軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十一話 開戦の狼煙

第五十一話 開戦の狼煙

駅近くのファミレスに入り、窓際の4人席に通される。

通路側の席に座りながら、正面の璃子先輩へジトッとした目を向けた。

「……やっぱり、無理やりは駄目では?」

「いいや!ここは強引にでも絡めと、あーしのギャル魂が轟き叫んだ!」

クワッと目を見開く自称ギャルの隣。窓際に押し込まれた強いのにか弱い生物が、全力で顔を外側に逸らしていた。

「えっと……大丈夫ですか?ロッソさん」

「わが、私は『ロッソ・ヴェンデッタ』という魔界貴族ではございません。新潟のちりめん問屋の娘、石山岩子でございます」

「新潟からここまで来たのにジャージでコンビニへ……?」

というか意外と余裕あるな、こいつ。

「え、ロッソんの家ってちりめんじゃこ扱ってんの?」

「いえ。ちりめんじゃこも 縮緬(ちりめん) も扱っておりません」

「早々に自白しましたね」

「そもそも『ロッソ・ヴェンデッタ』とか魔界貴族とか言っている段階で、色々と手遅れだからね」

小鳥遊さんと2人して真顔になっていると、ロッソさんは目を強く瞑りながら絞り出す様に言葉を漏らした。

「だって……!友達と夜にファミレスとか……!行ってみたかったから……!」

「分かる……」

「え。いや、夜かは兎も角、友達とファミレスとか普通じゃね?」

黙れ陽キャ。ギャルっぽい事を言うんじゃぁねぇ。

一瞬、『いや、陰キャでも仲間内でファミレスに集まるとかわりとあるのでは?』と思ったが、自分の高校生活の悲惨さから目を逸らす為、全力でその考えを放り投げる事にした。

そぉい!

「今オタク君が虚空に何かを投げた気がするけど、まあそれは置いておいて。てか、ロッソんってこの辺に家あるん?」

「魔界貴族『ロッソ・ヴェンデッタ』ではない。石山岩子だ。うむ。吾輩の家はここから近いぞ」

あ、口調はもうそれでいくんですね。

……いや、そこまで行ったらもう全てを認めては?

「マジか。凄いじゃん。駅近とか」

「駅に近いと言っても、田舎だぞ?都会ならいざ知れず」

「おん?それはシャッター街と化した商店街近くに店を構えている我が家への宣戦布告か、メーン」

「メーンではないわ。というか、そこまではだな……」

「そして、家から徒歩10分行った所にお店がなく、民家以外東西南北畑か田んぼな僕への宣戦布告でもあるわけですね。分かります」

「違うが!?なぜ若き鬼まで!?」

「……特に浮かびませんが、とりあえず敵です」

「理由のない敵意!?」

いつもと違い、ヘアゴムで前髪を上げているロッソさんの表情が分かり易い。オッドアイが飛び出るんじゃないかと言う程、見開かれている。

ちょっと面白い。小鳥遊さんも、珍しく冗談を言うぐらいには。

「だいたい、貴殿らがなぜここにいる。『アルフ』からそこそこ遠いはずだが」

「ああ、それはですね」

『ケニング』の試運転をぼかしながら、説明する。その間に注文した料理も届き、ドリンクバーで飲み物も持って来た。

なお、途中コップ片手に璃子先輩が小鳥遊さんにアホな事を教えようとしたので、ロッソさんからチョップされていた。そのまま、ツッコミ役をお任せしたい所である。

「ふむ。つまり、だ」

豊かな胸の下で腕を組んだロッソさんが、小さく頷いた後。

「吾輩をのけ者にして、ダンジョンに行ったのか……そっか……」

なんか、突然落ち込みだした。

「いや、別にそういうわけじゃ」

「良いのだ……吾輩、四捨五入したらアラサーだし?高校生のグループに入っている事の方がおかしいというか?真の仲間的なものじゃなかっていうか?」

いじいじと、ミートソーススパゲティをフォークで弄る20代厨二。

あと、年齢を四捨五入するのはまずいと思う。なぜか、猫耳シスターが刀を研いでいる姿を幻視したので。僕の魔眼に、いったい何が……?

「んな気にする事じゃないって、ロッソん。そもそも、あーしは皆以外のクランメンバー全員とダンジョン行った事あるし、てか今も偶に行っているし。オタク君と美由っちも2人だけでダンジョン行くしねー」

「吾輩は……吾輩には他にいないのに……」

「んじゃぁ、近い内に他のメンバーとセッティングしてやんよ!絹っち……は、メイやんとセット確定として、たつみんとか」

「え、いや劇物はちょっと」

「劇物て」

言いたい事は分かるけども。取り扱い資格必要レベルなのか、あの人達。

……否定できねぇ。

「そんなビビる必要ねーべ?絹っちはちょっとめんどいから介護役のメイやん必須だとか、メイやんには適度に奉仕させてガス抜きしないと暴走するとか、たつみんは突然着ぐるみの布教をし始めるとか。そんぐらいだし」

「資格必要だったわ」

「後でマニュアルが欲しいですね」

「吾輩、恐い」

「えー、そこまでー?」

璃子先輩が不思議そうに首を傾げてくる。

陽のオタク兼社会性のある変質者である彼女には、造作もないという事か。

「ねえ今心の中でディスらなかった?唐突かつ理不尽にあーしの事をディスらなかった、オタク君」

「気のせいです」

「うーん、この曇りなき眼。でもめっちゃバタフライしている事をあーしは見逃さないぞ☆てめぇ後で覚えてろし」

しまった、目が水泳大会に出場を……!

