軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十一話 別のクラン 下

第四十一話 別のクラン 下

ゆっくりと、石の柱へと近づいていく。

凹凸の激しい地面は、真っ直ぐ歩くのが難しい。暗闇も合わさって、明かりと目印なしでは迷う事が確実な地形であった。

湿気た空気に、濡れた土の臭いが混ざる。この臭いの元は、足元ではなく真上だと対霊庁のホームページに載っていた。

明かりが届かない為分からないが、石柱が支えているのは土の地面なのだとか。複雑に根が張っており、それで落ちてこない……らしい。

神代の時代とは、奇想天外な地形と生物が多かったようだ。

内心でそんな事を呟きながら、周囲を見回す。安田さんが索敵をしてくれるとは言え、こちらが気を抜いて良い理由にはならない。

歩き始めて5分程して、石柱の根本に辿り着いた。

ブラックライトで照らすと、自衛隊が描いたアルファベットと数字、それと矢印が浮かび上がる。

「この番号で、矢印の向きは……現在地はここですね」

「ふむふむ。じゃあ、次は『T-21』の柱を目指せば良いのですね」

安田さんが、スマホの地図を見ながら呟く。それを、虎毬さんが覗き込んでいた。

流石にそこへ加わるわけにもいかないので、石柱を背にしながら周囲を警戒する。

「耕太君。ルートが決まりました。移動しましょう」

「はい」

虎毬さんの言葉に頷き、彼女の隣に立つ。

隣と言っても、互いの得物がぶつからない様にある程度距離を開けるが。

そうして、歩き出してすぐの事だった。

「止まってください。敵です」

安田さんが発した、小声での警告。それに従い、重心を落としながら剣を握り直す。

聴覚に集中し、やっと聞こえて来た足音。その方角へと刃を向けるが、間に先程のとは別の柱があった。

「遮蔽物を挟んで、2時の方角に2体。足音からして、相手はまだこちらに気づいていません」

「了解」

「はい……!」

隣では、虎毬さんも緊張した顔で小太刀を構えている。だが、その構えは素人目に見てもしっかりとしたものだった。

よく見れば、虎毬さんの瞳孔が丸くなっている。猫の獣人である彼女は、本物の猫同様に夜目が利くらしい。

自分がランタン型のライトを弱めると、事前の打ち合わせ通り、安田さんが足音もなく斜めに移動。そして、弓に矢をつがえた。

キリキリと微かな音をたて、彼女が矢を引き絞る。それがピタリと止まって、1秒。

空気を切り裂く音と共に、矢が放たれた。その直後に、奇妙な悲鳴が聞こえてくる。

『ゲァ!?』

潰れたカエルを連想させる声。そして、どたどたと何かが走る音が聞こえだした。

足音が柱を超えた辺りで、出力を弱めていたランタン型LEDの明かりを強める。すると、怪物どもの姿があらわとなった。

『ギィ……!』

忌々し気なうめき声を上げる口には、やや黄ばんだ牙がずらりと並んでいる。1本1本が鋭く、まるで鏃の様であった。

全身を黒い剛毛が覆い、僅かに露出した指や顔の皮膚は深緑色をしている。暗がりに溶け込む様な姿の中で、赤く輝く目玉がLEDの明かりに細められていた。

150センチを超える程度の小柄な体躯だが、その右手には大きなノコギリを握っている。所々の錆びついたそれが、ギラリと光を反射した。

『カリカンジャロス』

西洋に伝わる、特別な木を伐採する為に地下から姿を現すとされている邪悪な妖精。

それに似た怪物が、自分達の首へと狙いを定めた。

『カァァッ!』

「っ……!」

安田さんを庇う様に、2体いるカリカンジャロス達の前へと躍り出る。ノコギリを持った左の個体と、斧を持った右の個体。斧持ちの方は、片目に矢が突き刺さり潰れていた。

鈍い輝きを放つ2つの刃が、容赦なく自分へ振り下ろされる。だが、その動きはライカンスロープよりも数段遅い。

こちらから踏み込み、斧を右手で握る剣で跳ね上げる。同時に、左の籠手でノコギリを受け止めた。

『ギィィ!』

奇声を上げながら、左のカリカンジャロスがノコギリを引く。籠手を削ろうとした様だが、『霊装』は使い手と共に成長するもの。

硬質な音をたてて、ノコギリの刃が欠ける。

『ゲア!?』

「おおっ!」

刃の欠けたノコギリを振り抜いた姿勢の怪物へ、剣を叩き込む。厚い毛皮が濡れた紙の様に裂け、その下の肉や骨も袈裟懸けに切り捨てた。

よろめき、しかし踏みとどまるカリカンジャロス。奴がそこから動きだす前に、振り抜いた刃の切っ先を翻して、再度袈裟懸けに剣を振るう。

