軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四話 ダンジョンへ

第四話 ダンジョンへ

「と、とりあえず、早速ダンジョンに行こうか」

「あ、はい」

井上さんの言葉に頷く。小鳥遊さんも、無言だが首を縦に動かした。

「じゃあ、ついて来てくれるかな?」

彼女はカウンターの下からジャケットを取り出し、袖を通す。

井上さんは店の扉から出て鍵を閉めた後、立て看板を前後逆にして『Closed』と表示させた。

そうして店の裏手に回ると、大きなガレージが見えてくる。彼女がポケットから取り出した小さなリモコンを押すと、シャッターが音をたてて上に開いた。

「おお……」

何となく、秘密基地の様で心が躍る。

少し感動に目を輝かせていると、井上さんが小さく笑った。

「亡くなった夫の趣味でね。男の子は、やっぱりこういうのが好きなのかな?」

「あ、はい……ですね」

頬が赤くなるのを自覚しながら、小さく頷く。

そうしてガレージの扉が開ききると、中にはごつい車とバイクが1台ずつ置いてあった。

「こっちも夫の趣味なんだけど……気づいたら、私も少しだけはまっていてね。じゃ、『封鎖所』まで移動しよう」

「はい。よ、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

緊張する自分とは反対に、小鳥遊さんはとても落ち着いた様子だった。

ただ何故か、チラチラとこちらに視線を向けてくる。敵意や悪意は感じないのだが……何か言いたい事があるのだろうか?

しかし、『こっちを見てどうしたんですか?』と言って勘違いだった場合が怖いので、尋ねる事が出来ない。もしも『は?見てないし。自意識過剰とかキッモ』って言われたら泣く。

井上さんに勧められるまま後部座席に座るが、出来れば助手席が良かった。隣にいる小鳥遊さんからの圧迫感に、自然と体を小さくする。

エンジン音と共に発進する車。背後でシャッターが閉まる音がした。

彼女の運転は驚く程に丁寧で、乗り心地が良い。『少しだけはまった』と言っていたが、余程運転が好きなのだろう。何度もこの車に乗っているに違いない。

「……向かいながら、少しだけ『封鎖所』についておさらいしようか」

井上さんの、落ち着いた声が聞こえてくる。

「魔物達の住処であるそこが、どういう場所か。講習会で習った事は覚えているかな?」

「え、あ、はい。一応は」

「偉いね。じゃあ、軽く説明してくれるかな?」

「わ、わかりました」

これも試験の一環だろうか。

背筋を伸ばし、習った内容を口に出していく。

「『封鎖所』は、自衛隊の対霊チームが結界を敷き、その上で異能者を……冒険者を呼びこんで、『迷宮』内部の『間引き』を行っています。そうしなければ、外に魔物が出てくるからです」

「そうだね。魔物は霊脈がある限り、ほぼ無尽蔵に湧いてくる……と、されているから」

「はい」

魔物は、霊脈に溶け込んだ神代の化け物達の『記憶』の様なもの。影法師、と呼ぶ人もいる。

つまり、本来の体はとっくに消えているのだ。故に、消滅させる事が非常に難しい。

霊脈をどうにかする……という計画もあったらしいが、それが成功したという話は聞いた事がなかった。自分の中にある魔法の知識からも、霊脈への干渉は一部の例外を除いて非常に難しい事がわかる。