「ま。もしも不安ならあーしも同行するぜ、ロッソん」

「えー……」

「うわ、めっちゃ嫌そう」

「璃子先輩。そんな『友達と遊びに行ったら友達の友達もいた』的な状況は、流石にどうかと……」

「わっつ?友達が増えるじゃん。楽しいじゃん」

「二度と全てのオタクに優しく出来ると思い上がるな。陽の者よ」

「オタク君の口調がロッソんに!?てか突然アイデンティティの全否定!?」

「貴殿のアイデンティティはそこなのか。でも吾輩もそう思うぞ、井上璃子よ」

「マ!?え、なんで!?」

「私にも分かりません。なぜですか、矢広さん」

「これはね……理屈じゃないの。心なの……」

「なる……ほど……?」

お子様ランチを食べながら、小鳥遊さんが首を傾げる。

ここまでスルーしてきたけど、15でお子様ランチ頼む人初めて見たな。いや、でも前にテレビで意外と大人にも人気って聞いた事があるし、普通……なのか?

「……美味しい?」

「はい。とても」

「……良かったね」

「はい。幸せです」

真顔で答える小鳥遊さんに、ちょっとリアクションに困る。

この人の境遇を考えると、目から汗が出てきそうになった。

「んまー、あーしがいずれ全世界全てのオタクに優しいギャルとなるのは確定事項として、よ」

「思い上がるな」

「己を見直せ、陽の者よ」

「うっせ。うっせ。しかし、ロッソんの家の位置がおおよそ分かったのは僥倖よ」

親指と人差し指の間に細い顎を乗せながら、璃子先輩がニヤリと笑う。

「必ずや自宅を特定し、そこで飲めや歌えやのオールナイトゲーム大会を開いてくれるわ……!」

「マジでご迷惑だからやめなさい」

「本当にやめよ。やめてくれ、頼むから」

「えー、いいじゃーん。別に、本当に近所迷惑なレベルでは騒がないし、ご家族に許可とってからにするからー」

「……いや。そもそも吾輩の母上に会うな。頼むから」

ロッソさんが、真顔でそう告げる。

「え、なんで?もしかして何か事情が?」

「……って、ない」

「ぱーどぅん?」

「吾輩の友達が、全員15歳とは……言っていない……!」

大量の冷や汗を掻きながら、彼女は続ける。

「母上は、吾輩に友人が出来た事を心の底から喜んでくれていたのだ……!それが、全員10歳も年下と知ったら……!」

「んー……犯罪を疑うね!双方に!」

「絶対に、言えぬぅ!」

テーブルの中央に置いた大皿からポテトを取りながら、試しに自分と立場を置き換えて想像する。

……うん。確かにそれは言えない。

「なぜですか?10歳程度の年齢差は、部隊内では普通だと思いますが」

「美由っち。これはマジで『そういうもの』としか言えんから、ちょっと説明がむずい。フィーリングで理解して」

「……?承知しました」

これに関しては、璃子先輩の言う通りである。マジで説明が難しい。

「……母上には、色々と迷惑をかけている。だから、これ以上心労はかけたくない」

「……まあ。娘が20代で厨二全開、ゴスロリ衣装をクリーニングにちょくちょく出していたら……」

「そっちではないわ!そこは温かい目で認めてくれておる!」

それははたして、認めていると言って良いのだろうか。

いや、よそう。他人様のご家庭を勝手に想像するのは良くない。

そんなアホな事を考えていたが、ロッソさんの表情から深刻な理由だと気づく。

「……吾輩の、種族の事だ」

「あー……」

彼女の言葉に、思わず自分も目を伏せた。

たしかに、それは……。

「種族、ですか?」

不思議そうな小鳥遊さんに、ロッソさんがゆっくりと語る。

必要以上に熱くならないよう、自分を制御できる速度で。

「ダンピール。それは、吸血鬼とのハーフとされている」

「はい。そう聞いています」

「それで……近所で噂になった事があるのだ。母上は化け物と不貞を働いたのだとか、亡き父上は怪物であったとか、な」

うちの家でも、祖父母が人間ではなかったのではないか、と。噂になった事がある。

特に、母さんの方は酷いものだった。前のパート先の人とかも、まるで真実であるかのように出鱈目な事を吹聴していたという。

鬼。それは、実際に魔物としてダンジョンと共に現代へ出現し、被害も出している存在だ。そんなものと、母さんや自分を同一視していたという。

「それはおかしいです。異能者におけるそういった混血は、『魔力の性質』に由来します。特に、『初代』とされる異能者は。種族は遺伝はしますが、生物学的な理由ではありません。体質に変化は認められていますが、DNA等は人間そのままであると、確認もされています」

