作品タイトル不明
悪役令嬢にざまぁされないように、もっと絆を深めましょう②
「カミレ!? どうしたの? どこか痛いの?」
あわあわとしたレフィトがぼやけて見える。
ぽたり、ぽたりと、私の意思に反して、しずくはこぼれ落ちていく。
「どこも、痛くないよ」
「でも、泣いてるよ? 痛くないなら、悲しいの? それとも、苦しい?」
慌てたようにポケットを探したあと、レフィトはポタポタと落ちていくしずくを、服の袖で拭ってくれる。
少し開けた視界に映るレフィトは、心配で心配で仕方がないというように琥珀色の瞳が揺れている。
「大丈夫だよ」
ただただ、こぼれ落ちてくるのだ。
悲しいとか、痛いとかじゃない。
胸がギュッとなって、私の心から溢れ出した何かが、涙という形になって、勝手に出てきてしまうのだ。
「オレの話で、嫌な気持ちに──」
「それだけは、絶対にないから!!」
そんな勘違い、絶対にしないで欲しい。
レフィトの考えていること、気持ちを教えて欲しいと望んでいたし、これからも知りたい。
「本当に?」
「本当だよ」
涙をぬぐい、優しくクセのあるやわらかな髪をなでる。
そうすれば、自然と細まる琥珀色の瞳。
その姿に、好きだな……と思う。
そう思うと、また視界が歪む。
「レフィトのこと、もっと知りたい。いつも何を考えているのか、どんな子どもだったのか、何が好きで、何が嫌いか。何でもいいの。私の好きな人のことを、知りたい」
「…………うん。ありがとぉ」
歪んだ視界では、はっきりとした表情は見えなかった。
けれど、少し困ったように、はにかんでいる。そんな風に見えた。
「オレの話は、面白いことなんか、何にもないんだよねぇ。愛のない政略結婚は当たり前で、よくある話だからさぁ」
なんてことない。というように、ポツリポツリとレフィトはしゃべる。
「毎日がね、退屈で、面白くなくて、ひとりは嫌だけど、誰かといてもさみしくて……。ずっとね、大切な誰かを待ってたのかなぁって思うんだぁ」
「うん」
「その誰かって、カミレだからねぇ?」
琥珀色の瞳の中に、目をまん丸にした私が見えた。
だって、心臓が止まるんじゃないかってくらい、ビックリしたのだ。瞬きもともに、また、しずくが落ちていく。
「そんなに驚くことぉ?」
レフィトは当然のように、落ちていくしずくをぬぐってくれる。
私の心臓は、驚きすぎてバクバクだ。
だって、運命の人みたいな言い方だったから。
ロマンチックが急に自分のところへ来て、素敵な返しができる人って、どのくらいいるの?
ヒロインくらいじゃない? って、私も今は悪役だけどヒロインか。
こんな時、レフィトが喜んでくれるような返事がしたいのに、私にできたことは、熱くなる顔と体を持て余して、つま先とにらめっこすることだけ。
下を向いて、瞬きをすれば、また涙が落ちていく。
ヒロインスキルが欲しいと、こんなに切実に思ったことはない。
「ごめ──。どうしても、止まんなくて……」
嬉しいのに、胸が苦しい。
どうして、もっと早く出会えなかったのだろう。
私がレフィトのさみしさをなくせるなんて、そんなことは思わない。でも、さみしい時には、となりにいたかった。
「自分のためには泣かないのにねぇ」
くしゃりと顔を歪め、泣きそうな顔をして、レフィトは私の涙をぬぐう。
「カミレは、オレの幸せなんだぁ」
そう言いながらも、困った顔をしているのは、どうしてなんだろう?
「レフィトは、今、幸せ?」
傲慢な質問だ。私といて幸せなのかと、聞いているようなものじゃないか。
それでも、気が付いたら口から溢れていた。
「うん。幸せだよぉ」
それなら、どうして困ったように笑っているのだろう。
「私もね、同じ気持ち。レフィトといると、幸せなんだ。気持ち、おそろいだね」
「おそろい?」
きょとんとした顔をしたあと、へにゃりと眉を下げてレフィトは笑う。
「そっかぁ。おそろいかぁ……」
噛み締めるように呟いたあと、私を見た琥珀色の中に、ほんの一瞬だけさみしげな色が混じる。
「オレね、カミレと話すようになるまでね、幸せがわからなかったんだぁ」
なんて言えばいいのか……。言葉は見つからず、かわりにレフィトの手を握る。そうすれば、大きな手が握り返してくれる。
「カミレは、特別なんだぁ。カミレがオレと一緒にいてくれるだけで奇跡なのに、オレにね、たくさんのことをくれるんだよぉ」
「たくさんのこと? いつももらってるのは、私だよ」
レフィトは、いつだって私を気遣ってくれる。優しくしてくれる。
学園では、なるべく私がひとりにならないようにして、マリアンたちから、守ろうとしてくれる。
今日だって、心配して、ついてきてくれた。
とても、とても大切にしてくれている。
助けてもらうばかりだ。
「そんなことないんだよぉ。カミレにとって当たり前のことが、オレにとっては、特別なんだぁ」
眩しそうに、瞳を細めながら、レフィトは言う。
けれど、私には、レフィトの言う特別が分からない。
「婚約したばかりの……、オレがはじめてカミレの家で一緒に朝食を食べた時のこと、覚えてる?」
「うん。豪華なサンドイッチを買ってきてくれたよね」
「オレにとっては、特別だったんだぁ」
「あのサンドイッチおいしかったもんね」
分かる。おいしいものとの出会いって特別だよね。
……あれ? これだと私にとっての特別になっちゃう?
レフィトは、私にとっての当たり前だって言ってた。あのサンドイッチのおいしさは、当たり前なんかじゃない。
ということは、おいしいものとの出会いではないってこと……なのかな?
「確かに、あのサンドイッチはおいしかったよねぇ。でも、それはサンドイッチだけの力じゃなくて、カミレたちと食べたからなんだよ」
「みんなで食べたから、おいしかったの?」
私の問いに答えることなく、レフィトは小さく笑う。
「はじめてだったんだぁ。義務でも、強制でもなく、誰かとテーブルを囲んで食事をするの」
…………えっ? はじめて?
婚約する時にしか、レフィトのご両親には会ったことがない。
緊張していたし、短時間であっさりと終わったので、どういう人かは、よく分からなかった。
ただ、振り返ってみると、確かに家族団らんという雰囲気ではなかったように思う。
これが、レフィトのいう政略結婚をした家族というものなのだろうか。
「カミレにとって、家族で食事をすることって日常でしょぉ? でも、オレにとっては、当たり前なんかじゃない。特別だったんだよ。誰かと食べるとおいしいって、はじめて知ったんだぁ」
へにゃりと笑うレフィトに、何とも言えない感情が胸の中でぐるぐると回っている。
顔が近づき、目元へと何かが触れた。
それを繰り返されているうちに、レフィトの唇が私の涙を受け止めているのだと理解した。
その瞬間、血が沸いたかと思うほど、体が熱くなる。
「レフィ──」
「ねぇ、カミレ」
かけた声は遮られ、視界はレフィトの手に覆われた。
そして──。
「同情した? 可哀想って、思ってくれるぅ?」
なぜか、とても軽い口調で問いかけられた。