軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十話 クラン『アルフ』 上

第三十話 クラン『アルフ』 上

試練の日が、やってきてしまった。

自分の内心とは裏腹に、雲1つとしてない空。燦々と照らされた扉が、今は何よりも恐ろしい。

恐怖が、侵食する。爪先から這い上がるそれが、心臓を締め付けた。

氷の剣を当てられた様な感覚が、背中を襲う。それは、自分の本能が告げる『警告』であった。

この扉を潜れば、自分は死ぬ。

自然と、足が後ろへ動く。踵を返し、逃げ出そうとする。

それに抗える勇気を持つ事は、出来なかった。

ごめん、小鳥遊さん……!僕には、無理だ……!

共に戦うと決めた彼女へ、心の底から謝罪する。どうか、弱い僕を許してくれ……!

「いや、どこへ行くんですか矢広さん」

逃げ出そうとした自分の首根っこを、小鳥遊さんが掴む。

「弱い僕を、許してくれ……!」

「いえ、私の方が弱いですが」

「無理だ……!勝てるわけがない……!」

「勝負をしに来たわけではなく、『ロッソ・ヴェンデッタ』の観察。及び歓迎会による他クランメンバーとの交流が目的のはずです」

そう、今日はあの恐ろしき『歓迎会』が開かれる。

かつて、マスターと璃子先輩だけという、ぬるま湯の様な空間にてその試練を終えたはずだ。だと言うのに、次はフルメンバー……もはや、『死』しかあるまい。

隅の方で置物になっていられるのなら、生存の目もあるだろう。しかし、マスターと璃子先輩が歓迎される側の人間を、放置しておくだろうか。

優秀な猟犬の様に、獲物の位置を狩人へと伝えるに違いない。

「緊張で死ぬ……!」

「死にません。大丈夫です。行きましょう」

くっ、強くなったな小鳥遊さん!あの世間知らずだった貴女はどこへ!

これが、平成仮面ラ●ダー一気見の力だと言うのか……!

さながら散歩を拒否するポメラニアンの様に抵抗する自分に、小鳥遊さんが小さくため息をつく。

「何をそんな緊張する必要があるんですか。今は昼で、その上晴れです。『ロッソ・ヴェンデッタ』が暴れるとしても、この時間帯なら脅威ではありません」

「違うんだ小鳥遊さん!これは見知らぬ人達と遭遇し、会話しなければならないという恐怖なんだよ!」

「よく今まで社会で生きてこられましたね、矢広さん」

「こふっ」

正論パンチ、よくない。何も言い返せず心が吐血するから。

自分とて、昔はここまで他人が怖くはなかったのだ。過去の美化ではなく、ある程度自信のある自己分析としてそう認識している。

中学時代、友人だったはずの者達が、徐々に、しかし確実に自分から距離を取り始めた辺りからだ。こうなってしまったのは。

それまで普通に冗談で言っていた言葉1つで、恐怖しこちらの顔を窺ってくる姿は、言葉以上に鋭いナイフであった。

段々と疎遠になり、彼らは自分と同じ高校に進学すると言っていたが、結局全員別の高校に行ってしまった。

あんなに、仲が良かったのに。どうしてこうなってしまったのだろう。

それでも、この出来事はショックだったが、人間不信にはなっていないつもりだ。

他人との接し方が、分からなくなってしまっただけで。

「何か考えている様ですが、それはそれ、これはこれです。部隊内でのレクリエーションを通し、相手を知る事は生存に繋がります。行きますよ、矢広さん」

「タスケテ……タスケテ……」

ずりずりと、小鳥遊さんに引きずられて行く。

力づくで拘束を振りほどけば、彼女を傷つけかねない。万策はつきた。もはや、天に我が身を任せる他ない。

カランコロンと、扉のベルが鳴る。

引きずられて入るのは悪目立ちし過ぎるので、そのタイミングで彼女の横に立った。

そして。

「お帰りなさいませ、お嬢様。お坊ちゃま」

メイドさんに出迎えられた。

行った事はないが、メイド喫茶でよく使われる様な挨拶。されど、そこに媚びた様な気配はない。まるで、日常的に発せられている様な、自然さがあった。

一瞬、普段からそんな風に話しかけられていたかもしれないと、錯覚してしまう程だ。

「……え」

優雅な一礼をしてきたその女性は、璃子先輩ではない。

楚々とした仕草で、背筋を伸ばした彼女。灰色の髪の隙間から、本来人の耳があるはずの位置から犬の耳が生えている。

冬の湖面を連想させる凛とした瞳に、すっと通った鼻筋。薄い唇は真一文字に閉じられているが、引き締めている様には見えない。ごく自然に、この女性は『美術品の様な表情』をしていた。

身を包むのは、クラシカルな、否、『ヴィクトリア風』のメイド服。

髪を纏める純白のモブキャップに、機能性を優先したロングスカート。日本式のクラシカルメイドとは違う、使用人としての姿を追求した服装だ。

しかし、エプロンには華美にならない程度にフリルがつけられ、やや大きめのウエストリボンが野暮ったさを消し去っている。

クラシカルメイドとは違うが、正式なヴィクトリアスタイルとも異なるメイド服。それに身を包んだ女性の立ち姿は、『これぞメイド』と言うに相応しい瀟洒さを放っている。

あとお胸が大きい。とても大きい。小鳥遊さん未満、璃子先輩以上……!

