軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四章 プロローグ

第四章 プロローグ

すっかり気温も高くなった、6月中旬。

肌に纏わりつく様な湿気もあって、随分と蒸し暑い。

そんな中、今日も今日とて自分は放課後に美由さんの家へお邪魔していた。勿論、スクロールの作成の為である。

「……よし。できた」

乾燥させた紙を、霊木を使った芯に巻き終える。

小さな、単三電池サイズの巻物。これこそが、自分の魔法。

不備はないかと、手の中で弄びながら確認する。魔力の流れも含めて、問題なさそうだ。

「ふぅ……」

『初めて』作ったので、少々不安だったが。杞憂だったらしい。

新しく作った他のスクロールと一緒にポケットへ入れ、ガレージへと向かう。

───これは、凄い物ができた。

つい、スキップをしそうになる。鼻歌までしてしまいそうだ。

我ながら浮かれている。何せこれは、もしかしたら『魔力供給用スクロール』に並ぶ異能関連では大発明と言える類のものかもしれない。

まあ、正確には自分が考えたというより、元々異能についてきた知識の産物だ。誇る事ではないだろう。

だが、ついつい浮かれてしまうのを抑えられない。それぐらい、凄い物なのである。

いつもよりちょっと大股で歩いていると、女性の声が3つ、ガレージから聞こえて来た。

「失礼しまーす」

そう告げながら扉を開ければ、中には美由さんと璃子先輩、そして見知らぬ美女がいた。

……え、誰?

「む、若き鬼か。そう言えば、ここでスクロールを作っているのであったな」

「おっすオタク君。休憩にきたん?」

「お疲れ様です、耕太さん」

「あ、いえ……え、『若き鬼』?」

「うん?」

ロッソさんみたいな声と口調で喋る、ロッソさんそっくりな顔の美女に、視線を合わせる。

頭の後ろでクルリと纏められた、砂金の様な髪。白過ぎるほどに白い肌。薄いフレームの眼鏡がのせられた、すっと通った鼻筋。薄いピンク色の唇が、妙に艶めかしい。

スラリとした長身ながら、スーツを内側から押し上げる巨乳。そして、膝まで隠すハイウエストのタイトスカートが描く、腰からお尻、太腿までの美しい曲線。

映画に出てくる、やり手の美人秘書みたいな人がいた。

ロッソさんと同じ魔力を放出して。

「な、何だ。そんなジッと見つめて……い、嫌ではないのだがな?しかし、緊張するというか、恥ずかしいというか……い、いや!恥ずかしくない!吾輩は魔界貴族!た、多少?貴殿に見られたからと言って?別に何も気にする事など……」

「え、まさかロッソさん?」

「それ以外の何に見えていたのだ!?」

頬を朱色に染めて可愛らしく照れていた美人が、眼鏡の奥でくわっと目を見開く。

「オタク君。驚くのも無理はないけど、マジなんだ。マジで、この美人秘書さんがロッソさんなんだよ……」

「そんな、バカな……!」

「お主もか璃子!というか、え。そこまでか?そこまで驚く事なのか……?」

「はい」

「美由まで!?」

璃子先輩が、真剣な顔で衝撃の真実を告げてくる。美由さんもまた、凛とした顔で頷いていた。

何という事だ……!

「このいかにも仕事ができる美人秘書さんが……あの残念オブ残念な自称魔界貴族の20代厨二病患者だなんて……!」

「お主1回ぶん殴るぞ?グーで」

詐欺罪で訴えられるぞ。この見た目で中身がロッソさんとか。

むすっとした顔で怒る彼女に、小さく頭を下げる。

「すみません。あまりにもビックリし過ぎて……」

「まったく。失礼にも程があろう」

「本当に申し訳ない。なんか、見慣れない美人さんがいると思って、変なテンションに」

……あ、口が滑った。

流石に、面と向かって友人を美人と呼ぶのはちょっと恥ずかしい。

相手も面映ゆいのか、ふいっと視線を逸らす。

「ま、まあ。それならば仕方あるまい。吾輩の普段とは違う魅力に、見惚れる事を許そう」

「あ、ありがとうございます……?」

「マジかよ撮影アリっすか!オタク君!一緒にローアングルで撮影すっぞ!」

「そこまで許可しとらんわたわけ!」

「ちぇー」

「あの、それはそうと、なぜそんな格好を?」

「決まっておろう。たつみんの仲介のもと、例の製紙工場と交渉した帰りだからだ」

「あー。えというか大丈夫だったんですか?口調とか」

「───問題ありませんわ。貴族たるもの、その場に合った言葉を扱えねば。宮廷で笑いものになりましてよ?」

「おー……!」

何か一般的なビジネスマンの口調とはズレている気がするけど、雰囲気もあって様になっている……!

