作品タイトル不明
求める関係①
マリアンが去ってからは、驚くほど何事もなく建国祭は進んで行く。
私たちは会場の端っこで、パーティーの様子を眺めながら、軽食で小腹を満たしている。
お城の超絶高級な軽食も、おいしいはずなのに、何だかあまりおいしく感じられない。
それはきっと、アザレアは笑顔で話しているけれど、時々悲しそうに遠くにいるマリアンへと視線を向けているからだろう。
本当に、これで良かったのかな……。
アザレアは、マリアンのそばにいた方が嫌な思いもせず、幸せだったんじゃ……。
そんなことを考えたところで、どうしようもない。分かっているけれど、頭の中に不安がびったりと貼り付いて離れてくれない。
「カミレ……」
「うん? どうしたの?」
レフィトが心配そうに私を見ている。
だけど、何も言わないでくれる。
「んーん。何でもないよぉ。それ、おいしい?」
そう聞きながら、琥珀色の瞳が優しく細まった。
あたたかな琥珀色に、ほんの少し不安が和らいだのを感じる。
「うん、おいしいよ……」
「そっかぁ。あとで、オレも食べようかな。あ、カミレがあーんしてくれてもいいよぉ?」
こてんと首を傾げ、私をからかうようにくすくすと笑う。
「人前は恥ずかしいから嫌だよ」
「へへっ、知ってるぅ」
いつものやり取りが、レフィトの優しさが心の中に広がっていく。
「…………レフィト、ありがとう」
「何がぁ? オレは何にもしてないよぉ」
うん、レフィトはそう言うよね。
レフィトは、いつだって私の心の一番あたたかいところにいてくれる。
一緒にいてくれて、それでも聞かないでいてくれて、そっと寄り添ってくれる。
だからね、私は 俯(うつむ) かないでいられる。
「アザレアちゃん」
「……そんなに真剣な顔をして、どうされましたの?」
不安げにアザレアの瞳が揺れている。
「私、アザレアちゃんがそばにいてくれて、友だちになってくれて、すごく嬉しいよ。冤罪のことは、許す、許さないじゃなくて、ただ、そういうことがあったという事実に私の中ではなってるんだ……」
「カミレちゃん……」
「うまく言えないけど、今までごめんね。もういいんだよって伝えられなくて」
「そんなことありませんわ。私が、全部悪いんですもの」
「うん。でも、もういいんだ。はじめはそんな始まりだったけど、今は一緒にいれて嬉しいから……。いつも一緒にいてくれて、ありがとう」
猫のような眼は見開かれ、ぽたりとしずくがこぼれた。
ぽたりぽたりと落ちていく涙を気にすることなく、アザレアはまるで子供のように顔をくしゃりとさせて笑う。
「私も、カミレちゃんとお友だちになれて、嬉しいですわ……。感謝しているのは、しなくてはならないのは、私の方だもの……」
アザレアに、ギュっと抱きしめられた。
私の手から、レフィトがそっとお皿とフォークを持っていってくれる。
レフィトに視線でお礼を伝え、アザレアの背中を撫でる。
そうすれば、アザレアは小さな声で嗚咽をこぼした。
「私、私…………」
「うん」
「カミレちゃんにこんなこと言うのは間違ってるかもしれないけど」
「うん」
「私、マリアン様のことが大好きでしたの。一生、ついて行きたいと思っていたんですの……」
「うん、知ってるよ。アザレアちゃんにとって、マリアン様は特別だって」
何度も聞いた。
ネイエ様が辛らつな言葉を口にする度に、アザレアはいつもマリアンを庇うようなことを言っていた。
アザレアの中心には、マリアンがいた。
「それは、アザレアちゃんの大切な感情だから。大丈夫だよ、私の気持ちとアザレアちゃんの気持ちが同じである必要はないから。間違ってなんかないよ」
マリアンから裏切者と言われたのだ。
行き場のない気持ちがあるのは、当然で、言葉にして吐き出せるのであれば、出してしまった方がいい。
ひとりで抱え込んでほしくない。
「でも、もうそれが今の私の気持ちではなくなってしまいましたの。裏切者という言葉に、気付いてしまいましたの。わ、私……、もうマリアン様のおそばには戻れませんわ……」
「そっかぁ……」
裏切者と言われたことに落ち込んでいるんじゃないんだ……。
アザレアは本当にマリアンを慕っていて、その気持ちを失くしてしまったことに、過去との別れに、涙を流しているんだね。
「ねぇ、アザレアちゃん。そうしたら、新しい関係のはじまりだね……」
「……新しい関係ですの?」
抱きついていた腕の力をゆるめ、アザレアはじっと私を見た。
猫のような眼は、涙でキラキラと光っている。
「うん。もう今までのようにはいられないなら、今度は新しい関係を築いていくことになるかなって……」
ただ、私と一緒にいると良い関係をつくるのは無理だろう。
アザレアがマリアンのところに戻るのなら、これがラストチャンスだと思う。
裏切者(・・・) という言葉は、たぶんマリアンからの最終警告で、これを逃したら、アザレアはもうマリアンのそばには戻れない。学園でも、社交界でも、つらい思いをするかもしれない。
アザレアも、マリアンから敵だと見られることとなる。
伝えた方がいい……よね。
もし、それでアザレアがマリアンのところに帰ることになるとしても……。
私が嫌でも、アザレアにとってその方がいいのなら…………。
気持ちを整理するために、大きく息を吸い、倍の長さで吐いていく。
大丈夫、たとえアザレアがマリアンのところに行ってしまっても、私がアザレアを好きだと、大切だと思う気持ちに変わりはないのだから。
「ねぇ、アザレアちゃん。もし、アザレアちゃんがマリアン様のところに戻りたいと少しでも思っているのなら、たぶんこれが最後の機会だと思うんだ」
アザレアの目が、大きく見開かれ、また一筋のしずくがこぼれ落ちた。