「じゃあ、小鳥遊ちゃん。外に出てきた魔物がどうして危険なのか、説明してくれるかな?」

「はい。それは、魔物は知能や身体能力に差があるものの、総じて人間と敵対的だからです。奴らは、人間を餌として認識しています」

「そうだね。魔物は、人を殺して魔力を得る」

小鳥遊さんの答えに、井上さんが頷く。

魔物を構成しているのは、たんぱく質ではなく魔力だ。

魔法で火をつければ燃えるし、魔法の水で顔を覆えば種類によるが窒息もする。見た目通りの性質を持っている事が多い。

しかし、肉や野菜を食べて己の肉体を維持できないとされている。

『迷宮』の中は高密度の魔力で溢れているので、魔物達は何もしなくても活動が可能だ。しかし、外に出れば話は別である。

そして、霊脈から無尽蔵に過去の魔物が蘇る以上、その内納まり切らなくなった者達が外へ出てくるのは自明の理であった。

「非常に高い知能を持つ魔物は、自主的に外へ出て人間を害し、力を蓄えます。それにより己の領域を拡大していき、神代だった頃の栄光を取り戻そうとします」

すらすらと、小鳥遊さんが言葉を続けた。

「その通り。まあ、そういう特に危険な魔物は自衛隊が対応するんだけどね」

車内ミラーに、井上さんの苦笑が映る。

「2人とも、ありがとう。ちゃんと講習の内容を覚えていたみたいだね。真面目な子達で、お婆ちゃん安心したよ」

「は、はあ……」

「ありがとうございます」

「私はね。冒険者は、今の世の中になくてはならない職業だと思っているんだ」

赤信号で車が止まり、井上さんがサイドブレーキをかけた後こちらに振り返る。

「勿論、危ない事をしたいわけじゃないし、させたくもない。でも、必要ではある。そうしないと、沢山の人が困るからね」

真剣な面持ちで、彼女は自分達を見た。

「色んな人が、異能者や冒険者に心無い事を言うかもしれない。でも、私は君達を立派だと、心から思うよ。2人の選択に、感謝と敬意を持っている人が世の中にはいる。きっと私以外にも、ね。どうか、それだけは忘れないで」

「……はい」

「わかりました」

頷いた自分達に微笑んだ後、彼女は前へと向き直る。

「ただし、『安全第一』。これが1番大切だよ?危険な場所だからこそ、命を最優先にしようね」

「はい」

「了解しました」

信号が青になり、車が走り出す。

店を出て、約10分。周囲には、田んぼや畑が目立ち始めた。

自分達が住んでいる所は、都会とは程遠い。少し走っただけで、こういう風景が見えてくるのは珍しくも何ともなかった。

しかし、この辺りは放置されて荒れ放題になっている田畑が目立つ。田んぼだったらしい場所には雑草が生い茂り、その隣の畑はネットが大きく破けて、風に揺れていた。

更に進んでいくと、元田んぼに囲われたコンクリートの建物が見えてくる。

大きさは、コンビニの2倍といったところか。全体的に四角く、デザイン性など二の次という様子だった。

それも当然である。こここそが、『封鎖所』。魔物達の住処を塞ぐ、重要な施設なのだから。

駐車場に停車し、車を降りる。トランクから、井上さんがリュックを取り出した。自分も、抱えていたリュックを背負い直す。

周囲を見回せば、他に停まっている車は1台しかなく、それも『職員用』という看板の立っている所だけだった。

建物の中に入ると、こじんまりした受付が中心にあり、その左右に更衣室と交番の入り口がある。

そして、建物の奥。入り口から見て受付の右側の、交番との間に無骨な金属製の扉があった。

「それじゃあ、更衣室でそれぞれ着替えを済ませようか。先に用意が済んだら、受付の前で待っていてね」

「はい」

彼女らと別れ、男子更衣室に入る。

ロッカーを開き、荷物を置いてすぐに着替えを済ませた。

紺色のツナギの各所に、オレンジの蛍光テープを幾つも巻きつけた様な恰好。運動靴を履いたこの服装こそ、『対霊庁』が指定した冒険者の装いである。

……ハッキリ言って、格好悪い。

だがまあ、ダンジョン内で『霊装』が解除されてしまった時に、他の冒険者に見つけて運んでもらう必要があるのだ。仕方のない事なのだろう。

リュックの中に懐中電灯と水筒、エナジーバー等の必要な物がある事を確認。靴紐もチェックし、更衣室を出た。

意外な事に、既に受付前で小鳥遊さんが待っている。背筋をピンと伸ばした彼女が、こちらに視線を向けた。

静かに会釈してくる彼女に、こちらも会釈し返す。女性の着替えって、もっと時間がかかるものかと……。

小鳥遊さんは長い髪を後頭部で纏め、凛とした様子で立っている。服装は自分と同じなのだが、美人でスタイルも良いから随分と絵になった。

受付や交番の人も、彼女に視線が吸い寄せられている。

しかし、そう言えばこの人、リュックなんて持っていたか?

小鳥遊さんの背負っている物をチラリと見て、内心で首を傾げる。彼女の容姿や言動のインパクトに気を取られていたが、手ぶらだったような……。

それとも、何かの異能なのだろうか?