胸の下で腕を組んだロッソさんが、不敵な笑みを浮かべる。

「盟約はなされた。この契りでもって、汝の魔道はまた1つ前進したと……否、闇へと近づいたと言うべきであろう。忘れるでないぞ。貴殿の道は、1歩踏み外したが最後、永遠の奈落へと続いているのだからな……」

「契約の締結、ありがとうございました。ロッソさん。それと、悪用はしないよう肝に銘じておきます」

「うむ。存分に感謝するがいい!そして我が金言も覚えておけ!」

ふんす、と。満足気に胸を張るロッソさん。

スーツ越しでも存在を主張するお胸様につい視線が吸い寄せられるも、頭を下げる事で回避する。

「久々に聞いたな、熊本弁」

「熊本の方言、なのですか……!?これが……!」

「そうだぜ美由っち。熊本ではアレで会話しないと……死ぬ」

「なるほど……日本に、その様な危険地帯が」

「あと群馬を歩く時、街道から外れると死ぬ。これも覚えときなさい」

「了解しました。ありがとうございます、璃子先輩」

「良いってことよ!」

「美由さん。今璃子先輩が言った事、全部嘘だから。真に受けないで」

「!?」

もの凄いショックを受けた顔で璃子先輩をガン見する美由さんだが、とうの似非ギャルはこれをガン無視。

へにゃっとした笑みを、こちらに向けてくる。

「そいで、どうしたよオタク君。何か、ポッケからやけに高濃度の魔力を漂わせているけど」

「あ、はい。そうでした」

スーツ姿のロッソさんで忘れていたが、スクロールを見せにきたのだった。

「いや、この前の戦いで霊格がかなり上がったじゃないですか」

「そうだねー。それだけの激戦だった」

「はい。おかげで、『ケニング』をオーバーホールする事になりましたから」

美由さんが見上げる先。そこには、ガレージの天井からワイヤーで吊るされた、鋼の巨人がいた。

レッサーデーモン達を相手に大立ち回りをした結果、全身の装甲が破損。一部フレームにまで敵の攻撃が届き、コックピット近くを貫通した攻撃もあったそうだ。

美由さんが無事だったから良いものの、機体の破損状態を聞いた時は血の気が引いたものである。

やはり、武装が警棒と盾だけでは無理があるらしい。

「ブラックボックス以外は、ほぼ作り直しに近いですね」

「あーしも手伝うから、頑張ろうぜ美由っちー。そいで、霊格が上がったって話だけど、もしかして『矢広耕太は新しい魔法を覚えた!』案件だったりする?」

「だいたいそんな感じです。正確には、元々知識はあったものが、出力の上昇で使える様になったと言うべきですが」

「それはおめでとうございます」

力強く、美由さんがそう言ってくれる。

異能者は、覚醒した際に己の異能に関する知識が大まかにだが頭の中へインプットされるものだ。

それが、霊脈に溶けた知識が流れ込んだのだとも、アカシックレコードに接続したとも、魂の記憶を思い出したとも言われている。だが、どの説も定かではない。

「そんなわけで、新しいスクロールを作れる様になりました。前の物より、威力や効果も上がっていますよ」

「マジかよ。おめっとさん」

「うむ。それは良い事である。噂では、霊格が『30』の段に上がるとそうなると聞くが……」

「僕もそんな感じですね」

ロッソさんに頷きながら、ポケットからあるスクロールを取り出した。

「その内の1つ。『言霊のスクロール』を見てもらおうと思いまして」

「言霊のスクロール?何だそれは」

「まあ、実際に使った方が速いかと」

スクロールを握りしめ、魔力を流し込む。

すると、眼前に半透明の四角い板が出現した。

薄い、水色のガラスに似た何か。ゲームとかのメッセージウィンドウにも、少し似ている。

「え、マジで何それ?」

『え、本当にそれは何ですか?』

浮遊しているその板に、文字が浮かび上がる。

それは、璃子先輩の発した『言霊』を映したものだ。

「もの凄く大雑把に言うと、魔法の翻訳機です」

「ほへー。超便利じゃん。え、てかこっち側にも何か文字浮かんでるんだけど」

『ほへー。とても便利ですね。え、というかこちら側にも何か文字が浮かんでいます』

……違和感がすげぇ。

自分で作っておいて何だが、マジで翻訳アプリみたいだな。

「試しに、日本語以外の言葉で喋ってもらえませんか?」

「マ?オンドゥル語で良い?」

「オンドゥル語は日本語でしょ」

「おんどぅる……?方言ですか……?」

「よかろう。では吾輩がグ□ンギ語を」

「あ、そっちは分かります。古代の日本語ですね」

美由さん、ちゃう。それ実際にあった言語ちゃう。

「オンドゥル語はダメかー」

「文字でも良いですよ。あ、でも機械の音声は無理だと思います」

「ほーほー。んじゃあ、今試しに言ってみようとして、発音が分からなかったから諦めたこのヒンディー語の文章を」

そう言って、璃子先輩がスマホの画面を魔法の板に近づける。

すると、すぐに翻訳が開始された。

『そこのお兄さん、現在どの様な下着を穿いているのですか?』

