作品タイトル不明
求める関係③
ドキドキどころか、ドドドドド……と心臓が走っている。
今から、ここで踊るんだ……。
「カミレ、大丈夫だよ。もう、何も考えなくたって踊れるほど、カミレは練習したんだからさぁ」
「レフィト……」
「今、カミレに一番必要なものって何だと思う?」
「え? えっと……間違わないこと……じゃないの?」
「ふふっ、はずれだよぉ。ね、笑ってよ……。カミレに一番必要なものは、笑顔だよ」
甘い甘い、ハチミツのような琥珀色が、弧を描く。
私のすべてを受け入れてくれているような眼差しに、緊張とは違う理由で心臓が早鐘を打つ。
この世界が私とレフィトだけなのではないか……。
そう思ってしまうほど、私の目にはレフィトしか映らない。
まるで私の世界がレフィトで染まっていくような、そんな錯覚に陥っていく。
「さ、一緒に踊ろう? 大丈夫。ふたり一緒なら、できないことなんかないよ」
「ふふっ……。大げさだなぁ」
レフィトがあまりにも大きくでるから、思わず笑ってしまった。
だけど、本当にそう思えるのだから不思議だ。
何の根拠もないのに、レフィトとなら何でもできてしまいそうなのだ。
レフィトはいつも私の背中をそっと押してくれる。限界を決めないで、できるよって言ってくれる。
誰よりもそばで、私の味方でいてくれる。
「レフィトは、私のヒーローなんだ……」
「……ヒーロー?」
「うん。いつだって優しくて、助けてくれて、私のことを守ってくれるヒーローだよ。私も、レフィトのヒーローになりたい……」
「…………お姫様じゃなくって?」
「お姫様が駄目ってわけじゃないけど……、私もレフィトのことを守りたいから、やっぱりヒーローかなって……」
「そっかぁ。カミレらしいねぇ」
顔をほころばせて、レフィトが笑う。
そんなレフィトだから、私にとってのヒーローなのだ……。
ゆったりとした旋律が流れ始める。
私とレフィトは手を取り合って、最初の一歩を踏み出した。
多くの視線が私たちへと向けられている。品定めをするかのように、遠慮なんてない視線だ。
だけど、その視線も今の私には、驚くほど無関係なもののように感じて、気にならない。
私を見つめ続けるレフィトの眼差しが、背中に添えられた手が、世界をレフィト一色にしてくれている。
「ねぇ、カミレ。オレね、社交界での、カミレの最初のダンスパートナーになれて嬉しいんだぁ。ありがとぉ」
「ううん……。お礼を言うのは、私の方だよ。私の最初のパートナーになってくれて、ありがとう。できれば……」
「できれば?」
「さ、最後のパートナーにもなってほしいなって……」
こ、これは図々しすぎたかな?
でも、本当の気持ちだし……。
「カミレ、どうしよぉ……」
「え?」
「ダンス中なのに、カミレのこと抱きしめたい……」
その言葉に、ぶわっと体中が熱くなるのを感じた。
「カミレとのダンスがずっと続けばいいって思うのに、早く終わって抱きしめたいんだぁ」
困ったように眉を下げ、へにゃりとレフィトは幸せそうに笑う。
あぁ、何て愛おしいんだろう……。
「私も、レフィトのこと抱きしめたい……」
そして、好きだって伝えたい。
わずかな隙間さえなくして、ギュっとくっついてしまいたい。
くるり、くるりと音に合わせて回る。
回るたびに広がるドレスの裾は、シャンデリアの光でキラキラと輝いて、夜空の星を縫い付けたかのように美しい。
「あーぁ、カミレのこと誰にも見せたくないなぁ。閉じ込めて、オレだけのカミレにしちゃいたい」
「……え?」
急にハチミツのような瞳から顔を出した不穏な気配。
甘さを含んだままなのに、仄暗さが私を見ている。
「カミレが可愛いから、見惚れるのは当然なんだけど、すっごく気に入らない。見惚れた奴らの目を全部潰すか、記憶を抹消させたい」
「レ、レフィト?」
あ、あれ? 今、すごい甘い雰囲気だったよね?
何がどうなって、ヤンデレたの⁉
「ねぇ、今すぐカミレのことをさらって、閉じ込めてもいい?」
「いや、それは普通に犯罪だから」
「……だよねぇ」
小さく笑うレフィトに、もしかして私は甘い雰囲気に戻るタイミングを逃したのでは? と、気が付いた。
だけど、頷いたが最後、軟禁生活がはじまる予感がする。
いや、いくら何でも、そんなことは……。
「どうしたのぉ?」
「ううん。頷いてたら、どうなってたのかなって、ちょっと思っただけ」
「…………試してみる?」
そう言って笑うレフィトの口から覗いた八重歯に、ドキリとした。
これ、絶対に頷いたら駄目なやつだ……。
「ううん。大丈夫かな……」
「そう? 残念だなぁ。でも、それがカミレだもんねぇ」
くすくすと楽しそうに笑う瞳は、キラキラと輝いている。
令嬢たちから「キャー」という歓声があがっているのが聞こえた。その声にハッとして、ちらりと周りを見れば、レフィトはすごく注目を集めている。
これだけレフィトがかっこいいんじゃ、当然だよなぁ。
しかも、かっこいいだけじゃなくて、笑った顔は可愛いんだもの。見ない方がおかしいよね……。
たしかにそう思ったのに、何だか胸がモヤモヤする。
「閉じ込めちゃいたいのは、私の方かもね……」
無意識に口からこぼれた言葉に、琥珀色の瞳が瞬きを繰り返している。
だけど、私もそれどころではない。
今、私、とんでもないこと言ったよね⁉
「あ、あの、今のは……」
「ふふっ……。カミレ、オレのこと飼ってくれるのぉ?」
いたずらっぽい表情に、犬耳としっぽの幻覚というトリプルコンボに、一瞬息が止まったかと思った。
か、可愛い。可愛すぎる……。
頑張れ、私の理性……。ここで負けちゃ駄目だからね。
負け……ちゃ…………。
「オレ、カミレにだったら飼われてもいいよ?」
こてんと、小さく首を傾げられ、もう駄目だった。
私の視界に入ったレフィトに熱視線を送っている令嬢たちも、気にならないほどに、私の中が再びレフィトに占拠されていく。
完敗だ。KO負けだ。だがしかし、ここで頷く私ではない。
婚約者になってから、およそ七ヶ月。常にレフィトの可愛いに接してきたからこその、耐性が私にはある。
そう、ダンスをしている私たちの周りで、ダンスパートナーではなくレフィトをガン見したり、キャーキャーと遠くから歓声をあげているひとたちとは、経験値が違うのだ。
「レフィト……」
「うん?」
「私は、レフィトを飼いたいんじゃなくて、その……結婚したいんだよ。一緒にいられるってのは同じだけど、違うの分かるよね?」
そう言い終えた瞬間、レフィトは私の腰を持って、くるりと回った。
予定にはない動きなのに、何だかそれが当たり前のようにさえ思えて、降りたあとも迷うことなく足は動く。
レフィトは顔を赤く染めながら、すごくすごく嬉しそうに、まるで子どものような純粋な顔で笑っていた。