これから一緒に『迷宮』へ、ダンジョンへ行くのだ。聞いておくべきかもしれない。

そう、理性ではわかっている。わかっているのだが。

「……すみません。あの、ちょっとお手洗いに行ってきます」

「はい。……申し訳ありません。お手洗いとは?」

「え?いや、トイレに……」

「そうでしたか。失礼しました」

謎のやり取りをした後、そそくさ受付と更衣室との間にあるトイレへと逃げ込む。

用を足した後、洗面台でゆっくりと手を洗った。ハンカチで水気を取りながら、自身を落ち着かせようと深呼吸を1回。

……トイレなので、ちょっと臭い。

深呼吸した事を後悔しつつ、ハンカチをしまう。

しかし、困った。自分はきちんと、冒険者としてやっていけるのだろうか。

初対面の相手。それも異性と一緒にダンジョン攻略だなんて、心臓がもつかわからない。

相手が目を見張る程の美少女とは言え、嬉しさよりも困惑と緊張が遥かに勝る。

トボトボとトイレを出れば、小鳥遊さんは相変わらず直立不動で待っていた。

「ど、どうも……」

「はっ」

小さく返事をする様子は、まるで軍人さんである。いや、まあ。軍人さんなんて、テレビの向こうでしか見た事ないが。

交番の方を、チラリと見る。小鳥遊さんを眺めていた事を悟られたくなかったのか、中にいたお巡りさんがすぐに視線を逸らした。

いや、男ならつい見ちゃうと思いますよ、うん。

それはそれとして、あそこは『迷宮』で何か問題が発生した時に、対応してくれる場所である。いざとなったら頼りにしたいので、出来ればシャンとしてほしい。

ただ……『封鎖所』につめている警察官は大半が非異能者という噂を聞いた事があった。

両目の魔眼で、虚空を睨む彼を見つめてみる。未来視の異能ではあるが、魔眼系は多少なら魔力の流れを読む事が出来た。

やはり、この人からは魔力をほとんど感じない。非異能者な様だ。

受付の人も同様である。正直、魔物相手だと頼りない。

嘘か本当か、異能者は非常に数が少ないと聞く。日本の場合、およそ1万人に1人だとか。

これでも世界では多い方で、アメリカなんて10万人に1人……なんて、話も聞いた事があった。もっとも、政府に登録していない異能者もいるかもしれないから、実際の数字はわからないし、そもそもこの話自体がネットの噂だ。信用性は低い。

しかし、この様子だと異能者が少ないのは事実なのだろう。そりゃあ、政府も民間に『迷宮』の間引きを依頼するわけだ。

そんな事を考えていると、女子更衣室から井上さんが出てくる。

「2人とも、お待たせ」

「あ、いえ」

彼女も自分達と同じ様な格好なのだが、やはり小鳥遊さん同様美人は何を着ても似合っていた。

井上さんは申し訳なさそうな笑みを浮かべた後、視線をトイレの方に向ける。

「矢広君も、小鳥遊ちゃんもトイレとかは大丈夫?今から、ダンジョンに入れそうかな」

「は、はい。先程、行きましたので」

「私も問題ありません」

「そっか。それじゃあ、受付を済ませよう。冒険者の仮免許を提示してね」

「はいっ」

緊張で声が上ずりそうになりながら、井上さんに連れられ受付に。

そこで手続きを済ませ、奥にある鉄の扉へと向かった。

ガチャリ、と。井上さんが扉を開く。重そうなそれは、意外な程簡単に動いた。

そこは、教室の半分程のサイズの部屋。重要な空間であるはずなのだが、監視カメラの類はない。なにせ、あっても意味がないのだから。

部屋の中央にある、楕円形の奇妙な『穴』。魔眼が、濃密な魔力を感じ取る。

輪郭は白い靄の様になっており、内側は真っ暗で何も見えない。

眼前の光景に、無意識に硬い唾を飲んでいた。背後で、鉄の扉が閉まる。

「……それじゃあ、『霊装』を展開しようか」

「は、はい……!」

井上さんに言われた通り、『霊装』を展開する。

自分でもわかるぐらい緊張しているが、無事に装備出来た。背中のリュックの感覚が消え、代わりに金色の胴鎧と黒い陣羽織に覆われる。

腰に挿している武器も確認し、顔を上げた。

そこには、小鳥遊さんがいるわけだが。

「ぶほっ!?」

思わず、面頬の下で噴き出す。

目の前の光景が信じられない。小鳥遊さんが、先程と一切変わらない真顔な事も含めて。

彼女の『霊装』は、何というか……端的に言うと。

ロボットアニメの、ちょっとエッチなパイロットスーツであった。

「……むふー……!」

あと、なんで自慢気なんですか、小鳥遊さん。

鼻から息を吐きだす彼女の瞳は、キラキラと輝いていた。