「どうぞこちらへ」

「あ、はい」

予想外の存在に圧倒される自分達は、謎のメイドさんに席へと案内される。

もはや見慣れたはずの店内が、別の空間に思えてならなかった。

着席する際に、自然な動作で椅子を引かれ、そして尻が乗る瞬間に押される。完璧すぎるタイミングで動かされた椅子は、もはや一個の生命の様であった。

「今、お茶をお持ちします。少々お待ちください」

「あ、どうも……」

優雅な一礼の後、メイドさんがカウンターの向こうへ。足音はなく、かと言って遅くもない歩行速度。スカートの裾が翻る事は一切なく、彼女はいつの間にか移動していた。

小声で、小鳥遊さんに話しかける。

「え、誰……?」

「いえ、私も知りません。新しい従業員の方でしょうか」

「でも獣人の異能者っぽいし、もしかしてクランメンバーなんじゃ……」

「しかし、ではなぜ給仕を……?」

「さあ……?」

自分達の会話が一瞬だけ途切れたタイミングで、謎のメイドさんが戻ってくる。

「お待たせ致しました」

「あ、いえ……どうも」

目の前に置かれる、ソーサーとティーカップ。そこには、鮮やかな紅色の液体がほのかに湯気を上げていた。それに乗って、紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。

自分と小鳥遊さんの間に色とりどりの茶菓子を置いた後、メイドさんは一礼の後歩いて行ってしまった。

やはり、足音がない。自分達の視界に入らない位置に、しかし声をかければすぐに傍へ来る事が出来る位置に、彼女は立つ。

呼吸音すら、聞き取るのに難儀する程だ。まるで、精巧な人形の様にも思える。意識していなければ、そこにいるはずなのに存在を認識出来ないのではなかろうか。

困惑する自分達の耳に、聞きなれた声が届く。

「あれ、オタク君に美由っちじゃん。早くない?」

「璃子先輩」

ようやく見知った顔に出会えたと、安堵する。うっかり別の店に来てしまったのかと、冷や汗が出ていた。

クラシカルなメイド服に身を包んだ彼女が、呆れた様子でこちらを見る。

「んもー。主役なんだから君らはもっと遅れて来てって言ったじゃん」

「いえ。今回の主役は石山さんであり、自分達ではないかと。ほら、もう歓迎会はやりましたし」

だから歓迎会中、そっとしておいてください……!

そんな願いはガン無視で、自称オタクに優しいギャルは首を横に振った。

「いや、アレは歓迎会にカウントするの微妙っしょ。あーしとお祖母ちゃんだけだったし」

「そこを何とか……」

「値下げ交渉じゃないからね?諦めて歓迎されちまいなオタク君&美由っち!テンションぶち上がりタピオカで楽しもうぜ!PON!PON!」

「いえ、別に私は拒否していませんが。ただ、歓迎会の準備を手伝おうとは考えていました。しかし、あまりに自然な様子で席へ誘導されてしまったので……」

小鳥遊さんの視線が壁際に立つメイドさんに向き、璃子先輩がガクンと肩を落とす。

その際に揺れた胸かは、そっと目を逸らした。やだ、この空間……巨乳率高すぎ……!

「メイやん。またメイドに魂乗っ取られてんのか」

「メイやん?乗っ取られる?」

意味が理解できずにいると、璃子先輩が手をパンパンと叩く。

「起きろー、メイやん!奉仕欲に飲まれるなー!」

「───はっ!?」

その音に反応したのか、メイドさんが目を『くわっ!』と見開く。

「ち……ちくしょぉおおおおおお!」

次の瞬間、瀟洒なメイドさんは消え去り、足を大きく広げて絶叫した。

なにごと!?

「くそがぁ!また、またオレはメイドになっちまっていたのか!ここ数日、奉仕をしていなかったばっかりに……!」

「まだ大丈夫、まだ大丈夫だよメイやん。店の外で辻奉仕までしていないからセーフ!」

「いや辻奉仕ってなに……?」

「辻斬りみたいに道を歩く人へ突然奉仕する事」

「言葉の意味を聞いたわけじゃありませんが?」

真顔で返答する璃子先輩に、こちらも真顔で返す。

そうしている間に、メイドさんはカウンターに並べられた椅子の1つへどっかりと大き目のお尻を下ろした。

「よぉ。悪かったな、突然奉仕しちまって」

「いえ、それは良いのですが……いったいどういう事ですか?」

「オレの種族が招いた、『悲劇』さ……」

何やらニヒルな笑みを浮かべて、意味不明な事を言うメイドさん。

うーん、これは璃子先輩族。緊張する必要はないな。

「ねえオタク君。今突然あーしの事ディスらなかった?気のせい?」

「そんなことないですよー。そんけいしていますよせんぱーい」

「ならば良し!」

「いや、驚く程棒読みだったろ。てか、お前ら同い年じゃないっけ?」

懐から取り出した棒付き飴をタバコみたいに加えて、メイドさんが続ける。

「オレは 犬吠埼芽衣斗(いぬぼうざきめいと) 。こんなナリしているが、男だ」

「ええ!?」

思わず、彼女?の顔と胸部を交互に見る。

バカな、有り得ない!あのお胸様が偽物だと?そんなはずがあるか!