『風車斬り』と呼ばれる、西洋剣術の技法。動画の見よう見まねであるが、思いのほか上手くいった。

再び襲った肉厚の刀身が、怪物の体を切り裂く。

内臓を大きく抉った感触に、半歩距離を取りながら視線をもう1体へと向けた。

そちらの方では、虎毬さんが戦っている。

「ちぇりゃあああ!」

可愛らしい声と共に、彼女が小太刀を振り下ろした。右手で柄を握り、左手で鍔を押している。

斧の柄で受け止めようとしたカリカンジャロスだが、白刃は木製の柄を両断し、怪物の頭蓋を叩き割った。

『ゴ、ァァ……!?』

よろめくカリカンジャロスへ、虎毬さんは容赦なく刃を押し込む。刀身が鼻を過ぎた辺りで、彼女は鍔の角度を変えながら怪物の前歯へぶつけた。

衝撃で、斧持ち個体が吹き飛ぶ。大の字で地面に倒れたカリカンジャロスは、すぐに黒い霧へと変化した。

こちらが戦っていた個体も、視界の端で消滅を確認。周囲を軽く見回してから、肩の力を抜く。

「安田さん、周囲に他の敵は?」

「……いませんねー。とりあえず、大丈夫そうです」

「分かりました。ありがとうございます」

「いえいえー」

切っ先を下げ、自分側の魔石を回収する。

あちらも魔石を回収したらしい虎毬さんが、こちらへ小走りで近づいてきた。

「ナイスです、耕太君!」

「どうも。虎毬さんも、お疲れ様です」

「はい!でも疲れていません!元気です!」

「はは……」

学校でよく見るハイテンションに戻った彼女に、苦笑で答える。

そうしていると、虎毬さんが不思議そうにこちらを見上げているのに気づいた。

「えっと、なにか?」

「いえ。なんか学校と雰囲気違うなー、と」

「あー……」

だって、ここはダンジョンだし。

そう答えかけて、やめる。アウェーという点では、むしろこちらの方が危険な場所なのだから。冒険者として、この感覚は少しまずい。

「何というか……学校では、緊張してしまうので」

「なるほどー。なら、耕太君は冒険者に向いているのかもしれませんね!」

「そう……かも?」

「はい!素晴らしい事です!」

バンバンと、虎毬さんがこちらの腰を叩いてくる。

思ったより力が強くて、少し痛い。

「冒険者は素晴らしい職業です!世間には偶に心無い事を言ってくる人もいますが、社会にとってとても重要なお仕事ですからね!」

「そう、ですね」

結果的には、圧勝であったカリカンジャロスとの戦い。

しかし奴らも、常人の肉体であれば容易く切り裂ける膂力を持っている。その上、異能者でなければその姿を見る事すら出来ない。

伝承の中では『3』の数字が言えずに、簡単に撃退されてしまう怪物だが……今人里にカリカンジャロスが現れれば、1体だけでも多くの死者を出すだろう。

それこそ、『見えないし猟銃も効かない人食いクマ』みたいなものだ。

「これからも頑張っていきましょうね、耕太君!」

「はい」

そう答えて、探索を再開する。

初戦が上手くいったからか、虎毬さんの雰囲気は完全に学校でのものに戻っていた。

「それにしても。初めて別のクランの方と一緒にダンジョンへ来ましたが、相手が耕太君で良かったです。連携も上手くいきましたしね!」

「それは……どうも」

個々に戦っただけなのだが、アレも連携と言って良いのだろうか……。

いや、ポジションをそれぞれキチンとこなしたのだから、言えるか。

「それに……もう片方のクランの方は、申し訳ないですけどちょっと関わりづらいですから」

「そう……ですね。それは僕もです」

少しだけ、気まずい空気が流れる。

自分の家から通える範囲に、クランは2つだけだった。1つは、当然『アルフ』である。そして、もう1つは。

「未成年は、そもそも立ち入り禁止なお店ですからね……」

「近づくだけで、補導されかねませんから……」

クラン『 聖娼館(せいしょうかん) 』。

その名の通り、クランの拠点が『お水』なお店なのである。

「悪い噂は聞かないですし、職業に貴賤はないのですけど、流石に近寄りがたいのです」

「ですよねー……」

なぜ、『アルフ』に女性冒険者がやたら多いのか。それは、男性冒険者の大半が『聖娼館』の方に所属してしまうからである。

クランの設立は、クランマスターが冒険者でありながら冒険者以外の職を持ち、なおかつ一定以上の拠点となる建物を有している事が絶対条件だ。他にも日本にいる年数とか色々あるが、今はどうでも良い。