「うむ。現状、最も有力とされている説は、それだ」

「有力というより、確定で」

「でも、悪口の方が広まり易いのは事実なのさ、美由っち」

未来の知識を言いかけた小鳥遊さんを、璃子先輩が遮る。

「そういう奴らは無視に限るんだけど、たまーに、ヒートアップした人らが暴走したりするのがねー……」

「うむ……家の扉に、落書きされた事もある。この辺りでは吾輩達の事が有名になってしまったのか、『ヴァルハラ』の者が会いに来た事もあった」

「『ヴァルハラ』?……ああ、あの異能者の保護団体とかいう」

「それだ。まあ、実際は保護というより互助会らしいが、な」

いつの間にかスパゲティを食べ終えたのか、空の皿にフォークを置いたロッソさんが、机に頬杖をつく。

「胡散臭かったから勧誘は断ったが、今でも彼らの名刺を捨てずにいる。父上の思い出も残る家だ。リフォームしてでも住み続けている。引っ越しは、したくないのだがな……」

「それは……」

何とも言えない空気が、テーブルを覆った。

沈黙が数秒続いた所で、小鳥遊さんが口を開く。

「分かりました。嫌がらせをしてきた人達を黙らせましょう」

「え、いやどうやって……?」

こちらの問いに、彼女は瞳に怜悧な輝きを宿して答えた。

「武力で」

「絶対に駄目だからね?」

真顔で拳を握る小鳥遊さんに、全力で首を横に振る。

やばい。この人の目はマジだ。

「ふっ。冗談でもそう言ってくれた事に感謝を。我が友よ」

気づいてロッソさん。頬を染めて照れている場合じゃありません。小鳥遊さんは本気で襲撃計画を考えています。

間違いない。だって最初にロッソさんを敵と疑い、襲撃を計画していた時と同じ顔をしている。

魔法使えば完全犯罪も可能とか考えているぞ、絶対。賭けても良い。

「スクロール……念力……自殺に……」

やっぱりぃ!

嫌な汗がどばっと出た。やばい。これはやばい。

「んま!いざとなったらうち……というか、お祖母ちゃん頼ってよ。良い弁護士さん紹介するからさ!」

璃子先輩が、頬に薄っすらと汗を伝わせながら笑う。

彼女も、小鳥遊さんの内心に気づいているらしい。すぐさま、その話に乗っかる。

「マスター、弁護士さんにも知り合いがいるんですか」

「うん。何でも、苦学生だった時にうちの喫茶店でお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが、ご飯をよく奢ってあげたとか。人があんまり寄り付かなくなった今も、偶に来てくれるよ」

「なるほど……」

「だから、法的に相手をボコ殴りにするのも余裕ってわけよ!あ、でも料金は必要だけどねー」

「ふっ……その時は、頼らせてもらうとしよう」

良かった。周囲を覆っていた気まずい空気はなくなっている。

小鳥遊さんも納得してくれたのか、デザートのプリンに視線を向けていた。

「あ、じゃあ僕にも紹介してもらって良いですか?その弁護士さん」

「応よ!てか、やっぱオタク君の家も……色々とある感じ?」

「それもありますが、絹江さん対策で」

「うん。その件に関しては、お祖母ちゃんへ先に相談してあげてね?」

真顔の璃子先輩に、営業スマイルを返しておく。まあ、半分冗談だが。

……何が恐いって、自分が新しい扉を開けてしまう可能性である。

嫌だぞ、ナルシストみたいに嬉々として服を脱ぐようになるのは。

「はっ……!?今、閃いたのですが。絹江さんに矢広さんが特別衣装を着た絵を依頼するというのは……!」

「やめてね?その時は肖像権とかその辺で法的に戦うからね?マジで」

暗い話も忘れて、すっかり、いつもの自分達の雰囲気になっていた。

食事も終え、そろそろ会計に、と。腰を上げようとする。それを、璃子先輩が『もっとだべろうぜー』と止めてきたりもした。

苦笑と共に、お店に迷惑でしょと返事をして。

轟音を、耳にする。

もうすっかり外も暗く、店の中の人は少ない。それでも、ある程度話し声は聞こえてくるし、窓の外では普通に人々が行き来していた。

だが、それら全ての音を掻き消して、鼓膜に届いた音。

全員の目が、外を向く。他の客達も、食器を運んでいた店員さんも、歩道を歩いていた人達も。

ガラス越しに見る、ビルの向こうで輝く満月。

その傍で────黒煙が、揺れていた。

普段なら、事故が起きたと考える。その、はずだ。

だと言うのに、自分には。

あの煙が、開戦の狼煙に思えてならなかった。