魔眼とは、特殊能力とは別に高い視力を有する。それが、アレは間違いなく本物のお胸様であると告げていた。

では、いったい……!

「まあ、肉体的には女だがな」

「……あ、すみません。そういう事情が」

失礼過ぎる視線を向けてしまったと、反省する。

しかし、犬吠埼さんは眉間に皺を作って首を横に振った。

「お前が考えてんのとは違う理由だ。性別が変わったんだよ。『回帰の日』に、種族が変わった事でな」

「え?そんな事が、起きるんですか?」

男性から女性に、異能の発現と同時に変化したと犬吠埼さんは言っているのだ。

そんな事例は聞いた事がない。そもそも、魂と性別は大きな繋がりを持っている。片方だけが変化する等、非常に稀だ。

頭の中にある魔法知識から咄嗟にそう思考するも、『稀』という事は起き得る事象の1つとも言える。

天文学的な数字だが、目の前の人物はそれに該当してしまったらしい。

「オレの種族はただの獣人じゃねぇ。『キキーモラ』だ」

「たしか、外国に伝わる妖精でしたっけ?」

「おう。それで合っている」

キキーモラ。家に住み着く妖精の一種であり、家人が働き者であれば家事を手伝い、逆に家人が怠け者であれば不幸を与えるとされている。

犬や鳥に似た外見的特徴を持った存在だと、伝えらえているが……。

げんなりとしている、犬吠埼さんの犬耳を見る。

「種族が変わった事で、女体化しちまったわけさ。これだけでも驚きだが、趣味嗜好まで変化しちまった」

「まさか、それがさっきの」

「そう。辻奉仕……奉仕欲の暴走だ」

人差し指を立てて語る犬吠埼さんの表情は、非常に真剣である。

だが、どうにも内容のせいでシリアスになり切れない。マジで何だ、『奉仕欲』って。

そう言えば、前に歓迎会で来られない理由に『奉仕欲が暴走しているから』って人がいたな。犬吠埼さんがそうだったのか。

「こいつがまあ、恐ろしいもんでな……オレは、元々は営業の仕事をしていてよ。爺さん婆さんの家を回って、薬とか売っていたんだよ」

「ドラッグですか?」

「ちげーよ!?合法のだよ!?なんだ突然こぇえなおい!」

コテンと首を傾げた小鳥遊さんに、犬吠埼さんが目を見開く。

すみません。この人まだちょっと世間知らずなんです。

「まあいい……兎に角、種族が変わった後も、少しの間仕事は続けていたさ。気づいたら同僚にお茶淹れていたり、秘書みたいになっていた事もあったりしたがな」

犬吠埼さんが、棒付き飴を噛み砕く。

「だが、ある日事件が起きた……!」

「事件って……」

「オレは───訪問先の婆さんの家で、炊事洗濯全部やっていたのさ……!」

「……はあ」

「気づかないうちに、だ!上司からの連絡で、やっと正気に戻れた!その婆さんは一人暮らしでな。ゴミは溜まっていたし、食生活は酷いしで、オレの奉仕欲が暴走しちまったんだ!」

自分の意識が消え、勝手に体が動く。

それは非常に恐ろしい事だ。どうにか、頭の中をシリアスへ持っていく。

「オレは仕事をやめざるを得なかった。仕事ほっぽりだして、メイドやってんじゃ使えねぇ!かと言って、秘書業務なんてしていたら完全にメイドと化してしまう!」

自身の小刻みに震える手を見つめ、犬吠埼さんは続けた。

「ハロワに行っても、異能者は冒険者になる様に勧められるのがオチだ。だったら、自分からなっちまった方が手っ取り早い。オレは、適度に奉仕欲を発散しながら生活するしかねぇのさ……」

「そんな事情が……」

自嘲する様に笑う犬吠埼さんに、何と声をかけて良いのか分からない。

璃子先輩族だなんて、なんと不名誉な称号を勝手に『彼』へ与えてしまったのか。罪悪感が、胸中をうずまく。

自分は、人として許されない事をしてしまった。

「ねえ、オタク君。なんであーしを一瞬見て首を横へふりふりしたの?理由言ってみ?おん?」

これは言葉にして、きちんと謝罪するべきだろう。

そう思い、立ち上がろうとした。

「この体になったせいで、趣味だった競馬も競輪も競艇もパチンコも女遊びも男遊びもネットで適当に人を炎上させる事も老い先短い老人から無駄に時間を奪う事も出来ねぇ!それどころか、公園でガキどもを驚かせたり揶揄う事も出来ねぇんだ!」

「想像の8倍ダメ人間だったわ」

すっ、と椅子に座り直した。