それらの理由から、大抵のクランマスターは何かしらの経営者である。そして所属する冒険者に、商品をサービスする事が多い。

『アルフ』の場合コーヒーのサービスだが、『聖娼館』の場合……まあ、その、うん。そういう事である。

しかも、ネット上での噂だが、あの店の女性達はもの凄い美人揃いなのだとか。

何でも、クランマスターである女主人が、異能を嬢達の美容に活用しているらしい。それもあってか、一流のモデルやグラビアアイドルみたいな女性ばかりが在籍しているのだとか。

しかも、その女主人はかつて銀座でクラブの経営をしていた事もあるやり手。痴情のもつれでこんな田舎にまでやってきたらしいが、田舎だからこそその手腕は際立っている。

何でも、特に手柄を上げた冒険者は彼女にお相手してもらえるとか。中々お年を召した方らしいが、種族がエルフらしいので見た目年齢はかなり若いと聞く。

……と、まあ。色々と有名なのだ。実際に行った事はないので、詳しい事は分からないけど。

『アルフ』のメンバーも美人揃いだが、変人奇人の集まりであり、その上そういったサービスは当然していない。

となれば、美人かつ頑張ったらご褒美を貰える『聖娼館』に男性冒険者が流れるのは、当たり前なのだろう。

「……『聖娼館』のクランマスターさんはエルフの中でもトップレベルの美貌とお聞きしますが、耕太君は所属しなくて良かったのですか?」

「いや、僕未成年ですからね?」

何なら、あのクランって未成年の加入が不可だ。

社会的な倫理観からか、あるいは警察に目を付けられない為か。そういう面では真っ当な所らしい。

「冗談です、冗談!まあ、クランマスターさんは意外と常識人さんらしいので、そのうち関わるのも良いかもしれないですね!ご近所クランなわけですし」

「ですかねー……僕は、遠慮しますが。緊張してしまいそうなので」

「そうですか?今こうして私と普通に喋れていますし、大丈夫だと思いますけど」

……色気の差とか言ったら、後ろから斬られても文句言えんな。

引きつりそうになる顔を面頬で隠しながら、ものは試しと『ジャブ』を放つ。

「同世代相手と、そういうお店のお姉さんじゃ変わりますよ、緊張度合いも」

「あっはっは!それもそうですね!」

……『同世代』という言葉に、特に反応はなし、か。

やはり、このぐらいでボロが出る様子はない。自分の考えすぎなのだろうか?それとも、公安がこの程度のジャブを捌けないはずもないだけか?

