合ったり、打ち合ったりしている。
レフィトとデフュームも木刀を合わせてはいるんだけど……。
「これって、試合ですよね?」
剣術について、私は何も分からないド素人だ。
それでも、目の前で繰り広げられている試合は、どう見ても試合には見えない。
「剣術指導にしか、見えないんですけど……」
デフュームに打ち込ませ、時に軽く打ち返す。
それをレフィトとデフュームは、ひたすらに繰り返している。
「木刀が上手く振れた時に、頷いているわね」
「ですよね。何で指導なんか……」
そう言いながら、「守る力は必要なのにねぇ」とレフィトが話していたことを思い出す。
鬱憤(うっぷん) を晴らすとか言ってたけど、デフュームのために剣術指導をしてあげたかったのかぁ。
幼馴染だもんね。色々と思うところはあっても、力になりたかったのかも。
素直じゃないなぁ……。
なんて、温かい気持ちになったのだが──。
「指導するように見せかけるなんて、考えたわね」
「えっ?」
「ただヘロヘロになるまで痛めつければ、非難されるわ。けれど、指導しているように見えれば、文句も言いにくいもの。剣術大会で指導したことを指摘されたら、最近デフューム様があまり剣術に対して熱心じゃないから、剣術の大切さを伝えたかったとでも言えば問題ないものね」
ネイエ様は、納得したように頷いている。
けどね、私はちょっと引いてるよ?
ネイエ様の言ったことが真実だったとしたら、そこまでしてやるの? という感じだ。
未だに打ち込みをさせられているデフュームは、既にヘロヘロだ。
その様子を見ながら、へらりと笑うレフィトにゾッとした。
そうだった。いつも私には優しかったけど、こういう一面を持っているんだった。
「これ、いつまでやると思います?」
「他の試合が終わる頃までじゃないかしら。自分たちの試合だけを長引かせるのは、得策じゃないでしょうしね」
「そうですか……」
もう木刀を持ち上げるのも大変そうなデフュームを眺めつつ、早く終わらせる方法はないかな……と考える。
この距離で伝える方法って、何?
叫ぶ? できたら、それは避けたい。けど、他に方法が思いつかない。
「デフューム、がんばってー!!」
声援の中に、マリアンの声が聞こえた。
「レフィトも、がんばってねー!!!!」
…………え?
デフュームを応援したあとに、当たり前のようにレフィトを応援したその声に、一瞬思考が止まった。
何で、レフィトも応援しているの?
いや、応援をしてはいけないなんて、決まりはないよ? でも、互いに敵視……はしてなかったわ。敵視されているのは、私だけ。
マリアンは、今でもレフィトが自分のところに戻ってくることを望んでいるんだ。
マリアンの方を向けば、応援の声もかけないのね、と視線で馬鹿にされた気がした。
その視線に腹が立たなかったわけじゃない。それでも、また注目を集めることを戸惑ってしまう。
「レフィト、勝って……」
叫ぶほどの声ではなかった。
きっと、レフィトにも、マリアンにも届かないほどの声だ。
私の中途半端な心を表すかのような、喧騒の中ではかき消えてしまう、遠くには聞こえない声。
それなのに、琥珀色の瞳と視線が交わった。
レフィトの口がゆっくりと動く「任せて」、そう言っているような気がした。
次の瞬間、レフィトが木刀をデフュームの木刀に当てたかと思ったら、デフュームは地面に倒れていた。
デフュームの近くに落ちている木刀は割れている。
どうやったら、木刀同士を打ち合わせて割れるのだろう。
ガタガタとデフュームは震え、後退りをし、下がった分だけ、レフィトは距離をつめていく。
レフィトの琥珀色の瞳が、冷めた色をしているのが印象的だった。
折れていない、自身の木刀を、レフィトはデフュームの方へと投げた。それで戦えということだろうか。
そうなると、レフィトは素手で、デフュームは木刀を手にすることになる。
けれど、どう見ても、デフュームは戦えそうにない。
カタカタと震え続け、戦意喪失しているのは明らかだった。
「あら、ギブアップしたのね」
つまらなそうにネイエ様は言った。
会場内には、ざわめきが広がっている。
当の本人はというと、試合が終わったからと、そのまま私たちの方へとやって来た。
「カミレ、勝っ──」
「レフィト! 私の声援が届いたのね!!」
今日は攻略対象者たちではなく、令嬢方を引き連れたマリアンが、私とレフィトの間に立った。