作品タイトル不明
建国祭に行こう④
「オレはね、ある意味マリアン嬢に感謝してるんだぁ。こんなに可愛くて、どっかの誰かさんみたいによそ見をしないで、心優しいカミレと婚約できたからねぇ。ありがとぉ、マリアン嬢」
そう言ったレフィトの口元からは八重歯が覗いている。何だか、その八重歯が攻撃的に見えた。
そして、へらりと クセになっただけ(・・・・・・・・) と言っていた笑みを浮かべると、レフィトはマリアンと同じように声を潜めた。
「だから、あなたは用済みなんだぁ。誰彼構わず囁く耳触りだけの良い言葉も、偽りの優しさなんかオレには必要ないから」
「私、心からレフィトのことを心配して……」
信じられないという表情で、マリアンはレフィトを見る。
その表情に、今までの取り繕った雰囲気はなく、あれ? と思う。
他者を支配しようと意図的にしていたわけじゃなかったの?
自分のために、優しさを振りまいているわけじゃない?
「もう、オレたちの心配はしなくていいよぉ。自分と、自分を取り巻く状況だけに目を向けるといい。張りぼての関係は、あなたが思っている以上に脆いから。これは、オレからの最後の優しさだよぉ」
どこか痛みを含んだ瞳でレフィトは言った。
思わず、レフィトの腕に触れている手に少しだけ力を入れれば、琥珀色の瞳と視線が交わる。
そうすれば、はちみつのほうに甘やかにレフィトは微笑んだ。
「大丈夫だよぉ」
「うん……」
さっき、ほんの一瞬だけレフィトがどこか遠くに行ってしまいそうで、怖かった。
だけど、私が見たのはきっと過去のレフィトだ。
「今までは 過去を振り返る(見るのが) 怖かったけど、もう平気。カミレのおかげだよぉ」
「レフィト? 何を言ってるの? あなたに必要なのは、私でしょう?」
意味が分からないというように、マリアンは言う。
そんなマリアンに視線を向けると、レフィトは首を横に振った。
「それは、昔のオレだよ。もう、マリアン嬢や王子のそばに戻ることはないって、いい加減理解してくれないかなぁ。あなたたちと一緒にいることで、オレがほんの少し救われてた 過去(こと) は事実だけど、カミレにしたことは許してないからぁ」
「嘘よ。レフィトのことを一番分かっているのは、私だもの。意地を張るのはお止めなさい。本当に、戻れなくなるわよ」
「うん、それでいいよ。オレには偽りの優しさも、誰にでも振りまく笑顔も、薄っぺらい関係も、もういらない」
レフィトがそう言った瞬間、マリアンの瞳から温度が消えた。
真っ赤な瞳は、じっとレフィトを見ている。
以前、剣術大会で見たマリアンの姿と重なって、鳥肌が立った。
「そう……」
マリアンは、扇子を開くと口元を隠すと、私を見た。
その瞳にはいつも浮かんでいた怒りはなく、驚くほど凪いでいる。
え? まさか、理解してくれた?
今まで、何回言っても理解してくれなかったのに?
頭の中で首を傾げていれば、マリアンは艶やかに私へと微笑んだ。
そこには、敵意も悪意もない。
「そういえば、私ずっとカミレさんに聞こうと思っていたことがありましたの」
落ち着いた、けれどとてもよく通る声だ。
思わず、耳を傾けたくなるような、不思議な魅力がある。
「カミレさん、あなたに盗みという冤罪をかけたアザレアさんのことよ。カミレさんがつらい思いをしているんじゃないかって、心配していたの……。だってアザレアさん、いつもカミレさんといるでしょう? いじわるをされてたりしていない? また冤罪をかけようとしているんじゃないかって、あなたのことが心配なのよ」
慈悲深い、みんなから愛されるマリアン様の表情で、まるで今までのことなどなかったかのように、言い切った。
え……。マリアンは、何を言っているの?
どうしてここで、アザレアの話をするの?
「まさか、脅されているなんてことは──」
「そんなことありません! 私とアザレアちゃんは、友だちです。好きで、一緒にいます。いじわるされたり、脅されたりなんか、していません」
「そう? それなら、いいのだけど……。まさか、アザレアさんに頼んで、自作自演……なんてことは…………。あ、いやだわ。私ったら、カミレさんを疑うようなこと……」
そう言って、私から視線を逸らしたマリアンの肩を王子は抱いた。
取り巻きたちは、そんなマリアンに「やっぱりマリアンは優しいな」だの、「疑われる方に問題があるんですよ」だのと話しかけている。
私は、いったい何に巻き込まれているのだろう。
「あのさぁ……。いい加減、自分の発言の影響力をきちんと考えなよぉ。憶測で話すなって。まさか、公爵令嬢ともあろう方が、そのことに気が付いてないのかなぁ? まさか、わざと……なーんてね」
レフィトが冗談めかして言った。
その瞬間、マリアンにご執心の人たち以外は、さっと視線を逸らしたのが印象的だった。
逆に、マリアン信者はレフィトを睨んでいる。
「あら? こんなに集まってどうかされたのかしら?」
なんてタイミングの悪さだろう。
キョトンとした顔で、アザレアが言った。
ゼンダ様は必死にアザレアを離れたところにつれて行こうとしているのが見える。
「あ! カミレちゃんですわ! レフィト様もいましてよ。ねぇ、ゼンダ様。私、カミレちゃんのところに──」
「アザレア。あなたが来るのは、私の方でしょう?」
にこりと微笑んだマリアンに、アザレアは猫のような眼を見開いた。