分からない。やはり、自分では虎毬さんが公安かどうか、探るのは無理そうだ。

後ろで無言のままニコニコと笑っている、安田さんは猶更である。もしも虎毬さんが公安なら、彼女は先輩か、上司に違いない。

「なんにせよ、話しかけ易いクランが他にもあった事は、喜ばしい限りです」

「はい!私達のクラン、『アイギス』をよろしくお願いします!」

ニッコリと笑いかけてくる虎毬さんに、こちらも営業スマイルを浮かべる。

「ええ。こちらこそ、クラン『アルフ』をよろしくお願いします」

互いに笑い合うが、彼女の眉がへにゃりと『八』の字を描いた。

「まあ、言う程ご近所でもないんですけどね。たしか、『アルフ』の拠点からうちの拠点って、意外と遠めですし」

「あはは……そう言えば、『アイギス』の拠点ってどんな所なんですか?」

「古き良き映画館です!まあ、最近はお客さんが減って大変らしいですけど……」

「あー……ネットとかで良いって人も多いですしね」

「お二人ともー」

そんな会話をしていると、安田さんが笑顔のまま話しかけてくる。

「少し、左側に寄り過ぎです。もう少し、右側を意識して歩いてくださーい」

「あ、すみません」

「ごめんなさーい!」

慌てて、少し右を目指す様に歩く。

暗い上に地面が凸凹しているので、気づかぬうちに予定していたルートから逸れていた様だ。

少し気まずくなっていると、虎毬さんがこちらにウインクしながら小さく舌を出してくる。

「怒られちゃいましたね」

「……僕らも、真面目に探索しましょうか」

「はい」

小声でそんなやり取りをして、探索に集中する。

今はダンジョン探索中だ。危険な事をしているのだと、意識しなくては。

そうして歩く事、3分程。再び安田さんの警告が飛ぶ。

「敵です。10時の方角、2体です」

「はい」

「……相手もこちらに気づいた様です、向かってきます」

安田さんの言う通り、足音が真っすぐ自分達の方へと近づいている。

ランタン型のLEDに伸ばしかけていた手を止め、両手で剣を握った。正面からの、ガチンコである。

少しして、カリカンジャロスの赤い双眸が暗闇の中見えて来た。その瞬間、安田さんが矢を放つ。

『グゲッ!』

短い悲鳴を上げ、右側の個体がよろめいた。どうやら、肩に矢が当たったらしい。

それに合わせて、自分が前へ出る。強く踏み込んで、一足で間合いを詰めた。ほんの僅かに先行していた左側の個体が、顔を引きつらせながら斧を振るおうとする。

だが、遅い。奴の右腕へ思いっきり剣を叩きつけ、切り落とす。前腕の半ばから切断され、どす黒い血が宙を舞った。

『グギャァ!?』

耳に響く悲鳴と、腕に伝わってくる感触に眉を寄せる。

だが感傷を一旦無視し、返す刀で首を切りつけた。両断とはいかなかったものの、骨を断った感覚が伝わってくる。

「ちぇりゃあああ!」

切りつけた個体の腹を蹴り飛ばしながら、視線を虎毬さんの方へ。

そこでは、左肩を負傷したカリカンジャロスの側面へ回り込んだ彼女が、容赦なく刀を振り下ろしている所だった。

妙に気の抜ける掛け声と共に放たれた斬撃が、相手の頭を叩き割る。そのまま体当たりで化け物を押し飛ばし、毛むくじゃらの体が自分のすぐ傍に転がった。

咄嗟に剣をそちらに構え、警戒する。だが、すぐに黒い霧へと変わった。

視線を巡らせ、自分が蹴り飛ばした方も確認する。そちらも、既に魔石だけを残して消えていた。

「周囲に敵はいないようです」

「分かりました。索敵、ありがとうございます」

安田さんに答え、切っ先を下ろす。すると、また虎毬さんがこちらへ寄って来た。

「いえい!大勝利ですね、耕太君!」

「そうですね」

ハイタッチを要求する様に、左手を掲げてくる彼女に、自分も左手を軽く上げる。

小さく軽やかな音が、ダンジョンに響いた。

* * *

初めての別クランとの探索。それは2時間程で、無事に終わりを迎えた。

間引きが滞っていたダンジョンだけあって戦闘回数は多かったものの、全員負傷はなし。

大袈裟に感謝する虎毬さんや、最後までニコニコと笑っていた安田さんに別れを告げ、帰路につく。

合計の討伐数は、23体。3人では魔石が2個余るが、向こう側のご厚意で自分が多く貰える事になった。

申し訳ないが、口で勝てそうになかったので素直に受け取る事にする。それもあって、稼ぎは9万円だ。

つくづく、金銭感覚が狂いそうになる。命の危険があるとは言え、高校生が1日で稼げる額じゃない。

……しかし、やっぱり虎毬さんの真意は分からなかった。

それでも、悪い人ではない様に思える。後は、彼女が公安だった場合、上司や同僚が小鳥遊さんの言う『魔物の手に堕ちた存在』でない事を祈るばかりだが……。

あれこれ考えるも、精神的な疲労から考えが纏まらない。こういう頭脳労働は、自分には向いていない気がする。

「……冒険者に向いている、か」

魔物を斬った感触を思い出し、バス停で小さくため息をつく。

学校よりは気が楽だが、あの感覚には中々慣れそうにない。

……『聖娼館』の冒険者は、この感触を仕事終わりに別の感触で上書き出来るのだろうか。

正直、羨ましい。

無意味に手をグーパーさせながら、バスを待つ。

この後、帰り道でクマのぬいぐるみを購入した。頭に浮かんだ柔らかさとは別種の柔らかさだったが、癒やされたので……ヨシ!

今度はレッサーパンダのぬいぐるみを買おうかと思いながら、その日は眠りについた。