「魔法が失敗しているか、璃子先輩の頭が失敗しているのか。どっちなんでしょうね」

無駄にドヤ顔する自称ギャルに、全力で冷たい視線を送る。

「ヒューッ!メスお兄さんのゴミを視る様な瞳!人によっては大好物だねぃ!」

「誰がメスお兄さんか。てか需要ねぇよ」

「いいえ。バニー衣装を着た暁には、ぜひあの視線をカメラにお願いします」

「美由さん?ごめん今なんて言ったの美由さん?」

「わ、わわわわ吾輩はぁ!別に、別にぃ?ちょっとドキっとかしていないんだがぁ!?」

「でしょうね。分かっているので動揺しないでください。それより美由さん?マジで今なんて?」

「ちなみにあーしはそういう性癖はないので、普通にショックです」

「変態行為した奴の台詞じゃねぇ。美由さん。落ち着いてお答えください。先ほど、なんて言いました?」

凛とした顔で、美由さんが背筋を伸ばす。

「耕太さんにバニーガールの衣装を着せた暁には、是非先ほどの視線をカメラと私に向けて頂きたいのです」

彼女は、とても澄んだ瞳をしていた。

……すぅ。

「璃子先輩ッッ!!」

「あーしじゃない!あーしじゃないぞオタク君!」

「犯人は皆そう言うんですよ!警察呼びますよこの変態!」

「警察!?待て若き鬼よ!吾輩は無実だ!未成年淫行なんてやっていない!」

「おどれには言っとらんわ20代厨二!」

「いやマジであーしは今回無実なんだって!あーしが渡したのなんて、せいぜいソフトなSMものの少女漫画ぐらいだし!」

「それはそれで何渡してんだ教育に悪い!」

「落ち着いてください、耕太さん。深呼吸です」

「現在落ち着くべきは貴女ですからね????」

どうして、どうしてそうなってしまったの美由さん。

いや、まだだ。まだ、彼女がボケただけかもしれない。冗談を言えるぐらい、自分達に打ち解けてくれた。そう思おう。そうに違いない。

期待の眼差しを向けていると、美由さんは何かを思い出す様に目を細めた。

「並行世界の貴方は、まさに人類のママと呼ぶに相応しい、慈愛に満ちた笑みを浮かべていました」

「うん。別人だね。その上勝手に女体化されただけだね」

「はい。私のいた世界の『矢広耕太』さんと、この世界の『矢広耕太』さんは別人です」

「そうだよ。いやマジでそうなんだよ」

「だからこそ……」

そして、美由さんはとても……とても、綺麗な笑みを浮かべた。

思わず見とれてしまう様な、美しい百合の花を連想させる笑顔。大輪の華とはまた別種の、淑やかな雰囲気を放っている。

鉄臭いガレージで、Tシャツとツナギを着ていようとも。

今の彼女は、深窓の令嬢の様であった。

「とても───ぐっときました」

そういや百合って毒あったわ。

「そっかー……」

「はい。なので、今後も是非お願いします」

「……前向きに検討を重ね、善処いたします」

「ありがとうございます。期待しています」

後で、いいやすぐに、マスターへ報告しなくては。

チラリと魔法の翻訳に視線を向ければ、そこには彼女の言葉がそのまま記されていた。翻訳の方が間違いで、実際は別の事を言っていたと思いたかった。

しかし、現実は非情である。

もはや、我がクランで随一の常識人。マスターを頼る他あるいまい。

「あーっと……それで、オタク君。その『言霊のスクロール』ってやつは、何に使うの?いや、凄いんだけどね?ぶっちゃけ普通の翻訳アプリで良くない?」

「いや、待て璃子よ。現代では解読できていない文章や言語も、アレならが読み解けるかもしれない。それは、歴史の闇を紐解く羅針盤となるぞ……!」

「なーる!すげぇじゃんオタク君!よ、日本一のメスお兄さん!」

璃子先輩とロッソさんが、冷や汗を浮かべながら話を逸らす。それはそうと、誰がメスお兄さんか。

「あ、そうですね。そういう使い道もあるんですけど、『ゴーレムに正しく命令できる様になる』と思ったので、報告にきました」

「……ん?」

「たぶん、これを使えば『特定の状況下ならゴーレムの運用も可能』だと思います。本当に、限定的にですが」

「……んん??」

「それこそ、『ゴーレムによる簡易スクロールの生産』とか、『ゴーレムの戦力化』も視野に入るかと」

「……んんん???」

「それじゃ、僕はちょっと急用があるので。失礼します」

翻訳の魔法を止め、灰になったスクロールの残骸をポケットに入れて踵を返す。

このスクロールは、歴史を変える代物かもしれない。だが、そんな事は今どうでもいい。重要な事じゃぁない。

一刻も早く、マスターに美由さんとの面談をお願いしなければ……ロッソさんの様な後戻りできない悲しき存在になる前に、矯正するのだ!

そう思い、一歩踏み出した瞬間。

「ちょっと、待ってください」

がっしりと、美由さんに肩を掴まれた。

「詳しく……詳しく、説明してください」

「いや、あの」

「私は今、冷静さを欠こうとしています」

「……はい」

瞳孔がガン開きした瞳で見つめられ、頷く他なかった。

美由さん……どうか、手遅れにならないでね……!